第3話 時間旅行のじゃまもの

 突如現れた謎の男、広瀬 光太郎が親友の宏樹と舞の未来の子供であると確信した僕は、彼と一緒に過去に行き宏樹が飛び降りるのを止める決意をしたのだ。


 しかし、一つ気になることがあったので、僕は彼に質問した。


「でも、未来の父親である宏樹が飛び降りたのに、光太郎の体は消えたりしないのか?例えば例の映画では過去で両親の出会いを邪魔したら、未来の主人公のお兄さんが写真から消え始めていただろ?」


 光太郎は曖昧な言葉で答えた。


「俺も良く分かってないけど、この世界の時間の概念はそんなに精密なものではなくて、過去を変えても結果は変わらなかったりするらしい。だから夢を壊すようで悪いけど、写真から人間が消えるという話は聞いたことが無い。でも、さすがにこの状況で俺の状況が何も変化しないのは確かにおかしいと思うんだ。これは予想だけど、宏樹さんの容体がまだ安定してないからなんじゃないかな。宏樹さんが生きていたら俺の未来は何も変わらない、でも最悪の結果なら俺の状況は大きく変わるのかもしれない。だとしたら、宏樹さんの容体が悪くならないうちに、なるべく早くこの時間から移動しないといけないかもしれない」


 その話を聞いて、僕はかなり焦った。つまり宏樹の容体次第では、過去に行って彼を助ける方法すらも無くなってしまうかもしれないのだ。


「それじゃ、早くしないと手遅れになるかもしれないってことじゃないか」


「そうだよ。だから、今からなるべく早く過去に向かわないといけない」


 しかしその時の僕は、いくら急げと言われてもただ光太郎についていくことしかできなかった。なぜなら、僕は彼がどんなやり方で時間を超えていたかを知らなかったからだ。なので僕は半ば個人的な興味から、彼に質問した。


「どんな感じで過去に向かうんだ?さすがに車の形はしてないとは思うけど」


 内心答えてくれないかもしれないと思っていたが、意外にも光太郎はあっさり答えた。


「うん。残念ながら、車の形でもなければ机の中にもない。実は今ここにある」


 そう言って、彼は腕に付けていた時計を指して言った。


「正確にはこれじゃないけどね。これはリモコンみたいなもので、実際に俺たちを移動させる力を送る機械はもっと大きなものなんだけど、この時代ではこの時計がタイムマシンと言ってもいいと思う」


「その時計がタイムマシンなら、今どこに向かおうとしてる?」


「屋上だよ。時間移動するところを他の人に見つかるのはあまり良くないから。ところで、隆之介は宏樹さんが飛び降りた原因は分かる?」


「いや、最近はあまり宏樹と遊んだりしていなかったから、ハッキリとは分からない。でも強いて考えるとしたら、部活でみんなからのプレッシャーに答えられなかったから、なのかもしれない」


「そうか。まぁ、どちらにせよ本人に聞けば分かることだよ。俺がさっき教室で初めて隆之介に話しかけた時に、宏樹さんが何か隆之介に話そうとしていたんだ。あの時俺が邪魔しなければ、こんなことにはなってなかったんだと思う。だからこそ、俺が修正しないといけない。これからあの時に戻って、隆之介と宏樹さんが話せれば、なんとかなると思う」


 周りに聞かれないように会話しながら、僕たちは屋上へ続く階段を目指して歩いていた。すると、正面から向かってきたある男が、僕に話しかけてきたのだ。


「桜井先輩。坂本先輩が屋上から飛び降りたみたいですね。そのことでちょっと先輩に聞きたいことがあるんですけど」


 剣道部の宏樹の後輩で高杉という二年生だった。彼は宏樹に憧れているようで、前から彼を差し置いて宏樹と仲良くしている僕は、嫌われているんだろうなと思っていた。彼は以前から僕のことを先輩と呼び敬語を使って話しながらも、少しも僕のことを尊敬している感じではなかった。むしろ、まるで敵視するかのように睨みながら、僕と話すのが印象的な人物だ。しかし剣道の実力はあるようで、剣道部のやりすぎなくらいの練習を休まずこなし、宏樹も彼の来年の活躍を期待していると言っていたのを聞いた記憶がある。

 正直に言うと、僕は高杉のことが苦手だった。一度宏樹の部活が終わるのを待っていた時に、彼が他の部員に対してとても怒っているのを見たことがある。その時の彼の様子が体育会系ではない僕にとっては、とても恐かったのだ。それからは、できるだけ彼とは関わらないようにしてきていた。要するに僕は彼と話すとビビってしまうのである。

 そんな彼の言葉に僕は何となく返事をして、彼は話し続けた。


「実はですね、坂本先輩が屋上から落ちた後、屋上に人影があるのを見た人が二年生にいたんです。その人影は二つあって、一つはよく分からないんですけど、もう一つはこの学校の制服でないブレザーを着ていたらしいんです。先輩と一緒にいるその人じゃないんですか?」


 僕に対して常に強気な態度で話す彼は光太郎の方を見てそう言った。だが僕は宏樹が落ちる前から光太郎と一緒にいて、その人影が別人だと証明できる。なので僕は彼の言うことをはっきりと否定したのだ。


「いや違うよ。確かに違う学校の生徒がその時屋上にいたのかもしれないけど、それはこいつじゃない。僕は宏樹が落ちる前から落ちた後までこいつと一緒に話していたから証明できる」


僕がそう説明したが、高杉はそれをまともに聞かずに僕に向かって、さらに話し始めた。


「いや、あんたの証明なんてまったく意味がないですよ。俺は坂本先輩があの時屋上にいた二人に突き落とされたんじゃないかって思ってます。優しくて頼りになるあの人が自殺なんて考えるはずないから。そしてその一人はここにいるその男で、もう一人はその男と一緒にいる桜井先輩なんじゃないかって思ってる」


 それを言われた僕は焦った。これまでは正直、宏樹が生きてさえいれば過去を変えることに失敗しても何とかなるだろうと思っていた。だが高杉がこの考えを広め始めたら僕は殺人未遂犯だと学校中に疑われてしまう。最悪の場合、捕まってしまうかもしれない。

 そんな事態を防ぐためにも、僕は光太郎と共に過去に行き、何としても宏樹が怪我をせずに助かる未来にしなければならなくなってしまったのだ。


 そんなことを考えていた僕だったが、高杉の話はまだ終わっていなかった。彼の口調はだんだんイラついたようになってきて、僕に対しての敬語は完全になくなっていた。


「そもそも学校中の人気者の坂本先輩と、オタクのあんたじゃ全く釣り合ってなかったから、坂本先輩とあんたの仲がいいなんて変だと思ってたんだ。きっと坂本先輩の人気に嫉妬した挙句、他校の生徒の力を借りて突き落としたんだろ?どうしてくれるんだ。これから来年に向けて坂本先輩に鍛えてもらうはずだったのに。あんたはこの学校の剣道部の未来を潰したんだぞ」


 僕はそれまでの彼の言い分に対しては、彼をさらに怒らせたくはなかったため強く否定もしなかった。だがその時の高杉の言葉には、どうしても反論したくなった。なので光太郎を先に屋上に向かわせて、僕は彼に言ったのだ。


「僕は宏樹を突き落としたりはしてない。でも僕が宏樹のことを気にかけていれば防げていたかもしれない。だから、この一件の責任は確かに僕にもあると思う。けど、あいつは関係ない。僕が勝手に呼んで、来ただけだ」


 過去を変えれば全て丸く収まるはずと分かっていながらも、僕は光太郎を反射的にかばっていた。なぜか光太郎が悪く言われることが、苦手な高杉に反論するよりも嫌に思ったのだ。

 その気持ちが光太郎との友情の間に芽生えたものなのか、それとも親友たちの将来の子供だから思ったことなのか、はっきりした理由はその時の僕にはまだわからなかった。


「この事件の責任を取らないといけないから僕はもう行く。剣道部の未来とやらはどうでもいいけど、僕も宏樹には無事でいてほしいと思ってるから」


「ちょっと待て!逃げんなよ!」


 先に行かせた光太郎に追いつくために捨て台詞を吐いて去ろうとしたが、なかなか彼が見逃してくれなかったので結局走って逃げることになった。


 僕がしばらく走って逃げると、階段を一つ上ったあたりで高杉はなぜかすぐに諦めたようだった。何か他の用事でもあったのかもしれない。

 僕は教室の二つ上、空き教室や音楽室がある階まで上ってようやく光太郎の元に追いついた。だがそこにいた彼には、僕にはとって予想外な出来事が起こっていた。

 何と彼は、将来自分の母親になると言っていた舞と話していたのだ。困っているだろうからすぐに出て行って助けてやろうかとも思ったが、いずれ自分の母親になる人に未来人はどんな対応をしてやり過ごすのかが気になったので、僕は隠れてその会話を聞くことにした。


つづく

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