第4話 僕と彼女の日常

 僕は光太郎が過去の自分の母親相手にどんな対応をするかが気になったため、壁際に隠れて彼らの声だけを聞いた。その関係からぎこちない感じになるのかと思っていたが、二人の会話は意外にも普通だった。


「舞さんも映画がきっかけで隆之介と仲良くなったんだよね?」


 光太郎は舞にそう言っており、二人は僕の話をしているようだった。考えてみれば、この時間での光太郎と舞の共通の話題は僕のことしかないのだから当然といえば当然だった。


「そう。でも桜井君は他の学校に友達なんていないのかと思ってたからびっくりした。だってこの学校でさえ私と坂本君以外とはあんまり話さないからね」


「まぁ、確かに隆之介は変わった人だけど、いい人だとは思うよ」


「それは私も分かってる。根はいい人なんだけど、ひねくれ者なんだよ。私もそうかもしれないけど。だから同じような人にしか理解されないの。まぁ、悪く見えることもあるかもしれないけど、これからも桜井君と仲良くしてあげてね」


「うん、分かった。でもじゃあ宏樹さんも隆之介に似てるってこと?」


「ううん、坂本くんはいろんな立場から物事を考えられるから。だからこそ私や桜井君ではちゃんと理解できない悩みを抱えているんだと思う。だからこんなことになったんだよ、きっと。多分桜井君は、坂本君の本当の悩みには本人に言われるまで気付かないよ」


 未来の会話方法とかを使ってうまく話を逸らすのかと期待して見守っていたのだが、全然そんなこともなかった。普通に会話して、挙句の果てに僕の悪口まで言い始めたので、僕はそろそろ出て行こうと思った。ただし、友達が少ないのも、ひねくれ者なのも事実だし、舞にいい人だと言われたことは少し嬉しかったので怒っていたわけではない。

 僕がたった今着いた振りをして光太郎に話しかけて合流すると、舞は僕に言った。


「桜井君、坂本君の状況はどんな感じか分かる?」


「まだ分からない。けどきっと大丈夫。何とかなるよ。それと、舞の予想とは違って、僕は宏樹がどんなことで悩んでいたのか気付いたぞ。さっき宏樹の後輩と話して分かった気がする」


「中身を聞かなくても何となく分かる。それは違う」


 舞は僕の意見を聞かないまま、はっきり否定した。それから僕と舞の会話は喧嘩のようになっていく。


「言ってないのに何で分かるんだよ」


「私はさっき桜井君が話してたこと、ほとんど聞いてたから。部活の問題じゃないんだよ。少しはそれもあるのかもしれないけど、坂本君にはもっと根本的な悩みがあるよ。桜井君はそのことに気付いてない」


「根本的な悩みって何?小学校のころから宏樹と友達の僕が気付かない悩みがあったっていうのか?」


「ごめん、それが何かは私の口からはとても言えない。でも私には分かった。でも女にしか分からないこともあるよ。というか、逆に何で桜井君は気付かなかったの?って思うんだけど。私はすぐ気付いたよ、もしかしてって」


「はぁ?男の宏樹の悩みのことなのに?女はすぐいろんなことを自分勝手に決めつけようとする。もっと順序立てて話してくれ」


「それは聞き捨てならない。女だからどうこうっていうのは、それこそ男の決めつけなんじゃないの?男の人ってやっぱり今でも自分たちが女の人よりも優れてるって思い込んでる節があると思うよ。そういう流れもやっぱり、そう感じている女の人から変えるための動きをしないといけないね!」


「何で急にスケールでかい話をしてるんだよ。そもそもお前が考えている宏樹の悩みも本当かどうか分からないだろ?」


「『お前』って誰ですか?『お前』なんて人は知らないなぁ。光太郎君知ってます?『お前』って人」


 光太郎はそんな僕たちを見て、ずっと苦笑いを浮かべていた。


「腹立つな!『舞さん』が思い込んでいる宏樹の深刻な悩みっていうのも、あくまで推測で、本当のことかどうかなんて分からないですよね?」


「二人とも落ち着いて。隆之介、今は喧嘩なんてしてる場合じゃないと思うけど」


 僕たちの言い合いが激しくなっていく中、光太郎が間に入ってそれを止めてくれた。きっとこんなところで時間を使いたくなかったのだろう。

 そして舞は光太郎の話を聞いて、少し落ち着いた様子で言った。


「確かにそうだね、お互い一旦落ち着こう。桜井君の言うとおり、他人が何考えてるのかなんて本当のことは本人が言わない限り分からないね。それは認める。だから賭けをしようよ。いつかきっと坂本君は、私たちに言ってなかった今の悩みを打ち明けてくれると思う。その悩みが桜井君の思ってるような部活のことだったら桜井君の勝ち。そうではなくてもっと根本的なことだったら私の勝ち。負けたほうが勝った方の言うことを何でも聞くってのはどう?」


「だから、根本的なことって何?」


「それは、私の思っていることが合ってたら分かるよ。ま、私の方が合ってるに決まってるけどね!」


「頑固だな、相変わらず。まぁいいよ、それで。僕の方が合ってたら今日で片が付くから」


「知ってる?こんな口げんかってお互い頑固じゃないと成立しないんだよ。だから桜井君も同じってことだよ。」


「そうかもな。気が済んだなら、僕らは用があるからもう行く。」


 このまま彼女と会話を続けると、またけんかになって余計な時間を使いそうだ。そう思ったため、僕は自分から会話を打ち切った。 


「うん。私は部活にも顔出しておきたいから行くよ。坂本君のこと、うまくいくといいね。」


 彼女は普段通りの静かな調子でそう言った。

 この状況でいつも通りの調子で話す舞の態度に、僕は少し違和感を覚えていた。友達想いの優しい彼女なら、宏樹が一人で飛び降りたなんて話を聞くと、もっと取り乱すものかと思っていたのだ。それこそ、僕とけんかをするときなどの比ではないくらいに。

 もしかしたら彼女は、宏樹が何をしてけがをすることになったのか、詳細を知らないのかもしれない。僕はそう思った。けがの程度もその過程も知らないから普段通りにふるまえているのだろう。


「あぁ、そっちもがんばれよ。」


 僕はそう答えて舞と別れた。

 宏樹のことは、あえて何も告げなかった。彼女が何も知らないのならば、そのままでいい。僕が宏樹を助けられれば、知る必要はないことなのだから。

 過去に行く理由がまた増えてしまった。普段通りに怒ったり笑ったりしていた彼女の日常を守るためにも、宏樹を助けなければいけない。そう思い、僕はより一層の気合を入れなおした。


 そして、僕と光太郎は過去に向かうため再び屋上を目指した。


 その途中で、僕が光太郎に言った。


「悪かったね。将来の母親が怒ってる姿を見せて、しかも仲裁までさせて」


「別にいいよ。割と楽しそうだったし」


「そうか?キレてただろ」


「本音を言い合える関係っていうのもいいものだと思ったよ。そんなことより隆之介、舞さんにタイムマシンのこと話してないよね?だったら、舞さんが言った『坂本君のこと、うまくいくといいね。』って何だろう?」


 言われてみればそれも変だったことに気づいた僕は、考えられる予想を伝えた。


「もしかしたら、宏樹が病院に運ばれて手術とかになったのかもしれない」


 光太郎も同じことを思っていたようで、すぐに答えた。


「だったらなおさら、ゆっくり喧嘩している時間は無かったかもしれないよ。」


 その言葉をきっかけに、僕たちは屋上へ向かって走り始めた。


続く

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