第四十話 ドラゴンバスター

「今の何が起きたの!?」

 伽耶乃かやのは驚きの声をあげた。

 高架道路を燃えるタンクローリーが突進してきたかと思うと、空中に飛びだしドラゴンに激突したのだ。しかもそれは大爆発し、巨大な火球を発生させている。

 その威力は凄まじく、甲殻の一部を粉砕しながらドラゴンを跳ね飛ばしたほどだ。下手なミサイルなど比較にならないほどの攻撃であった。

 幻想生物に通常兵器は効きづらい。特に砲やミサイルなどの威力は大きく減じてしまう。兵器で威力差を考慮しつつ比較してみても、歩兵の放つ攻撃と戦闘車両の放つ攻撃とでは明らかに前者が上回る。

 学説では人の意思が関係するとされ、だからこそセカンドの存在が意味を持つのだ。

「ただ車が爆発しただけじゃない……人が乗って? そんな……」

 伽耶乃は歯を噛みしめた。

 どこの誰か分からぬ者が成し遂げた爆発でドラゴンは大きく傷つき、しかも伽耶乃が誘導しようとしていた官庁街へと弾き飛ばされていた。その区画であれば避難は完了しており、しかも向こうには広い空間がある。数少ない名児耶の観光地にして特別史跡が存在する場所だが人的被害を気にする事なく戦える場所だ。

「遠慮せず、やらせて貰うわよ!」

 力強く宣言すると瓦礫を蹴って、そのしなやかな身体を加速させドラゴンへと迫る。その動きは素早く優雅でさえあった。瓦礫の足場を流れるように進んで行く。大きく跳躍すると、セカンドの能力全開で甲殻に覆われた頭部を神器刀の柄で殴りつけた。

 なまじ斬りつけるより打撃の方が有効と判断しての事だ。もちろん刀身を痛めたくないという考えもある。折れず曲がらずが謳い文句のワコニウム製とはいえ、完璧ではないのだから。

 倒れていくドラゴンの口元が輝きブレスが放たれる。

「っと!」

 ギリギリで回避。向こうで直撃を受けた城砦の石垣が爆散している。

 押し寄せる熱気と爆風は激しく、体勢を整えようとする伽耶乃は勢いを止めきれず伽耶乃はアスファルトの上を転がり、瞬時に地面を手で突き飛ばし位置を変える。襲いかかった尻尾をそれで回避するものの、打ち砕かれたコンクリートの破片を浴びてしまう。

 それでも――。

「まったくもう、痛いじゃないの!」

 足を動かし回り込み、ドラゴンの顔面に光刃を放ちダメージを与える。

 戦いは続く。

 素早く動き回る伽耶乃は的確にダメージを与え、逆に全ての攻撃を回避していく。優雅に舞うような戦いではあるが実際にはギリギリの状況。ドラゴンの攻撃は破壊的で、それを一度でも貰えばお終いなのである。

 伽耶乃でなければ、とっくに根をあげ集中力を途切らせてしまい終わっていた事だろう。彼女の最大の能力は、その驚異的な集中力と持続力なのかもしれない。

 だが、戦いの場では常に思わぬ事が起きる。

 蹴って跳ぼうとした瓦礫に亀裂が走り、そのため充分な反力が得られなかったのだ。予想外の出来事に、高速機動中の伽耶乃は勢いを止められず大きくバランスを崩してしまう。

「しまっ……」

 膝から地面に崩れるものの無様に転倒する事だけは堪える。だがタイミングが悪かった。鞭のようにしない放たれた尻尾の一撃は、動きを変化させ襲いかかって来たのだ。

 鋭い風切り音と共に尾が迫る。

 その威力は一撃で建物を破壊するほどで、装甲を身につけない伽耶乃が一撃を貰えば、あえなくお終いだろう。否、仮に装甲があったとしても同じ結果かもしれない。

――怒られるかしら。

 秒を何十にも分割した刹那の中で思い浮かぶのは、何故か場違いな感想。それが誰に何に対してかは分からない。何にせよ迫り来る鋭い一撃に来るべき時が来てしまったと残念に思っていた。

 ドンッと高威力の光刃がドラゴンの体表を抉り蹌踉めかせる。

 本体の動きに合わせ尾の一撃も軌道が変化。狙いを外し空振りした尻尾の起こす突風が伽耶乃の髪をかき乱しただけだ。

「今の……なに?」

 何が起きたか分からぬまま叫んだところに、二人の少女が抱き合うようにして隣に着地。だが、さらに驚かされる。ユミナという少女は、金色の髪が輝きを持っているように錯覚するほどの力を纏っているのだ。

「その力は? いいえ、あなたたちどうしてここに!?」

「もちろん手伝いに来たんだよ」

「何を言って……」

「ユミナいいよね!」

 九凛くりんの問いにユミナは神器刀を構える事で応えてみせる。

「了解です。いいですか伽耶さん、しばらく私がドラゴンの相手をします。その間に九凛と一緒に攻撃の準備をして下さい!」

「何を――」

「いいから早く!」

 鋭く言われた伽耶乃は、戸惑いながら飛びついてくる娘を抱きしめた。神器刀を握る手に九凛が手を重ねた瞬間、全ての疑問が消し飛んでしまう。

 何故だか凄まじい力が湧き出てくるのだ。

 ドラゴンも不穏な気配に気付き反応するのだが、それをユミナが光刃を放ち攻撃。あの窮地を救ってくれた一撃は、間違いなく金色の髪の少女が放ったものだと分かる。それはセカンドに成り立ての学生とは思えない程の威力があった。

「何が起きてるの……まさか!」

 現象は分からないでも原因を悟った伽耶乃は思わず九凛の顔を見つめた。だが、力強い瞳と目が合えば追及は不要と判断。今すべき事のみに集中する。

「合わせなさい、いくわよ」

「もちろん!」

 神器刀へと力を流し込み纏わせる。伽耶乃と九凛の力が混ざり合い、二つが一つになる。

「「いけえっ!!」」

 光の奔流はドラゴンを直撃。

 抗う巨体を少しずつ分解していくのだが、同時に弾かれ拡散した力の余波は市街地を強く激しく照らしホムンクルスなど小型種を次々と駆逐していく。中型や大型も動けないほど弱らせている。やがてドラゴンは光の中に消え去り、忌むべき心臓も完全に消滅した。

 破壊されたのは名児耶の数少ない名所の城のみで、他への被害は最小限だ。

「さっすが赤嶺伽耶乃の攻撃だね! やっぱり凄すぎ!」

「えっ、ええ……?」

 しかし伽耶乃は放心状態であった。

 今のは完全に限界を超えた力で制御する事が精一杯なほどだ。その証拠に神器の刀身が溶けている。間違いなく原因は目の前で驚き喜びはしゃぐ娘、つまりセカンドイヴである。

 埴泰は知っていたからこそ、そうしろと言ったに違いない――。

「そうよ、埴泰!」

「そうだ、師匠!」

「そうです師匠!」

 三人揃って声をあげ、ドラゴンとの戦い以上に大変な状況にある場所を目指し走り出した。

 駆けつけた場所で見つけるのは、瓦礫に座る埴泰の姿であった。その服はぼろぼろ傷だらけで汚れきり、神器刀は半ばで折れ惨憺たる有り様だ。なぜか膝上には猫のカノンがいる。

 そして――。

「凄い……これ全部一人で倒したの?」

 その光景に三人は呆然となってしまう。

 徐々に分解し崩れていくところだが、見渡す限り幻想生物の死骸が転がっているのだ。ドラゴン退治という戦果が馬鹿馬鹿しくなるほどの、ありえない光景であった。

「いや一人じゃない。最高の連中が命懸けで協力してくれたんだ」

 埴泰は静かに告げる。

 じっと座る姿は祈っているようにも見えた。

 そこに何かを感じた三人も瞑目し黙礼を捧げ――そしてユミナがふらついた。

「すいません、私はもう限界みたいです」

 言って埴泰の隣に座り込んだ。もたれた身体を預けると、そこはかとなく満足そうだ。しかし、もはや少しも動けずにいる。ぐったりとして虚脱状態だ。

「なるほど、この症状は増幅された力の反動という事ね。そうなると、私にも同じ反動が来るのね」

「でも助かっただろ」

「そうね。お陰で本当に助かったわ」

 とてもとても優しい声色で言って、にっこり笑ってみせる伽耶乃。

「知ってたなら、どうして報告にあがってないのかしら?」

「うっ……いやまあ、報告するほどではないかと愚行した次第でありまして」

「後でお仕置きね。でもまずは……私も反動が来たみたいだから後はよろしく」

「おい?」

 そして伽耶乃もまた座り込み、ぐったりと埴泰に持たれかかった。

「師匠ってば両手に花だよね。というか、あたしだけ仲間はずれは狡いよ」

「馬鹿言ってないで、どっちかを何とかしてくれ」

「やだ」

 言いながら九凛は埴泰の後ろに座り背にもたれた。どこか甘えるような様子だ。

「おい重いぞ」

「師匠ってば失礼よ。あたしだって疲れてるんだから」

「今ここで一番疲れてるのは誰だと思う?」

「あたし」

「やれやれ。こいつときたら……」

 戦闘が終了した空には無人航空機飛び交いだし、被害状況の確認などが開始されてたようだ。報道関係も現場に乗り込んでくるだろう。とはいえ瓦礫の間にいる埴泰たちを見つける事は難しいだろうが。

 ふいに埴泰は遠く離れたビルに視線を向けた。

 何かを感じたその屋上に数人の人影が確認できる。生き延びた生存者――何故かそう思えないのは、長年の逃亡生活で培われた勘だ。睨むように見つめが、距離がありすぎ正確な数すら分からない。辛うじて風を受けた服が翻る様子だけが見て取れる。

「師匠、どうかしたの? どっか痛いとことかあるの」

「……いや大丈夫だ」

 九凛の声に気を逸らした間に、その姿は消えていた。

「それより聞いてくれないか。ここには凄い連中がいたんだ。とても、そうとても凄い連中が――」

 埴泰は静かにゆっくりと語りだした。

 ここで時間を稼いでくれた連中の事を誰かに伝え、知って欲しかったのだ。

 そして四人と一匹は執事の園上に見つけられるまで、そのまま廃墟の中で一塊となって束の間の休息を取り続けた。

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