0章 雌バチは一直線に飛ぶ LAST

「……えっと」


 だいじょうぶ、きっと無傷だ。

 依頼主が、身を起こしながら「……ううう」とうめいた。

 ほらね。

 ニジミはハード・トイをかがめて連動操作を解除する。

 腹部にあるコクピットを解放してぴょんっと飛び降りた。


「いやあ、よかったよかった。おじさん大丈夫?」

「きききき、君ぃ! 危ないじゃないか! 用心棒が依頼者殺すのがこの街のルールなのかっ!」


 目玉をひん向いて文句を言う依頼者に、ニジミは人差し指を口に当て、「ん~」と鳴きながら、クラウディアに教えてもらった交渉術の手順を思い出す。そしてポンと手のひらに拳を落とし、おもむろに服のボタンを一個外す。黒の蝶ネクタイも緩めた。

 カジノのディーラーのような白シャツと黒ベスト。そして黒のズボンもぴっちりと体にフィットしていて、顔は幼いながらも出るところは出ているニジミの女性らしさを隠さずにいた。

 ニジミは反省交じりの顔を見せて、


「だってぇ、早くおじさんに会いたかったんだもん……」


 と、いじらしい声を作って上目遣いに訴えた。

 たしか親指を吸うようにするといいと言われたのでよくわからないけれどそうしておいた。


「う……うむ……」


 依頼したおっさん視線はニジミの顔と谷間を行ったり来たりする。

 遅れて着地したプロペラ付きハード・トイがスピーカー越しに、訴える。


「ボスス様、そいつらはこの街でいま一番危険な奴らです! 命がいくつあっても足りませんよ! 是非うちをっ。お願いします、何でもしますから!」


 と、太い声で食い下がってきた。


「男から、なんでもするって言われてもなあ……そうは言っても、私がいまキミに殺されかけたわけだしな」


 エロい目線が来た。

 ふむん。


「ご、ごめんなさい、ワタシ、ボスス様に早く会いたくって……」


 依頼主の名前はいまさっき初めて聞いた。

 が、使えるものはなんでも使うのがモットー。

 ニジミは依頼者の正面に立ち、両腕で胸を挟み込むようにして体を小さくさせてしょんぼりする。

 小さい背丈をして、しかし凶悪なふた山の持ち主がこんな格好をすると、それはそれは危険である。操縦でちょっぴり汗ばんだのも作用して、シャツがうっすら肌に張り付くのもポイントだった。

 布地の隙間から見える、むにっとしてふわふわした谷と山がぷるるんする。


「う、うむ。……うむ…………うん」

「ボスス様っ! ほんとに死を見ますよ!」


 同業者も食い下がる。

 しつこいなあ。

 依頼者は死なせないし、これまでも元気に目的地に届けたよ。まあ道中死にかけることはあったとしても。


「あのね、ワタシたちは、安心で格安でしかも美少女クルーのごせったいをセットにしてるんだよ? ボススさんはウチが嫌なの?」

「う……。いや、しかし……」


 じゃあもう一手。


「輸送艦にはね、もうひとりクラウディアっていう子がいるよ? ほら、でしょ?」

 ベストの胸ポケットからクラウディアの写真を取り出してかざす。

「え、エキゾチックと言いたいのかな? うむ。これはなかなか、うむ……」

 男の目は写真に釘付けになる。

 まあクラウっておねーさんっていう感じの、静かに笑ってればなんだっけ……“深窓しんそー令嬢れいじょー”(?)ってやつに見えるのだ。


「……君のところにおねがいしちゃおっかな~」

「ボスス様ぁ!」


 やった、けーやくせーりつ!


「じゃあおっさん、さっさと行くよっ☆」

「え、あ、えっ」

「輸送艦も停泊時間で料金変わっちゃうから。遅いとクラウに怒られちゃうよ?」

「え、おっ、うわぁぁぁ」


 ニジミは依頼者をコクピットの後部座席に片手で放り投げる。

 自身も乗り込み、コクピットを閉じて連動操縦を有効オンにした。

 空を向いていた左肩のミツバチマークが、道路と水平の方向を向く。


「プロペラのきみ、またどこかで勝負しようねっ」

「くそぅ、別の星に行きやがれ!」


 同業者からの言葉を受け取って、ニジミは手を振る。

 ボーイからケースを受け取って、来た道を行きよりもさらに早い速度で引き返すため、地面に向かってぐっとかがみ込んだ。


「それじゃあ超特急でつれてってあげるねー」

「あの、お嬢ちゃん? どうにもいやな予感しかしなぃ――」

「ウィー・キャン・フラァーーイ!」

「いゃぁぁぁぁ~~~~~~ッッッッ!!! っ………………」

「わぁっ、ねえねえ! 昨日クラウが調整し直してくれたんだけど、これだけ飛べたのは新記録かもっ! すごいすごい! ってあれ、おっさん? 寝ちゃった?」

 

 このあと依頼主のおっさんは気を失ったままだった。

 おっさんは宇宙の旅を蘇生室で過ごし、目的地の到着一時間前に目を覚ますと、「おまえらには二度と頼むか!」と怒りつづけた。

 それでも、死なずに目的地に着いたんだからお代はちゃんといただいた。




「うるさいおっちゃんだったねー」

「ほとんどあんたのせいでしょ……」

「勝手に寝ちゃったんだよー。で、次はどこに行くの?」

 訊ねるとクラウディアは、

「ここから一番近いところはチキュウね。そこでおいしい話があるとあたしの直感が告げてるわ」

「チキュウ……」


 いまでは数多の居住惑星の一つになっているが、それは私たち人類が生まれて、そして飛び立ったはじまりの惑星だと聞いている。


 そして――


「私の……」

「ん、どうした」

「ううんなんでもないよ。チキュウ、いいねっ。いこういこう!」


 ――私のお母さんがいるかもしれない惑星ほしの名前だ。

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