第九楽章


ミーティングが終わって全員が帰った後、篤哉は一人音楽準備室に残っていた。

「ホッチキスは確かここら辺に…あ、あった」

それを取ろうと腕を伸ばした腕が、横の額縁に当たって落ちてしまった。拾ってみると、去年のコンクールの集合写真のようだった。見知った顔に目が止まる。零、郁人、蛍。そして桃花を見つけた時、篤哉は目を疑った。

涙顔で笑う桃花の横に、満面の笑顔の樹が写っていた。

どういう事だ。篤哉は混乱した。樹は吹奏楽部の部員だったのか?

「何してるの?」

篤哉が驚いて振り返ると、きょとんとした顔の桃花が立っていた。桃花は篤哉の手元を覗き込む。

「寺島君も忘れ物?…あ」

桃花は目を見開く。すぐに篤哉から写真を取り上げて元に戻そうとするのを篤哉は止めた。

「西野先輩の事、教えて欲しい」

桃花はさらに目を見開いた。

「どうして樹先輩の事知ってるの?」

篤哉は今までの樹との事を大まかに話した。桃花は静かに話を聞いたまま、黙り込んでしまう。

篤哉はもう一度頼んでみる。桃花は黙ったままだ。しかし、篤哉は引き下がらなかった。

とうとう桃花の方が折れて、ゆっくりと話始める。

「…西野先輩は見た目はこんなだけど、すごく優しい人で、いつも練習に付き合ってくれてアドバイスもたくさんしてくれる、頼れる先輩だった。だけど…」

桃花は一旦言葉を切った。表情がどんどん暗く、険しくなっていく。

「吹奏楽部と軽音部、音楽室の取り合いとかで昔から仲悪くて、何度も揉めた事があった。あの日もそう。六月終わりの暴力事件、覚えてる?」

篤哉は縦に首を振った。

「あれも吹奏楽部と軽音部の揉め事なの。ここからは樹先輩本人から聞いた話なんだけど、最初は軽音部の方からだったみたい。音楽準備室にその人達が入っていくのを見かけて跡を追いかけたら、その人達、私達の楽器を壊そうとしてたらしくて。先輩、カッとなってその一人を殴っちゃって…」

あの冗談は本当だったのか。篤哉は左手に巻かれた包帯を思い出した。

「軽音部は活動停止。吹奏楽部もそうなるはずだったんだけど、先輩が先生達に頭を下げて、最初に手を出したのは自分だから全ての責任を取らせて下さいって言ったの。吹奏楽部はコンクールも近かったから、学校側は先輩に退部処分と二週間の停学処分を出した」

桃花の声が震え始める。

「私、悔しかった。誰よりも吹奏楽部の事を思ってる先輩がどうして辞めなきゃいけないのって。先輩が退部になるなら、部活停止の方が全然良かった!…でも、先輩はもう戻って来ない」

桃花は肩に籠っていた力を抜いて、悲しそうに呟いた。篤哉は吹奏楽部の助っ人になって一ヶ月経つが、誰からもそんな話はされなかったので驚いた。桃花は篤哉の方を向く。

「自由曲のピアノ、本当は先輩が弾く予定だったの。だから皆、寺島君に余計なプレッシャーがかからないように黙ってたんだと思う。先輩はパーカッションだったけどピアノが大好きで、よく第二音楽室で弾いてた」

篤哉は目を丸くした。

「じゃあ、図書館から聞こえてたピアノって」

「樹先輩だよ」

篤哉は驚きのあまり何も言えなかった。

「寺島くんと第二音楽室で会った日も、私てっきり樹先輩だと思ってて…。だからビックリしちゃった」

桃花は寂しそうに笑って、写真の中の樹を見つめる。その視線の奥にあるものに篤哉は気付いてしまった。

「先輩が部を守ってくれたんだから、その分頑張って絶対に県大会に行きたいと思った。そうしたら先輩も後悔せずに済む。それしか頭になかった」

今度は篤哉を真っ直ぐに見つめる。

「でも、今日の寺島君の演奏を聞いて楽しむ事も大切にしなくちゃって思った。だから私は全力で演奏を楽しんで、そして県大会に行く」

篤哉は自分を惹き付けたその瞳を見つめ返す。

「話してくれてありがとう。コンクール、最後まで頑張ろう」

桃花はにっこりと微笑んだ。

コンクールまであと一週間だ。




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