第2話 未来人、現る

 少し前まで学校のヒーローだった男の思いがけない知らせに、教室に残っていた生徒たちも騒いでおり、その多くは窓から外をのぞきこんでいた。その窓から宏樹の姿が見えるのかと思い、僕たちも他の生徒の間から外を見た。すると一階渡り廊下の床に、落ちている剣道の道具と地面に倒れて全く動かない宏樹の姿が見えた。その周りには、彼を囲んでおろおろしている生徒たちの姿もあった。


 僕はその瞬間にあらゆることを考えた。なぜ宏樹が飛び降りたのか。考えてみれば原因になりそうなことはいくつかあった気がする。もし僕が気づけていればこんなことにはならなかったかもしれない。そう思って僕は自分を責めたが、今更そんなことを考えても仕方ないと考え、まずは行動することにした。僕は宏樹の無事を確認するために教室を出て下に行こうとしたが、そばにいた光太郎がそれを止めたのだ。


「今行っても、宏樹さんを助けられるわけじゃない」


 光太郎は真剣な表情で僕にそう言い、さっきまで彼と話していた廊下の隅に再び僕を連れて行こうとして僕の腕をつかんだ。


「そりゃそうだけど、他に宏樹のためにすることもないだろ」


 僕がそう言って彼の腕を振り払うと、彼は否定して話し続けた。


「いいや、俺たちにはある。俺たちというか、隆之介なら多分宏樹さんを助けられる。こんなことになったのは百パーセント俺が原因だから偉そうに頼める立場じゃないんだけど、俺もあの人に死んでほしくは無いから。隆之介に協力してほしい」


 初めはなんことを言っているのか分からなかったが、次の言葉で彼の言いたいことが分かった。


「信じてもらえないかもしれないけれど、俺は二十五年後の未来から来たんだ。未来で宏樹さんは元気に生きているし、この年に大けがをしたなんて話も聞いてない。つまり、俺がここに来たことであの人の運命を変えてしまったんだ。俺と一緒にあの人が飛び降りる前に戻って、元に戻すのをを手伝ってほしい」


 彼は真顔で僕にそう言った。僕は彼に馬鹿にされているのだと思った。宏樹が大変な時に、こんな変質者に付き合っている暇はないため、僕はすぐにその場を立ち去って宏樹のところに行こうとした。しかし、彼は僕の前に立ちふさがってさらに言った。


「俺は未来の隆之介のことも、この時代の隆之介のことも知ってる。誕生日は十二月十日で、この時は広瀬 舞さんのことが好きだけどなかなか踏み出せないでいた」


 僕のことを言った彼だったが、僕はそれに反論した。


「誕生日なんて別に隠してないから知ってる人に聞けば分かることだし、舞のことが好きなことは一日中僕の行動を見てればすぐにわかることだろ」


 慌てていて冷静でなかったとはいえ、我ながら恥ずかしいことを言ってしまった。そう思っているところへ光太郎はさらに続けた。


「まだまだある」


 彼はそう切り出すと、身分を示す証拠として、さらに僕の個人情報を次々と的中させ始めた。

 その中には、僕の好きな映画の名前や出身中学校名など、わかりやすいものもあった。しかし、中学生の時に好きだった女優の名前や初恋の人の名前など、現在の僕からは断定できない、宏樹しか知らないような情報も含まれていた。

 僕は彼の言うことをすべて信じたわけではない。だが、今の僕には宏樹のためにできることがほとんど無いということも、認めざるを得ない事実である。それに、もし彼が本当に未来人ならこの状況を変えられると思い、僕は目の前の男の話を一度聞いてみることにした。


「そこまで知っているなら話は聞くよ。宏樹を助ける方法なんて、それこそ過去を変えるしかないし、僕の秘密を言いふらされても気持ち悪いしね」


 そんな小言を言った僕に彼は真剣な様子で答えた。


「そんなことはしない。隆之介には歴史を元に戻すのを手伝ってほしいだけなんだ。さっきも言ったように、俺がいた未来では宏樹さんは死んでないし、昔飛び降りたという話も聞いたことない。きっと、俺が来たことで過去が変わったんだ。隆之介はタイムマシンが出てきて、過去を変えたりする映画が好きだから、きっと信じてくれると思ってたよ」


 光太郎は僕が彼の話を信じたことを、全く意外に思っていないようだった。未来の僕を知っているという発言は、確かに本当なのかもしれない。

 彼の言うとおり僕はSFものの映画が好きである。さっき彼が的中させた僕が好きな映画も、博士が作った自動車型のタイムマシンに乗って、主人公が若いころの父親と母親が出会った時代に行くと言う話だ。

 その映画のあらすじを思い出した僕は、急にある疑問がわいてきて、彼にそれを告げたのだ。


「お前、舞と宏樹の子供なんじゃないか?」


 それは映画オタクの僕だからこそ思い浮かんだ考えだった。普通の人だったらそんな考えには至っていなかっただろう。

 僕がその考えに至ったきっかけはいくつかある。まず、彼の名字が広瀬ということで広瀬 舞の関係者ではないかと思っていた。そして、宏樹と僕しか知らないはずの、以前の僕のことを知っていたこと。

 そして何より、僕ももちろん、映画好きが大好きなあの『自動車型のタイムマシン映画』の展開に、今の彼の状況がそっくりだったことだ。その映画では、過去で歴史を変えてしまって両親との出会いを邪魔してしまった主人公が、その歴史を修正していくという話だった。そして、今僕の目の前にいる広瀬 光太郎も、未来から来て過去を変えてしまい、宏樹を助けたいと言っているのだ。


 "こんなにぴったり合うこともない。こいつは未来人で、絶対に舞と宏樹の子供だ!"と夢見がちな映画オタクの僕は確信していた。


 その時の僕は、宏樹を助けられるかもしれないという事で気分が高まっていた。そのため、光太郎が未来人であるという事そのものに疑問を持っていたことも忘れており、すでに彼と一緒に宏樹を助けるため過去にタイムトラベルする気でいた。もし推測通りなら、自分は失恋したことになるという事にも気づいていなかった。

 そんな細かいことよりも、自分の名推理で正体を見破られた未来人がどんな反応を見せるかが気になっていたのだ。


 そして僕が言った言葉を聞いた彼は、驚いた顔をした後少し笑ってから、考えるような素振りをしてこう言った。


「よく分かったね。そうだよ、俺はあの二人の子供だよ」


 それを聞いた僕は、舞との関係について気づき複雑な気持ちになった。だがそれもほんの一瞬だった。宏樹を助けるための方法が見えてきた僕は、今度こそ間違えるわけにはいかないと、気を引き締め始めていたのだ。


つづく

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