0章 雌バチは一直線に飛ぶ 5
足のローラーユニットでダッシュしながら、場合によっては看板と標識を足場にして小さなオールドコミックの蜘蛛男みたく壁を飛び渡りながら目標地点に近づいていく。
「クラウ、依頼者はいまどのへん?」
「いま正確な場所を送ったわ。ホテルの一階ロビー前の道路に面した位置にいるわ。屋上じゃないからこっちに分があるわね」
「一階ならガラス割って飛び込まなくて済むねっ☆」
「だからそれもやめなさいっていってるでしょ!」
クラウディアが早口でツッコミを入れる。
「ケーヒサクゲンだもんね」と言ったら、
「それは経費といわんわっ」と怒られた。
……お金の話はむずかしいなぁ。
反対車線上に降り立ち、正面から直進してくるトラックがクラクションを鳴らす。ニジミは頭部の位置を変えないようにハード・トイを縮めるように浮かせて、強度あるコンテナの縁(へり)を踏んで前に跳ぶ。依頼主のいるホテルはもう目の前だった。歩行者と道の混雑を無視できるプロペラ付きハード・トイに距離を開けられたが、それはまだ上空にいた。
「この道幅だとプロペラが建物に当たっちゃうもんね。まずは屋上に降りないと」
そこから依頼主のいる1階に操縦者が迎えに行くとなれば、その間にニジミたちが先に面通しができる。
「これはもう、しょーぶありだねっ」
看板を蹴ってラストハイジャンプ。ホテルの屋上が一気に眼下に移動する。最後に相手の近くまで上がって、挨拶してから着地しよう。機体を上昇させたニジミは頭の中でそんなことを思い描いていた。
「ちょっと。相手、急降下してるじゃない!」クラウディアが叫んだ。
「へ?」同業者の機体がニジミの機体とすれ違った。「あっ。プロペラを逆回転させてるよ~。考えたねー」
自由落下より速い降下理由をニジミが伝えた。
「知るか! わかるか! どうでもいい!」なんか語感の良いツッコミを繰り出すミスクリスピーは、「あんたの動体視力と一緒にすんな!」と指摘てきた。
「でもでもぉ、あのレッグユニットじゃ着地の衝撃に耐えられないと思うよぉ?」
「なんか方法があるんでしょ、簡易パラシュートとか」
「ほげげっ。クラウすごい、ご明察っ!」
「このおたんこなす!」
ニジミの機体はまだなお上向きに跳んでた。
一方の相手はすでに急降下中。
このまま重力任せで降りてたら間に合わないし、パラシュートによる妨害もある。
「……あんた、さっきも言ったけど逃したら――」
「あーうー、わぁってるようっ!」
弾がもったいないけど……。
横取りされたら、改名だし……。
ここでようやく上向きの速度がゼロになる。
ゆっくりと機体が地面に引き寄せられていく。
「普通の方法じゃ間に合わないもんね」
自分たちが横取りする側なことを忘れて、ニジミはハードトイの右足に収まっていたホルスターから口径の大きなコンパクトショットガンを取り出す。バスケットボール大の圧縮ゴム弾が発射される銃の発射圧をディスプレイでMAXに変更する。そしてグリップを、両手で包み込むようににぎって機体の重心部分に当てた。
ニジミはふっと息を吐く。
口径・重心・目的地を一直線上に結んだ位置にショットガンの角度固定して、
「ふんっ」
と一声上げて、ニジミはゴム弾を上空に向けて発射した。
――ボシュゥンッ!!――
弾丸を発射した反作用で下向きの速度が機体に加わる。
「ぅぐぅ」
でも、もう一発。
こんどは斜めに撃つ。
――ボシュン!!――
機体はホテルの壁に向かって進路を変える。
シートの固定ベルトが一発目のとき以上に胴体に食い込むが、ニジミは歯を食いしばって足を振る。空を仰いでいた機体がバク宙をするようにぐるりと反転して、モニターの空の映像が、迫り来る地面の映像にスライドした。
首を足のほうに動かすと、ホテルの壁が接近していた。
計算どーりっ☆
足のローラーをフル回転させて、コンマ数秒後に接触するホテルの外壁に向かってニジミの機体が足を乗せる。
先行するプロペラ付きハード・トイがパラシュートを開く。
進路が消えかける。
「まだ勝負は終わってないよぉぉぉーーっ!」
ホテルの壁を飛散させて、かがんだニジミの機体が下方へとさらに加速。
パラシュートと建物の隙間をすり抜ける。
同業者を追い抜く。
見下ろす地面。
正装のボーイと、離れた場所に二人男。
ボーイは除外。
どっちもお金持ちっぽいテカテカしたスーツ。
こちらを見上げる彼らは落下してくる二体の
二階建ての小屋が自分めがけて降ってきたようなモノだから当然と言えば当然である。
「クラウ、正面に二名! ビジュアルはムキムキとハゲ! 依頼者はっ?」
「ハゲっ」
「了解だよ!」
プロペラ付きハード・トイを完全に抜き去り、壁をひと蹴りして足を回す。
縦向きに旋回。レッグユニットの限界ギリギリの屈伸とすね部分の
ただ……依頼主から限りなくゼロ距離で着地したので、彼は風圧で数メートル先まで転がっていた。
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