第18話 これからの話

 光太郎を見送った僕は自分のクラスの教室に着いた。そこにいたのは自分の席に座ってスマホを操作していた舞だけだった。授業が終わってから大分時間が経った教室には他の生徒の姿は一つも無かった。

 僕が教室に入ってきたことに気付いた彼女は、慌てたような様子で僕に話しかけた。


「桜井君遅いよ。坂本君、嘘がばれたって」


「だろうな。怪我してないし、そもそも長くつき続けられるような嘘じゃないから。このままにしておくと宏樹が一人で責任を負いかねないから、僕も宏樹のところに行く」


 彼女の言葉に対して、僕はそう答えた。宏樹は僕が考えた計画を実行しただけなので、僕に言われてやったと言えばそれで済むかもしれない。だが、きっと宏樹は僕たちをかばって一人ですべての責任を負おうとする。そう考えていたからだ。僕の言葉に彼女はすぐに返事をした。


「私も行くよ」


 僕は彼女の提案を受け入れるかどうか迷った。この計画を立てたのが僕で、実際に告発文を書き自殺の振りをして世間を騒がせたのは主に宏樹。舞がやったことは周りの生徒に紛れて噂を広めることなので、黙っていればこの件に舞が関わっていることは、まず分からないからだ。しかし、舞の性格を考えるとそう簡単ではない。友達思いで負けず嫌いの彼女なら、僕が宏樹のためにも舞も行くべきだと言ったら、彼女は迷わず宏樹のところに行くだろうし、たとえ見つからないから行くなと言っても、勝手に宏樹のところに行くだろう。なので僕は彼女に言った。


「うん、一緒に行こう。どうせダメって言っても聞かないだろ」


「さすがに分かってるね。ありがとう」


 彼女はそう言うと自分の席から立ち上がり、教室を出る準備を始めた。荷物をカバンに入れながら彼女は僕に聞いた。


「そう言えば、光太郎君は?」


 彼女は僕と一緒に行動してたはずの光太郎について聞いた。彼は未来人で、もう未来に帰ったなんてことはもちろん彼女には言えない。僕は適当な理由をつけて彼が帰ったことにした。


「あぁ、もう帰したよ。他の学校の生徒がいるだけでも面倒なのに、こんな騒動を起こしたグループの一人だなんて、ばれたらもっと面倒なことになるからね」


「それもそうか。ちゃんとお礼を言いたかったんだけど、また会えるかな」


「そのうち会えるよ」


 僕は光太郎について彼女に多くは語れなかったが、彼女は納得したようだった。その後、僕はこれからどうするかについて彼女と話しながら準備が終わるのを待った。

 その時、放課後の教室に舞と二人きりというこの状況は、彼女と向き合う絶好のチャンスなんじゃないかという考えが僕の頭の中に浮かんだ。光太郎は今日が『高校生の意識が変わり始めた歴史の分岐点』だと言っていたが、僕にとっても今日は、勇気を出して苦手な後輩に立ち向かい、意識が変わった小さな分岐点だったのだ。今日ならきっと言える、いや、昨日までの勇気が出せない自分を変えるには今日しかない。そう思い僕は、舞に話しかけた。


「舞、これから宏樹のところに行って、三人でいろんな人に怒られていろんな人に謝った後、この騒動がひと段落したらさ、受験勉強の息抜きでいいから、一緒に映画を観に行かない?その、二人で」


 僕の言葉を聞いた彼女はニヤっと笑顔になった。相変わらず、その顔は光太郎に良く似ていた。彼女は笑顔のまま僕に言った。


「いいよ。今日はお互いいろいろ頑張ったからね。その代わり、映画に行った後はこれまで以上に勉強頑張ること。それから一回だけだから」


 彼女が僕の誘いを受けてくれたことは嬉しかったが、一回だけというのを聞いて、僕は少しがっかりした。僕は彼女となら何度行っても楽しいだろうと思っていたのだが、彼女はそうでもなかったのか。そう考えて落ち込んだのだ。しかし、彼女の言葉には続きがあった。


「二回目以降は受験が終わってから。大学生になってからなら、好きな時にいくらでも付き合うよ」


 その言葉を聞いて僕の気持ちは一転、幸せな気持ちになった。一回というのは僕のことを考えた上での条件で、大学生になっても、僕との時間を過ごしてくれると言ってくれたのだ。喜ばないはずがない。そして、喜んでいた僕に教室を出る準備を終えた彼女は声を掛けた。


「でも、今は坂本君のことに集中しないとね。行こう」


 彼女に話を戻されて、僕も正気に戻った。まだ計画は完全には終わっていないのだ。


「そうだな。ここで対応を間違えたら、全てが水の泡になるかもしれない。舞、偉そうな態度をとるなよ」


「分かってるよ!」


 冗談のように彼女は笑顔でそう言い、僕たちは教室を後にした。


 僕たちはその後、まず保健室に向かったがそこに宏樹はいなかった。あらゆる場所を探した結果、彼は校長室でいろんな人に怒られていたのだ。そこに僕たち二人が割って入っていき、僕たちも共犯だという事を告げると、三人で怒られることになった。結局停学などにはならず、三人とも説教を受け反省文を書くだけで済んだのだが、騒動の中心になった剣道部は一時的に活動中止になった。


 肝心の僕たちが起こした騒動が、世間や高校生たちに与えた影響がどうだったかというと、これは成功とも失敗ともいえないような微妙な結果になった。地方のテレビのニュースや地方新聞ではそこそこの長さ、大きさで取り上げられたものの、全国ニュースでは数十秒だけで終わっていた。

 光太郎が言ったようにこの騒動がきっかけで、だんだんこの考えが広まっていけばいいのだが、実際の結果は当分分からない。そのため、今は普通の高校生、大学生生活をしながら気長に待つことにした。


 この日は光太郎が言ったように『高校生の意識が変わり始めた歴史の分岐点』かもしれない日であり、僕にとって昨日までの情けない自分と決別した日でもあった。それと同時に僕と舞の関係性が急激に発展し始めた日であるのも言うまでもないが、それだけではなかった。

 今後作られるタイムマシンにとっても、この日は大きなターニングポイントになっていたのだ。後にタイムマシンを作ることになるある科学者たちが、この日未来から来た光太郎の存在に気づき、動き始めていて監視していたことを、僕たちはまだ一切知らなかった。


つづく

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