第三十九話 愚者は金冠を手に運命を回す

「ドラゴンはあいつらに任すとして、俺らは俺らに出来る事をするしかないんや。いいか、ここを死守すんぞ」

 拳を掲げる古城に大勢の兵士が応えた。

 背後には大きな建物の病院があり、そこは傷つき助けを求めた人々でごった返している。人が集まれば幻想生物も集まってくるため、配備された兵力も多かった。

 避難民を連れた古城は、近場という事もあってここまで来たのだ。

 なお、到着した時の病院は幻想生物に襲われ、かなり危ない状態であった。それを古城と老人兵たちが連携し、神懸かり的なまでの活躍の末に撃退している。

「美人な女医さんに惚れられたりしたらどうしましょう」

「井出君より私が先ですよ。あの人のライフル捌きが素敵っ、て感じでモテモテに違いありませんよ」

「不真面目な井出と荒史には、お仕事をあげようか。向こうの道路を、むさい男二人で哨戒してくるんだ」

「「ちーっす」」

 まとめ役の村末が冷静に命じ二人を追い払った。

「あの二人は、ふざけてばかりで困ります」

「まっ、しゃーない。うちのムードメーカーやでな。それよか戦力は把握できたんか? どないなもんや」

「まあなんとかって程度ですな。残存部隊は半壊、正直なところ御老人たちが居なければ撤退を進言するところですよ」

「そんなにか……」

「ただまあ、先程から敵の圧が減りましたね。ここに来る量が減ったという事は、どこかの残存部隊が市中で食い止めているのかもしれません」

「そうかもしれんな……だったら、ここは死守せんとな」

 残存部隊も途中で合流した兵士も全てが古城の指揮下に入っている。この状況下で所属や階級など、グダグダ言う者は一人もいない。誰もが生き延びる事と、傷ついた人々を守るために全力で立ち向かおうとしていた。

「社長、動けそうな連中を集めました」

 病院前の広場には、年齢性別を問わず動けそうな人々が集められている。その中には撤退命令を無視し駆けつけた一部の兵士たちの姿もあった。

 古城は殊更ふてぶてしい仕草で皆の前に立つ。

「おっし、皆の衆聞いてくれ。悪いが人手が足りんのや、ちょいと手伝って貰おか。今は非常時、死ぬか生きるかの瀬戸際や。動ける者は親でも使わせて貰うで」

 張りのある声は冗談めかして力強く、聞く者の耳を捉えて離さない。

「まず、俺らが前に立って敵を食い止める。そんでもって、あんたらは後ろで銃を撃つ。とっても簡単なお仕事やろ。しかもや、そんだけでこれから先のずっと武勇伝が語れるんや。あん時に俺は病院で大勢の人を救ったってな! どうやぁ、死ぬまで威張れるぞ。お得やろが」

 両手を広げ掻き寄せるように動かす。その目は強く笑みは頼もしく、姿勢も勢いも全てが堂々としており聞く者の心を完全に捉えていた。

「おっしゃぁ! 俺らと一緒に武勇伝つくるでぇ!」

 その声に人々は歓声をあげ応えた。

 古城が威勢良く歩きだせば、装甲服を着込んでいる事もあって、意外に重い音が響く。銃声は散発的ながら連続し、敵はまだまだ接近中という状況。細かい事は他に任せ、自身は幻想生物と戦うつもりなのだ。

「お疲れ様です。意外に扇動者ってのも向いてそうですね」

 隣に並んだ村末が冗談めかして笑うと古城もニヤリと笑う。

「こう見えて緊張でガタガタ震えとるんや。まっ、嫁さんの前で弁明する時よか遙かにマシやけどな」

「朝帰りの理由を弁明する時ですな」

 ゲラゲラ笑い、そして真面目な顔をする。

「必要であればビルを爆破しても構わん。進行ルートを絞るように道を塞いだれ。それと病棟内は全部防火扉を閉じさせて、ちょっとでも壁をつくらせるんや」

「負傷した兵士はどうします」

「全員屋上に行かせて、美人の女医さんに治療してもらいつつ空に備えさせとけ。さっき集めた以外で動けそうな連中がおったら、年齢関係なく武器を持たせ備えさせておくか」

 背後に控えていた隊員が指示に従い、次々と動き実行に移していく。

 そして古城たちは正面玄関付近まで移動し――哨戒に出ていた井出から通信が入った。血相を変えた様子である事は声だけで分かってしまう。

『社長、大変ですよ。向こうで危険物を積んだ車両が燃えてるんです』

「なんやそれ。放っとけ放っとけ、そないな事よりな――」

『いやしかし、御老人方が慌てるほどなんです。なんだか過塩何とかアンモ何とかって薬品だそうでして。すぐに社長に知らせて待避しろと』

「過塩何とかアンモ……おい、それは過塩素酸アンモニウムちゅうんやないやろな! それやったらロケットエンジンの推進剤に使うやつだぞ」

『あっ、それです』

 部下の早田が肯定すると、古城は目をひん剥いた。周りの者が何事かと注目するぐらいだ。

「あかん! それあかんでぇ! そいつぁどこだ!」

「……もしやあそこでは?」

 横に居た村末が前方を示した。

 そこには炎をあげるタンクローリーがあった。思ったよりも近い位置に停止しているではないか。その火の点いた導火線状態に、古城は総毛立ってしまう。

「逃がせぇ!! 走れる奴をこの付近から直ぐ逃がせっ!」

「しかし動かせない患者が……」

「アホォ! あれが爆発しよったら、この辺り全部が吹っ飛んじまう。確実に死んじまうんだ。四の五の言わずに移動させるしかないやろ! あんなん、いつ爆発してもおかしくないぞ!」

 幻想生物が襲ってくる一方で、目の前にはいつ爆発するか分からぬ存在。辺りは騒然となった。悲鳴をあげ人々が逃げだせば、その騒ぎに幻想生物が集まってくる始末。

 激しい銃声の中で老人兵が怒鳴る。

「古城二等兵よ、貴様は皆を連れて避難せい」

「そうやけど先輩……」

「四の五の言うなっ! 貴様は生き残れ、儂らくたばり損ないがここで敵を止めていてやる。急げッ!」

「畜生っ!」

 古城はやりきれない心の発露として、無言のまま近くの壁を殴った。装甲の一撃はコンクリートの壁に大きな窪みとひび割れを生じさせる。

 悲壮な雰囲気が漂う中で、しかし期待に顔を輝かす者がただ一人。確実に死ぬとの言葉に、その男は監視の隙をついて走りだした。

「いかん逃げられた! 誰か止めろ、その人を止めるんだ!」

 蓮太郎が走りぬけていった。


 装甲服のパワーアシスト機能のお陰で、瞬く間にタンクローリーまで到着。邪魔な装甲服を脱ぎ捨てると、火の手をあげる車体をよじ登り運転席に乗り込む。車のキーは刺さったままで、しかもエンジンは一発でかかってくれた。

「こいつ動くぞ!」

 誰かが制止しているが構わない。

 蓮太郎が喜び勇みアクセルを思いきり踏み込むとタンクローリーは始めゆっくり、次第に速度をあげ走りだした。

 運転席周りは火の手がまわり熱くて堪らないが、それが気にならないほど覚悟は完了している。

 もうチャンスはこれが最後。

 赤嶺伽耶乃が登場したのであれば、もうすぐドラゴンは倒されてしまうだろう。そうなると残りの幻想生物は倒されてしまい、両親を救う事は出来なくなる。

 今ここで確実に死なねばならない。

 危険な車両に乗り込む姿は皆が見ていた。ならば爆発すれば、間違いなく死んだと証明してくれるはず。唯一の不安は、早すぎる爆発が他の者を巻き込む事であったが、どうやらその賭けには勝ちつつある。

 タンクローリーはまだ爆発しない。

 放置車両の多い一般道を避け、通行止め標識をぶち破り名児耶環状二号線に移動。高架道路にのると、さらにアクセルを踏み込み速度をあげる。

「ついでだ!」

 蓮太郎は前方に見えたドラゴンを目指し、炎をあげるタンクローリーを走らせる。

 入り口が閉鎖されていた事で高架上には障害となる放置車両は何もない。こんな場所にもホムンクルスの何体かがいたが、容赦なく跳ね飛ばし爆走していく。

 突撃するタンクローリーの姿にドラゴンが気付いたらしい。

 口腔が煌めきブレスが放たれたる――だが、タンクローリーには当たらない。途中にあった瓦礫を踏み車体がふらつき蛇行した瞬間、ブレスは横を掠めていった。 何故だか知らないが蓮太郎は悟っていた。

 どうにも意地の悪い運命が目的遂行の邪魔をしているのだ。それに逆らい望みを叶えるには、たった一つの方法しかない。

 みるみる迫るドラゴンを見据え蓮太郎は咆えた。

「当たってしまえば、どうという事もない」

 破壊され途切れた高架道路の先にドラゴンの姿がある。思いっきりアクセルを踏み込めば、そこから空中へと飛びだした。車体はくの字に折れながら、ゆっくりと回転。タンク部分がドラゴンへと叩き付けられる。

 衝撃によって過塩素酸アンモニウムは極めて激しく燃焼。生じた高温は気体を急膨張させ、炎と共に破壊的な超音速の衝撃波を一瞬で大規模に生じさせる。

 閃光に包まれ消滅する瞬間、蓮太郎は確かに微笑んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る