第六楽章

次の日から篤哉は合奏に参加する事になった。

篤哉の学校はB部門に出場するため、演奏する曲は自由曲のみだ。課題曲を練習する必要が無い分自由曲に時間を割けるのだが、それは他の学校も同様なのでより高い完成度が求められる。

コンクールまで二週間をきった。普段は部員同士仲が良いが、合奏の時間になると空気がピリピリしてくる。

そんな中での初めての合奏。篤哉はシャツの裾で手汗を何度も拭く。

「それじゃあ寺島君、よろしく頼むよ」

「はい」

篤哉の返事を聞いて池谷先生が指揮棒を構える。篤哉も鍵盤に手を置いて集中するが、体が硬くなっているのが分かった。

ふと桃花の方を見ると、桃花も篤哉の方を見ていた。二人の視線がぶつかる。

桃花は微笑みながら口を動かした。

「だ・い・じょ・う・ぶ」

篤哉は緊張が解れるのを感じる。温かい気持ちが胸に溢れた。

しかし、その気持ちはすぐに消失した。

池谷先生が指揮を振り始めて一楽章に入るまでは良かった。けれど、その後から篤哉は小さな違和感を感じ始めていた。桃花と初めて合わせた時と似ている。だが、これはその比ではない。曲が進むたびに違和感は大きくなっていく。桃花のソロの時もいつもの様に出来なかった。

タテはしっかり合っている。ミスもしていない。なのに、なんで。

篤哉の頭にある言葉が浮かんできた。

疎外感。

一緒に演奏しているはずなのに、皆のが遠くにいるような気がする。ずっとずっと遠くで音が聞こえる。

俺はたった一人でピアノを弾いている。


池谷先生は篤哉に何も言ってこなかった。

「寺島君、今日良かったよ」

「てっしーほんとピアノ上手いねぇ。私感動しちゃった!」

「初めて合わせたけど、いい感じだったぜ!」

桃花も蛍も郁人も他の部員皆、その違和感を感じていないようだった。

何故俺だけなんだろう。あれは気のせいだったのか。

帰り道、零に話を聞いてもらった。

「僕も今日の合奏は良かったと思うけど」

零なら分かってくれると思っていた篤哉はがっかりした。

「やっぱり俺の考え過ぎかなあ」

「まあでも、篤哉がそう思うのは無理ないかも」

篤哉は顔を上げる。

「なんで?」

「僕達の演奏もバラバラだったからね。タテも合ってないし音程も合ってない。皆好き勝手に吹いてる」

零は無表情のまま淡々と話す。

「せっかく指揮者がいるのにちっとも見ようとしない。楽譜にかじりついてばかりで。多分今年もいい賞は取れないよ」

篤哉は立ち止まった。

「お前、それでいいのかよ」

「仕方ないだろ。もう二週間も無い。今更どうこうしたって無駄だよ」

桃花の姿が目に浮かんだ。絶対県大会に行きたい。そう言って彼女は真摯に努力してるのに。

「…お前みたいな気持ちの奴がいるから、合奏も合わないんじゃねぇの」

零は振り返った。その瞳は凍るように冷たい。

「篤哉がそんな必死になってるのって、荒井さんのためでしょ」

篤哉は言葉に詰まる。その様子を見て、零は短く息を吐いた。

「赤の他人同士が気持ちを一つにするなんて、出来るわけがないよ」

そう吐き捨て、零は先に帰ってしまった。


次の日もその次の日も、違和感は消える事は無かった。零に言われてから篤哉も合奏の未熟さに気付くようになった。

確かに、僅かだけどズレてる。

完璧を求められる舞台では僅かな差でも致命傷だった。

皆もそれに気付いている。だから部の雰囲気も重く乾燥していた。あの蛍でさえ、最近はあまり笑顔を見せていない。零とはあの日以来話をしなくなった。

バラバラだ。

そんな状態のまま、篤哉達は夏休みを迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る