17/80の人生

@shi6

桜は咲き散った

おじいちゃんが笑っていた、白く明るい部屋で。

私も笑っていた、同じ部屋で。

おじいちゃんは眠っていた、白く暗い部屋で。

皆は泣いていた、同じ部屋で。

声にならない言葉は涙を流す事さえ許さなかった。

何度も何度も書いた世界は、何度も何度も書いたおじいちゃんは、何時も儚いけれども懸命に咲く白いマリーゴールドと同じだった。

「わしがいなくなったら、この事で物語を書いておくれ。」

何時からかおじいちゃんはそう言う事があった。

そんな事はまだ先だと信じて疑わなかった私は何時も。

「そんな私には難しいよ。」


四月七日、お昼頃。

おじいちゃんはモルヒネと呼ばれるものを打つことになった。

それで、おじいちゃんは痛みを感じない。

それで、また普通に戻れる。

周りはそう言った。

おじいちゃんのためを思うなら、それが普通だった。

けれども、意味がわからなかったんだ。

私の中でおじいちゃんは笑っている。

まだ痛みを訴えてない。

何時も通りの話を聞いている。

受け入れれなかった。

そして、何故かおじいちゃんが死ぬと初めて思った。

一人で逃げ出してフリースペースの隅で泣いた。

意味がわからなかった。

周りの考えが理解出来なかった。

だって、おじいちゃんは生きているのに。

何故かおじいちゃんが死ぬと思うと同時におじいちゃんが殺されると言うような感覚があった。

未だにあの選択を受け入れれない。

母は「痛みを感じないまま行ったのだから良かったのよ」と言う。

でも、その選択をする前におじいちゃんを救って欲しかった。

私は意味わからないままおじいちゃんはモルヒネによって眠った。

その後、目の赤くしたまま帰った。

夜十時、母の携帯がなった。

半分寝かけてた私はそれを見ていた。

何か違和感を感じて見ていた。

その違和感が強くなるに連れて目が覚めた。

母が時計を見て固まっていた。

「おじいちゃんが」

続きは忘れた。

受け入れぬ現実に抗うために動いた。

大丈夫、まだ生きてる。

死んでない。

おじいちゃんは寝てるだけ。

誰も嘘と言ってくれないなら、嘘だと確かめに。

現実味がないまま、母と外に出て伯母とその旦那さん、従兄と合流した。

伯母の電話が鳴り、伯母は声を殺して泣き出した。

母も同じように堪えるように泣き出した。

私はただ言われた事を理解出来ずについて行った。

病院についた。

おじいちゃんの病室に行けば、そこには違う空間だった。

暗い夜の病室でおばあちゃんが泣いていた。

おじいちゃんが眠っていた。

四月七日、午後十時。

入学式の前日だった。

周りが慌ただしくいなくなる。

従兄と私だけ残っていた。

涙が流れたかも覚えていない。

ただ従兄の

「ティッシュいるか?」

そんな言葉だけ覚えている。

ただまだ花粉の強い時期で鼻を普通にかんだような気もする。

涙を流してそれを拭ったような気もする。

おじいちゃんの顔色はもう全く違っていた。


おじいちゃんは私が小学五年生の冬に初めて手術をした。

大腸がんだった。

二回目は中学二年生頃。

忘れてしまったがどこかに転移したから。

三回目は高校生になる前。

大腸がんで入院。

抗がん剤投与。

そして、手術をするはずだった。

あともう少しで出来たはずだった。

抗がん剤の苦しさを訴えながらも耐えたおじいちゃん。

しかし、おじいちゃんは亡くなった。

医師たちからは今まで特に重要な事ではない扱いのようだった肺炎だった。

後日落ち着いて母と話していた時に、肺炎で亡くなったと聞いた。

私は肺?と思うしかなかった。

受け入れるには時間が必要だった。

まず、私は死というものを受け入れるのに時間をかけていたんだ。

初めて見た人の死。

触れた肌が冷たかった。

人の体温ではなかった。

おじいちゃんは生きていなかった。

でも、死んだと思えなかった。

祖父母の家には夜遅く親戚が集まった。

知らない人もいた。

周りにいたのは大人だけ。

独り未成年の私は訳が分からなかった。

夜中になって一度帰った家で慌てて宿題をした。

あの時はおじいちゃんが死ぬなんて思ってもなかったし、作文なんて嫌いだったから適当に十二時を過ぎてからやろうとしていたんだ。

勿論、出来ないと焦ってたとは思うが。

予想通りにも終わらなかった。

少しの眠り、そして朝。

入学式と書かれた板。

ピロティに並べられた私と同級生。

しんと静まっている講堂。

厳粛であり、祝いの入学式だった。

その日祝われるために着た制服は数時間経てば、おじいちゃんを弔う喪服になった。

あまりにも違和感があった。

けれども、周りの大人に合わせた。

おじいちゃんが死んだと言う感覚がなかった私は前日の眠りの浅さにより、涙を流す事なく欠伸をこぼし、少々寝ていた。

前の席では母と伯母、おばあちゃんが泣いていたのだけど。

夜、そのおじいちゃんを弔う部屋の横で泊まっていた。

「線香見てくるね」

そう言って独りおじいちゃんの部屋へ行った。

まだ四月の夜は寒い。

部屋に入るとひんやりとした空気が肌に触れた。

様子を見に来た肝心の長時間用の線香の火が消えてしまっていた。

線香を置いとく場所にクッションらしき何かが消してしまったらしい。

火を改めてつけ、少し席に座って見ることにした。

夜中、二人しかいない空間。

違和感しかなくて、早々に横の部屋に帰った。

次の日、遺骨にするための作業の前におじいちゃんを送り出すための機会があった。

泣きたくないのと、知りたくないので、知らない親戚の後にこっそり隠れた。

母も伯母もおばあちゃんも泣いている。

従兄に母がハンカチを借りてて珍しいと少し思った。

そのままバレないと思っていたら目の前にいた人に言われ、母に手を引かれ前に出された。

中心の人のいない空間に母を手を引かれ躍り出た瞬間私には違和感と恐怖を感じた。

何だこの空間。

最初そう思った。

けど、無理矢理知りたくない事を知らされて私は泣いた。

触れたくなかった冷たい体温に。

私は死というものを受け入れるにはまだ幼かったらしい。

おじいちゃんの胸元周辺には私が描いた絵が数枚置かれていた。

おじいちゃんが褒めてくれた絵。

真ん中にあったのはおじいちゃんが一番気に入っていた夕焼けと海の水彩色鉛筆の絵だった。

綺麗な絵と褒められてすごく嬉しかった。

その後、おじいちゃんを送り出し遺骨と言う形にされた。

移動してお経を聞く時には私はまたもや少し眠っていた。

遺骨は祖父母の家に三回忌の日までそこにいた。

三回忌の日、海が見えるとおじいちゃんが選んだお墓に入った。

少し遠くて行きも帰りも大変な場所をおじいちゃんは選んだ。それが、おじいちゃんが元気だった時だと証明するには十分な程に。

海が遠くに見え、おじいちゃんがいなくなった日付近には桜の咲き散る場所におじいちゃんは眠っている。

おじいちゃんがお墓で眠りに入ったあの日、私は小さく誰にも聞こえないように呟いた言葉がある。

「桜の樹の下には屍体が埋まっている。」

…ここの桜もどこかの桜も変化はない気がするが、おじいちゃんが見る桜が少しでも綺麗に見えるのならば、その言葉を信じてもいいだろうか?

ねぇ、おじいちゃん?ここの桜は綺麗に見える?

もし…そう見えるのならば、あの白い部屋で話そうか。

あぁ、神様がいて私の願いを叶えてくれるならば、あの白い個室の部屋でおじいちゃんと二人で話した日に戻して下さい。

桜が綺麗だと話したい。

そして、私は今更こみ上げているあの日の幸せを伝えたい。


「こうやって一緒に話している事が幸せだよ。おじいちゃん。」


きっと何も知らないおじいちゃんは笑ってくれるだろう。

未来の私だろうと過去の私だろうと、きっとおじいちゃんなら笑ってくれる。

それは、孫娘である私の特権だから。

それは、何度も一人で訪れた私の特権だったから。

それは、もう叶う事は無い過去になってしまったけれども。

けれど、いつか届くなら私は何度でも言おう、何度でも書こう。

あの日の私と今日の私の想いを。


「ああやって一緒に話していた事が幸せだったよ。おじいちゃん。」


次の桜が咲き散る季節、貴方の孫はこの高校生生活を終わり、次の世界へ踏み込みます。

そして、自分の夢に向かって笑っていきます。

いつか話した夢とは違うのだけれども、どうか笑ってあの時みたいに大丈夫だと背を押してくれませんか?

そして、私が年老いてこの生涯を全うした時に会おう。

あの日のように、また話そう。

ああやって一緒に話していた時の幸せを一緒に感じよう。おじいちゃん。

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