第三十八話 死なば死なむよ君によりては

 まず光と影を知覚。やがて音が戻る。

「@。%□@¥、しっ%□し¥。おi、しっ%りしろ!」

 意味不明の音はどうやら言語らしい。得られる情報を処理していき、目の前にある影が人の顔と理解したところで、埴泰はにやすの認識は一気に広がった。副作用の影響は相変わらずだが、何とか意識と思考は取り戻せている。

「おい、しっかりしろ。生きてんの?」

「……っ」

「あっ生きてた。助けたのが無駄にならなくて良かった」

 甲高いきんきんした声が埴泰の耳朶を打つ。

 身体状況を把握すれば、指先を持ち上げるだけで精一杯。知覚及び判断力低下。戦闘不能。

 顔を覗き込み騒ぐのは、十代半ばの少年だが誰だか分からない。多少の見覚えはあるが、学園にこんな男子生徒がいたかどうかまでは覚えてなかった。

「お前動けないの? あれだけ強くて凄いから、無理して助けたのに意味なかった?」

「薬、胸ポケット……」

「その薬を飲めば動けるっての?」

 僅かに頷くだけが精一杯。

 だが、それで充分であった。少年はケースを奪うようにして取り出し、そこから取り出した錠剤を口に押し込んでくる。水筒が押し当てられ液体が流し込まれた。

 症状が強すぎるため、薬効が出るまで動けそうにない。

 荒波に揉まれるように乱れる思考の中で状況把握に努めていく。激しい音は銃声爆発悲鳴。横たわっている場所は瓦礫の間。どうやらここは戦場ただ中で、まだ戦闘継続中という事らしい。

「少佐ぁ、援護を!」

「分かった、そこどいてっ」

「射線を開けろぉ!」

 少年が神器刀を振るうと光刃が放たれた。強くはないが弱くもないが、どうやら成果をあげたらしく、複数人の歓喜と発奮の声が一瞬響いた。だが、すぐに銃撃音と爆発音が音を支配する。

「いいか堪えろ! ここを抜かれたら避難民が襲われるんだぞぉ! 気張れっ!」

「伊予、晴海、遥の死亡確認。誰か右側のフォローに入ってくれ!」

「弾薬類残り少し!」

「構わん全部撃ち尽くせ! 甘平と早生、機動車両を使って道を塞げ!」

 慌ただしく動く兵士の姿が視界を掠める。誰もが真っ黒に汚れ流血さえした状態だ。手当すらしておらず、傷口も開いたままに見えた。

 ぐるぐる回るような視界が多少はマシになり、少しずつ薬効が出ている。

 だが、まだ動けるほどではない。

「な、ん、だ……」

 埴泰はナメクジ級の遅さで身を起こす。

 崩れたビルの破片を壁として十人近くの兵士たちが戦闘中だ。先程ちらりと見たように、傷を負ってない者は誰一人としていないが、何千という幻想生物に怯むことなく戦い続けている。

 だがひしめき迫る幻想生物は、じわじわ進む溶岩のように迫りつつあった。

 兵士たちは少しずつ後退しているが、それは逃げているわけではない。怯みや諦めを見せる者は一人としておらず、全力で持てる力のあらん限りを尽くして進行を阻止しようとしている。

 埴泰はすぐ側で光刃を放つ少年が誰か、ようやく思い出した。少し前に古城と一緒に備品受領の交渉をした少年少佐だ。あの時の子供じみた様子はなく、いっぱしの青年にしか見えない。

「青島少佐、本部から撤退命令が! 対応は前と同じでよろしいですか?」

「そうだよ通信機の故障中だからね。スルーしちゃえ」

「やあ機械の整備は大事ですな」

「そうだね、大事な時に故障するなんて駄目だね。僕ら以外は撤退しちゃってるかな」

「さあ、どうっすかね。我々のような馬鹿も、少しはいるのでは?」

「そんな馬鹿ばっかだったら軍が大変だよ」

 少年が応えれば、見るからに古参兵といった少尉が親愛の情を見せ笑う。どうやら誰の薫陶によるものか分からぬが、すっかりこなれた様子であった。

 その少年少佐が振り向いた。

「動けるなら、お前に戦って欲しいんだけどね。って、まだ動けないか」

「どうな、てる」

「僕が君を敵の中から救い出したんだよ。感謝してよね」

 何とも恩着せがましい口ぶりだが、不思議と前のような鬱陶しさは感じなかった。

 言いながら少年少佐は再び光刃を放ちホムンクルスの数体を倒す。連射もできず威力も低いが、それでも兵士たちの攻撃と合わせ幻想生物の進行を食い止めている。もっとも、もはや薄紙よりも脆い防壁で陥落寸前だ。

 激しい銃声は弱まり、撃ち尽くした銃器の代わりに投石する兵がいるぐらいだ。そんなものではホムンクルスを先頭とした幻想生物の群れは止められない。

 一気に幻想生物たちが迫る中で少年は言った。

「さっきの戦闘見てたけどね。その症状にその年齢……つまり、僕の推理からすると、お前はプロトタイプってやつだな」

「っ!」

 動けるのであれば反射的に殺していたかもしれない。

 だが、副作用の荒波の中ではどうする事もできなかった。埴泰は朦朧とする意識の中でも殺意を滾らせるばかりだ。

 しかし少年少佐は気付かないのか気にしないのか、ぐいっと顔を近づけてくる。

「ねえ、お前強いよね。あのデュラハンさえいなければ全部蹴散らせるの?」

「何?」

「だから、連中を蹴散らせるかって聞いてるの!」

「あっ、ああ」

「動けるまで、あとどれぐらい!?」

「……三分」

 埴泰は呟いた。それは大した事ない時間だが、今は永遠ほどに長い。

 けれど少年は明るい顔で笑った。年相応の無邪気さを感じるものだ。

「そっか三分か。分かったよ! だったら絶対に連中を倒してよ!」

「何、だと?」

 戸惑う埴泰の前で少年は前へと飛び出した。突出するホムンクルスを斬って捨て、仲間たちを鼓舞するが如く神器刀を掲げてみせた。

「皆聞いて、三分だ! 何があっても三分をつくるんだ。そうすれば敵は全て倒してくれる。もう誰も死なないんだ!」

「「おおおおおっ!!」」

 生き残った兵士たちがそれに応じ声を張り上げている。

 それから見た光景に埴泰は絶句した。

 即応した兵士が機動車両に飛び乗ると発車、アクセル全開の車両から何人もが全力射撃しながら幻想生物の群れへと突撃。進行の勢いを押し止める。全弾を撃ち尽くせばアサルトライフルを棍棒代わりに振り回し、銀色の群れに呑み込まれる瞬間まで戦い続けていた。

 似たような光景が次々と繰り広げられる。

「おい……何をしてるんだ。お前らは何をしてるんだ。止せ、止めろ……」

 残りの兵士たちは石を投げつけコンクリート投げつけ、接近したホムンクルスに組み付き投げ飛ばし殴りつけ体当たりで僅かでも押し止めようとする。その間を何かを抱えた兵士がアメフトのように突撃していき、オーガの足下に辿り着く。ホムンクルスに取り付かれ姿が見えなくなった瞬間に辺りを巻き込み爆発した。

「青島少佐、乗ってかれますか」

「ありがとう瀬戸加少尉。ごめんね、付き合わせて」

「何を言いますか。さあ、行きましょう」

 その行動が理解出来ぬ埴泰の前で、最後の車両が発進した。

 屋根には神器刀を構え片膝を突いた少年少佐の姿がある。車両が銀色の中に一本の道をつくりながら最後には停止。ホムンクルスが殺到する前に少年は大きく跳んだ。その後方で車両が一際大きく爆発、周囲を薙ぎ倒す。

 少年は信号機から道路標識へ、さらには残った看板を踏みつけミノタウロスの肩へと移動。そこから一気にデュラハンへと跳んでいく。その動きはあり得ないほど俊敏で力強く鋭い。

 そして目的の場所に辿り着くと、逆手に持った神器刀を振り上げる。瞬間、少年が振り向き笑みを見せた。埴泰にはそれがとても清々しいものに見えた。

「やめ――」

 神器刀がデュラハンの厚い装甲の隙間に突き立てらる。

 零距離で放たれた光刃は爆発を起こしデュラハンの上部を破壊。同時に少年も吹き飛んだ。自らの力に焼かれた身体は幻想生物の群れへと落下。そこに崩壊する巨体の破片がなだれ落ち、全てを押しつぶした。

「なんでだっ……死んだら元も子もないだろ……」

 呻く埴泰には分かっていた、彼らが死んだのは自分が原因だと。

 時間を稼ぐだけであれば後退しながら戦えば良い。だが、それでは人目に触れる位置になってしまう。他者の目に触れにくい場所で無ければプロトセカンドである埴泰が戦えないと知って、この場所で幻想生物を食い止めてみせたのだ。

 目の周りが熱い。自分が泣いているのだと、そして初めて他人の為に泣いているのだと気付いた。

 体感時間でおよそ三分。

 彼らは約束の時間をきっちり稼いでみせた。

 けれど埴泰はまだ動けない。症状は目算以上に激しく力が戻ってこないのだ。頭痛が少しずつ消えていくが、動けるまであと少しの時間が足りない。

 ホムンクルスが逆手に構えた漆黒の剣を睨む事しか出来ないでいる。回避しようとする身体は泥の中を泳ぐが如くだ。

 振り下ろされ――その時、影が過ぎった。

 人に比べれば遙かに小さな影は、力強くホムンクルスの腕に飛びかかり食いつく。狙いの外れた切っ先は横のコンクリートを穿った。苛立つ銀色の腕が振り回され、弾き飛ばされた存在は空中で身を捻り四肢を踏ん張り着地した。

 それは銀地に黒の渦模様のあるネコのカノンだ。

 しかし、ホムンクルスを止めるには至らず埴泰への再攻撃は止まらず――だが、もう遅い。

 漆黒の剣を振り下ろそうとしたホムンクルスは突如として捻り潰される。周囲のホムンクルスは軒並み弾き飛ばされていった。その前で埴泰がゆっくりと立ち上がり、ついでにカノンは目に見えぬ優しい手で後方へと運ばれていく。

「そのオーダーを了解した。これより……殲滅する」

 手にした神器刀は陽炎のような光を放つ。

 副作用は収まり厄介なデュラハンは全て倒された。けれど幻想生物の数はまだ圧倒的。しかもセカンドの能力は使いすぎ、全身にダメージを受け疲労も激しい。

 状況は極めて悪い。

 だがしかし、埴泰は込み上げる感情に突き動かされ戦いを開始した。

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