第11話 作戦決行に向けて

 彼女は僕が座っていた席の隣の椅子に座りながら言った。僕が肯定の返事をすると、告発文を書いている宏樹には聞こえないぐらいの声で話し始めた。


「さっきは坂本君がいるから言わなかったけど、実は私は厳しい部活に対してそんなに強く反対ではないんだよね。もちろん、生徒が体を壊すようなことを強制することはだめだけど、でも友達と一緒なら厳しい練習も切り抜けられて、結果的に楽しさや達成感を感じられたりする。そういう人もいるんだよ。だから厳しい部活も絶対に悪いものじゃないって私は思う」


 彼女は自分の考える部活の良さを僕に話した。もちろん僕も部活自体が悪いことなんて思っていない。彼女の言うことは良く分かったが、反論したいこともあったので僕はそれを彼女に伝えた。


「でもその厳しい練習も楽しく乗り越えられる友達と、厳しくなくて楽しいことをしたら、もっと楽しい時間を過ごせるんじゃないかな?僕だって部活で達成感が得られることは分かってるし、それ自体が悪いなんて思ってないよ。僕が分かってほしいのは、部活以外にも楽しいことはあって、部活だけで高校生活を潰すのはもったいないんじゃないかってこと。今の高校生は何かを一生懸命やるなら、学校の部活かそれ以外か、どちらか一つを選ばなきゃいけない。だけど、指導する先生が効率のいい指導方法を学んで、生徒に時間の余裕ができたら、どちらも選べるようになると思うんだ。部活以外で楽しい時間を過ごした僕だから思った考えかもしれないけど、みんなに僕が感じたような部活以外の楽しみを分かってほしいって思う。今は無理かもしれないけれど、将来の高校生には部活の達成感だけじゃなくて、もっといろんな経験をしてほしい。だから、僕はこの計画を実行しようと思ったんだ」


 僕は舞に話しながら、時々光太郎をちら見して言った。将来の高校生が光太郎のように優しくて明るい人になってほしいと、なぜか分からないがそう考えていたのだ。そんな僕の言葉に舞は答えた。


「そっか。確かにそうなれば一番いいかもね。でも桜井君がそんなに真剣に将来の高校生のことを考えてるなんて意外だったな。私はてっきり部活で青春を謳歌している人をひがんでこんなことをしようとしてるのかと思ってた」


 冗談のように笑ってそう言った彼女に、僕も笑って答えた。


「僕をそんな人だと思ってたのか。でも、実は自分でもびっくりしてるんだ。僕が自分に関係ない将来のことについて、こんなに真剣に考える人間だったのかって。何でだろうな?」


「知らないよ。」


 僕が彼女に本気の答えを期待したわけではないが、その答えようのない質問に彼女は答えず、僕の問いかけは一蹴された。


「そんなことよりも、光太郎君って桜井君の友達なんでしょ?」


 そして彼女は、逆に光太郎についてのそんな質問を僕にしてきた。さっき光太郎の方を見ながら舞と話していたのが気になっていたのかもしれない。


「あぁ、うん。そうだよ。それがどうかした?」


 僕はそう言って、彼女の質問に対して少しのうそをついた。未来の舞の子供だと本人に言うわけにはいかないから仕方なかった。そして僕の答えに対して彼女は言った。


「すごくいい人だと思ったんだよね。桜井君が坂本君を引き止めようとしてる時に、会ったこともない私を連れて行くために教室まで呼びに来たんだよ。簡単にできることじゃないじゃない。友達なのに声もかけなかった誰かさんとは違ってすごいよね!」


 笑顔でそんな冗談を言った彼女だった。彼女はまだ僕が宏樹を引き止める時に声を掛けなかったことを根に持っているようだった。


「そのことについては本当に悪かったと思ってるよ。時間がなかったんだ。でも光太郎がいいやつなのは確かだよ。親の教育が良かったんだろうな」


 舞の冗談に言い訳をしながら答えた僕だったが、光太郎についての気持ちは本当だった。僕も彼と出会ってからまだ数時間しか経っていないのだが、不思議と彼が優しくていい人だと確信しており、本当に舞が彼の母親ならきっと彼女の育て方が良かったのだろうと思っていたのだ。


「ふーん。きっと優しくて立派な親御さんなんだろうね」


そう言った彼女に、将来の彼女の子供がどんな子になるか知っていた僕は、ついこんなことを言ってしまった。


「舞も将来、優しくていい親になれると思うよ」


僕は彼女を褒めたつもりだったのだが、彼女はその言葉を聞いて違った受けとり方をしたようだった。彼女は微笑みながら、しかし嫌味っぽくこう言った。


「上から目線の褒め言葉、どうもありがとう」


「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ」


 変なことを言ってしまったかと思って僕はすぐに彼女に謝ったが、そんな僕に彼女は明るく返事をした。


「別にいいよ、悪い気はしなかったし。でもそんな桜井君も、将来は子供に正しいことを教えられる立派なお父さんになると思うよ」


 僕はその時、好意を持っている舞にそんなことを言われて、激しく照れたのを覚えている。どう答えればいいのか分からず、僕が照れ隠しで「あぁそう、ありがとう」みたいな曖昧で良く分からない返事をした後、彼女は僕に聞いた。


「ね?悪い気はしないでしょ?」


「確かに悪い気はしないな。でも確かに上から目線な気もする」


「でしょ?」


 彼女の問いに少し笑って答えた僕に、彼女も笑って答えてくれた。


 そしてその直後、剣道部の告発文を書いていた宏樹と話していた光太郎が、宏樹と一緒に僕たちの近くに来て話しかけた。


「お二人さん、宏樹さんが準備できたってよ」


 光太郎の言葉の後、宏樹が僕に言った。


「あぁ、一応書けたけど、これでいいのかどうか隆之介に一度見てほしい」


 そう言って、宏樹は時間をかけて書いた告発文を僕に手渡した。


「うん。宏樹の本心を書いたのならダメとは言わないけど、一応見ておくよ」


 そう言って僕はその告発文に目を通した。そこにはこんなことが書かれていたのだ。


『私は今の高校生の部活の状況に耐えられなくなり、こんなことをするに至りました。現在のこの高校の部活には以下のような様々な問題があり、私のこの行動によってそれが広く認知され、変わっていくことを望んでいます。

 私が所属している剣道部は先生の指導の下で、部員全員が厳しい練習を行っています。もちろんその中には、まだ練習についていけない部員もいます。そんな生徒に対しても先生は根性論による厳しい言葉をかけて無理をさせ、ほかの部員と変わらない練習をさせています。私はこの状況が続けば、いつけが人が出てもおかしくないと考えています。

 そして剣道部だけではないと思いますが、私も含めた剣道部の部員は、部活動のためにそれ以外の自分の時間を犠牲にしているような状態が続いています。

 さらに、部活を辞めようにも、部活を辞めた人への他人からの扱いはとても厳しいもので、部活以外の場面でも、今までのように学校生活が送れなくなる可能性があり、そう簡単にやめる決断ができない状況です。

 これらの問題を解決させるためには、指導教員が生徒の負担になりすぎないような練習を考え、生徒の自由時間を増やす努力をすることが必要だと考えています。

 もちろん、私が剣道部で結果を出せたのは指導をしてくださった先生のおかげであります。しかし、その陰で苦しんだ生徒もおり、私自身もその指導が辛いと思ったこともありました。

 私は部活が心から嫌いではありません。だからこそ無くなってほしいとは思っていません。そして、だからこそ、今のいろんな人を苦しめている部活の方式を変えるべきだと思っているのです。

 未来の高校生が部活や他人の目を気にせず、本当の自分がやりたいように過ごすことができる世の中になっていくことを望みます。  

 剣道部三年 坂本 宏樹』



 これを読んだ僕は、やっぱり宏樹はすごいなと素直に感心した。僕が言った簡単な説明でこれだけ書いたのもそうだが、部活や先生にとても感謝していた宏樹が、これだけはっきりと部活と先生の問題点を指摘する文章を書くというのは簡単なことじゃなかっただろう。そこまでして宏樹が未来のために書いてくれた文章を使うのだから、その気持ちを無駄にしないためにも、この計画は絶対に失敗するわけにはいかない、僕は心の中でそう思いながら告発文を机に置いて、宏樹に言った。


「うん、ありがとう。思ってたよりも大分いいよ。最高」


 僕の言葉を聞いて、彼は微笑んで言った。


「そこまで言ってもらえて、こちらこそありがとう」


 宏樹が答えた後、舞が告発文を手に取って言った。


「じゃ、坂本君以外の私たち三人はこれをスマホで写真に撮って、坂本君が飛び降りた振りをした後SNSとかでネットに広めればいいんだね?」


「うん。僕と舞はそうだけど、光太郎は携帯電話とか持ってる?」


 僕は光太郎に絶対に持っていないだろうと思いながら尋ねた。たとえ持っていたとしても、二十五年後の携帯電話は現在では使えないだろう。


「いや、持ってないんだよ。どうすればいいかな?」


 その光太郎の返事を聞いて舞は驚いていたが、僕は気にせずに光太郎に言った。


「だろうね。だから僕と光太郎は宏樹が倒れた後、校舎のコンピュータ室のパソコンから、マスコミに匿名でこの事件を知らせることにしようと思ってたんだ」


「そうか。なら当分二手に分かれるわけか」


 僕の言葉を聞いた宏樹は言った。僕はそれを受けて、今までに考えた計画をまとめてみんなに話した。


「そうなる。だからまとめると、僕と光太郎、宏樹と舞の二手にまず別れる。そして僕たちは屋上に行き、宏樹たちは一階に降りてもらう。その後に、僕たちが宏樹の剣道の道具を屋上から落とすから、宏樹はその近くで飛び降りて倒れた振りをする。そしたら舞はその告発文を宏樹のそばに置き、宏樹が飛び降りたという事を学校のみんなに広めながら、ネットにも事件を広める。僕と光太郎は、剣道の道具を落とした後、コンピュータ室に向かい、パソコンとスマホからネットで事件を拡散させる。そういう計画だ。連絡はスマホで取り合おう、僕と光太郎は基本的に一緒に行動するから問題ない」


「分かった。私はとりあえず坂本君が飛び降りたという噂を広めればいいんだね。じゃあ、円陣組もうか」


「え?」


 計画を確認した舞が突然言った言葉に彼女以外の三人は驚いた。しかし、舞がとてもやりたそうに準備をしていたため、僕たち四人はしぶしぶ円陣を組んだ。そして円になった状態で、舞が言ったのだ。


「みんな、何か言いたいことは無い?」


 彼女がそう言うと、宏樹が答えた。


「じゃあ、俺から。みんなにはとても感謝してる。隆之介、勝手に追い詰められて、どうしようもなくなった俺に、俺じゃなきゃできない事や、俺がこれからのためにできることを提案してくれてありがとう。おかげで本当の自分にも少し自信が持てた。舞も、相談に乗ってくれるって言ってくれてありがとう。これから隆之介には言いにくいことは舞に相談するよ。光太郎もなぜか知らないが協力してくれてありがとう。これが成功しても失敗しても、俺は今日のことを忘れずに前を向いて生きていける気がする」


 彼の言葉を聞いて、僕もこの計画についての気持ちを言いたくなり、みんなに話した。


「それじゃあ、僕からも。宏樹は成功しても失敗してもと言ったけど、僕はこの計画、宏樹のためにも、これからの高校生のためにも、絶対に成功させたいと思ってる。だからみんな協力してほしい。みんなで成功するように頑張ろう」


 そして僕の言葉に続き、今度は舞が口を開いた。


「じゃ、次は私から。私は今日、坂本君の本音が聞けて良かった。それが聞けたのは桜井君のおかげだから、他にも思うところはあるけれど桜井君にはとても感謝してる。だから桜井君が考えたこの作戦に協力するのは、そのお礼でもある。そしてこれからは、坂本君が私たちに本当の自分の姿を見せてくれればもっといいとも思ってる。そのためにもこの作戦みんなで成功させましょう!次は光太郎君、どうぞ」


 舞に促され光太郎が話し始めた。


「僕はこの学校の生徒ではないし、舞さんと宏樹さんとは初対面なのに、参加させてくれてありがとう。今の隆之介がこの学校で何を考えているのかが聞けたし、とても優しい友達がいることが知れてとても良かった。僕もみんなへのお礼と、これからの高校生のために頑張ろうと思ってるから、みんなで頑張ろう」


「よし、みんな言い残すことは無い?じゃあ、掛け声行くよ。みんなで頑張りましょう!えい、えい」


 彼女はみんなにもう言うことは無いか聞いた後、締めの掛け声を始めた。急に始めたので僕たち三人は慌てたが、何とか四人声をそろえて終えることができた。


「「「「おー!」」」」


 舞の思い付きによるダサい掛け声で、僕たちの未来のための作戦は実行されたのだ。


つづく

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