第七楽章

今日は練習が午後からだったので、篤哉は午前中第二音楽室で自主練をしていた。だが、気分は落ち込んだままだった。

感情は音に出るというが、どうやら本当らしい。綺麗な旋律も頼りないメロディになってしまった。

「おいおい、なんだよその湿気た音は」

ドアの方から声がして篤哉は目を上げる。

樹だ。

あの日から、篤哉がここで練習していると時々顔を出すようになっていた。会うのは多分これで四回目。

「西野先輩、夏休みなのにどうして学校にいるんですか」

「お前が練習してると思って暇だったから来たんだよ。ビンゴだな」

ほらよっと言って樹は缶ジュースを篤哉に投げ渡した。受け取った瞬間手に広がる冷たさが気持ちいい。

「んで、どうしたんだ。練習上手くいってないのか」

椅子に座って樹が問いかける。篤哉は返事に困った。

「そういう訳じゃ無いんですけど…」

「…まあ、話したくないなら別にいいけどよ」

樹は缶ジュースを開けてごくごくと飲む。篤哉はそれを眺めてポツリと呟いた。

「合奏で、皆と一緒に演奏してるはずなのに、なんだか一人のような気がして」

樹は飲む動作を止めて、篤哉を見る。

「皆も合奏する度ににどんどん合わなくなっていって、バラバラなんです」

項垂れる篤哉を樹はじっと見つめる。樹はしばらく考えた後、パンっと太股を叩いた。

「よし、篤哉。ちょっと自由曲弾いてみろ」

「え」

「いいから早く」

急かされて、篤哉は訳が分からないまま曲を弾く。

「…弾きましたけど」

「お前、今何人で演奏してた?」

篤哉は眉をひそめる。樹の意図が全く分からない。

「一人ですけど」

「本番は何人で演奏するんだ?」

「二十三人です」

樹は深く頷いた。

「そう。本番はお前一人じゃない。だから皆で一つになって演奏しなくちゃならねぇ」

「でも、それは無理だって…」

「無理じゃない」

篤哉は言葉を遮られる。

「よく聞け、篤哉。人ってのは心ん中でそれぞれ違ったリズムを持ってる」

「リズム?」

「せっかちなリズムやのろまなリズム、自由奔放なリズムや前向き後ろ向きのリズム。誰一人同じリズムを持ってる奴はいねぇ。だが、唯一どんな奴も持ってる共通のリズムがある。それを見つければ、絶対お前らの演奏は一つになるぜ」

「その共通のリズムって何ですか?」

篤哉は身を乗り出して次の言葉を待つ。樹はにやりと笑って言った。

「それは自分で考えろ」

篤哉は一気に力が抜けた。ここまで来て、答えは自分で考えろなんて…。

不満を露わにする篤哉の背中を樹はバシッと叩く。

「まあ、どうしても分からなかったら原点に返ってみろ」

そう言って樹は立ち上がり教室を出て行った。

篤哉はその後ろ姿が消えても、しばらく呆然としていた。

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