第八楽章

その日の午後の合奏もやはりバラバラだった。

篤哉は樹の言っていた事を思い出す。

共通のリズム。

共通のリズムって一体なんだ?どうやって見つけるんだ?

冒頭部分が終わり一楽章に入った。入り乱れた旋律に皆苦労している。音符がややこしい分、拍が取りずらそうだ。必死になって音符を追いかけている。

篤哉は自分の手元に視線を戻した。自分も皆と同じように必死になってピアノを弾いている。ずっと前、今の様に演奏していた時期があった。両親を振り向かせようとしていた小五の時の自分。

原点。物事の出発点。

ピアノを始めた日。

篤哉は目の前が明るく照らされたような気がした。

一旦手を止めて、再び鍵盤の上で動かす。

荒れ狂う波に突然逆流してきたメロディに、全員が驚いて楽器から口を離した。

篤哉は哀愁感を帯びた旋律を奏でていく。

チャイコフスキーの『アンダンテ・カンタービレ』。

篤哉が初めて弾けるようになった曲だ。

そう言えば、吹奏楽部の助っ人になった日もこの曲を弾いていた。あの時は何故自分がピアノを弾いているのか分からなかったが、今なら分かる。

スタンウェイの鍵盤を叩いた感覚は初めてピアノに触った感覚と同じだった。目の前にキラキラとした粉が降っているような感覚。だからあの時、頭の中にこの曲が思い浮かんだのだ。自分が一番ピアノが好きで、一番ピアノを楽しんでいた頃の曲を。

どうして忘れていたんだろう。

両親に振り向いてもらう事ばかり考えて、皆と音を合わせる事ばかり考えて、最も大切な事を忘れていた。

曲を弾き終える。教室に静寂が流れた。

篤哉は我に返るとやってしまったと赤面した

「あの、すいません。俺…」

慌てて弁明しようとした時、小さな破裂音が聞こえてきた。

音のする方を見ると、零が手を叩いている。次第にそれは連鎖的に広がって、教室中に大きな拍手が起こった。

篤哉は呆気に取られる。

拍手が止むと蛍が篤哉に近づいてきた。

「さっきのてっしー、すごく楽しそうだった。見てるこっちも楽しくなってきちゃうくらい」

蛍は眩しそうに目を細めた。

篤哉は蛍に向き直って真正面から言葉を受け取る。

「私、コンクールで賞を取ることばかり考えて、演奏を楽しむって事を忘れてた。多分他の皆も同じ」

蛍は皆の方を振り返る。そして部員一人一人の顔を見渡した後、口を開いた。

「皆、一度何も考えないで思いっきり演奏してみよう!」

元気な返事が返ってくる。池谷先生も笑顔で指揮棒を構えた。

皆の反応に篤哉は嬉しくなった。急いで椅子に座り直して、鍵盤に手を置いた。

演奏が始まる。先程とは違う、元気で明るい音が教室に響き渡る。テンポも音程もめちゃくちゃだったが、気持ちは一つに揃っていた。

共通のリズム。それは演奏を楽しむ気持ちだ。

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