エピローグ 天国に行けない警備員

『はっじまるよー!』

 画面の中に新人っぽさが抜けきっていない女子アナが登場した。撮影機器前に屈んで出待ちをし、開始と同時にジャンプしたのだ。

 明るく元気な様子は少し賑やかしい程である。

『ではでは、今回の戦闘で大活躍をなされた笠置蓮太郎さんをお招きしてお送りしたいと思います。笠置さん、どうぞよろしくお願いします』

『はあ、どうもよろしくです』

『さっそくですが、今回のご活躍について伺ってみたいと思います!』

 画面に向け敬礼したかと思うと、振り回したマイクをインタビュー相手の顔面に直撃させる。そんなハプニングに画面が微動だにせぬのは、カメラマンのプロ意識の高さだろう。

 思わぬ暴挙に悶絶していた男は怒る事もなく、むしろ悄気た様子でさえあった。

『自分は何も出来なかったもんで、特に活躍もなにもしてないですが』

『そんな事ないです。大活躍してました、側で見ていた私が断言します! 大活躍でしたよ』

『いえ本当に何もできなくって、はい。家族に合わせる顔さえないぐらいで』

『つまり笠置さんは、ご自身の活躍がまだまだと思っているのですね』

『いいえ、やる事は精一杯やりました。そう精一杯……でも、それでも何も出来なかっただけです。助けられる命を助けられなかった、ただそれだけの事で』

 ぽつりと言って空を見上げた顔に、女子アナは一瞬素に戻り潤んだ瞳で笠置蓮太郎という男を見つめた。察しの良い者であれば、彼女がどういった感情を抱いているのか察したに違いない。

『えっと……はっ、そうですね人事を尽くした後の天命部分で後悔しちゃう状況ですか? それでは! 今回の第二次名児耶大侵攻において、英雄的行動をとった笠置さんの活躍を見ていきましょう!』

 映像が切り替わる。

 ホムンクルスの群れに囲まれた人を救おうと飛び込んでいく姿。オーガの足下から女性を救い背に庇う姿。対空機銃に乗り込み奇策によってワイバーンを倒す姿。ドラゴンへと飛びかかり口へと拳を突き込む姿。燃え上がるタンクローリーに乗り込む姿に爆発するそれ。

 どこまでも献身的なシーンばかりだ。

 続けて職場の上司や同僚たちが映像に流される。

『笠置君は凄い人だと常に思って、私は指導にあたってきました。もちろん私の見込んだとおり彼は活躍し、彼の上司として非常に光栄に思ってます』

『俺の親友です。いやぁ親友として鼻が高いです。親友の活躍が誇らしいです』

『ええ、普段の戦闘からして頑張り過ぎで倒れるまで戦う奴ですよ。ドラゴンなんて余裕でしょ』

『誰もが一目おいてましたよ。滲み出る威厳とオーラ? そんなのが凄いんです』

『普段から家族に言い聞かせてましたよ、うちの職場に凄い奴がいると』

 再び女子アナと並ぶ蓮太郎が映し出されると、画面下には奇跡の大活躍と誉め讃えるテロップと共に新英雄誕生といった言葉が流れる。

 今の映像を見れば、それも当然と誰もが納得している事だろう。

『国民栄誉賞が検討されているそうですが、その事については?』

『そのようなものを頂く資格はないです……自分はただ単に……』

『何でしょうか? この際ですから、言ってしまいましょう!』

 視聴者の興味を惹きそうな話題にレポーターは勢い込んだ。

『えっと……ただ単に家族を守りたくて頑張っただけで。だから別に褒められるような事は何もしてなくて。それで賞を貰っても、本当に頑張った人たちに申し訳ないです』

『そんな事ありませんよ』

『でも優秀な軍事会社さんと部下の人たちが全部やって――』

『だからそんな事ありません! 笠置さんはオーガを前にもう駄目だって思った私を助けてくれたじゃないですか! 最高に格好良かったです! 好きです惚れました! 結婚して下さい!』

『はいぃ?』

 そこで画面が切り替わる。

 しばらくお待ち下さいといった文字に、城とボートの映像が流された。ハプニングありありの報道がウリとは言え、流石にこれはないと判断されたのだろう。

 少しして画面が戻り、落ち着きを取り戻した女子アナが現れた。

 答えはどうだったのか、誰もが抱く疑問をよそに何事もなかったように放送は続けられる。

『ではでは実際にドラゴンに特攻された時のお気持ちを伺いたいと思いますです! ずばり、どのようなお気持ちでしたか?』

『死ぬ気でした。とにかく突っ込んで爆死しようと思ってました』

『あはははっ。爆死ですか』

 その答えにレポーターが明るく笑えば、併せて効果音の笑い声も流されている。きっと誰もが新英雄の気の利いた冗談と笑っているだろう。

『さて、蓮太郎さんは、いかに大爆発を生き延びたのでしょうか。名児耶大学名誉教授の岳識先生による検証結果がこちらです!』

 レポーターの女性は何故だか名前の呼び方を変えている。よく見れば距離も少し近くなっていた。大方の者の興味を余所に、画面にはぎっしりと専門書の詰まった棚の前で椅子に座る初老の男の映像が登場した。

 奇跡検証の専門家といった、よく分からない肩書きの大学教授は説明パネルを手に持ち説明していく。即ち、爆発と同時に爆圧で車両の運転席のみが吹き飛ばされる。さらにその運転席から単体で投げ出される。無数に飛び散る致命的金属片が一つも当たらず、爆風と爆炎に追いつかれないまま飛んでいく。そして落下地点に衝撃を吸収するのに充分な緩衝材などがある。

 一通り説明した教授は静かに言った。

『つまり奇跡です』

 ぷつん、と音をたててモニターが消される。

 リモコンを手にするのは、三つ編みお下げの笠置ミヨだ。無言のまま大きく息を吐く様子は、まるで心の中にある強い感情――恐らくは怒り――を抑えようとするかのようだ。

 ゆっくりと振り向く姿は子供と思えぬ迫力があり、板間に正座した蓮太郎は首を竦めた。

「ねえ、蓮太郎。何なのあれ」

「いや別に……ほら……なんだろなー」

「あれ本気で言ってるでしょ。死ぬ気だったでしょ。なんで?」

「べ、別に死ぬ気とかなんてないんだな……」

「嘘」

 ミヨは断定した。その目にふつふつと涙が湧き出すと、すべすべの頬を次々と伝っていく。

「絶対に嘘」

「いや、そんな事はなくって……ひいっごめんなさい!」

 怒り涙の目に睨まれ蓮太郎は土下座をした。

 それはもはや条件反射である。死んだ妹にも同じように怒られていたからだ。

 ドラゴンに突撃した後、大爆発の中で完全に意識を失った。何が起きたかは分からず、あの専門家の検証した事を信じるしかないぐらいだ。とにかく気付くと大量の梱包材の中に埋もれていたのだ。しかもそれは、皆を避難させた病院のすぐ傍だったりする。

 なお、皆に救助された蓮太郎は、自分が生きていると知って再度気絶した。もちろん理由は言わずもがなだろう。

「勝手に死んじゃうなんて駄目よ!」

「…………」

「もし蓮太郎に何かあったら、お墓参りなんて絶対にしてあげないから。それから蓮太郎の大嫌いなパセリを毎日備えてあげるんだから。ご飯のお代わりも禁止で、帰ってもお帰りも言ってあげない。それからそれから――」

 何やらとんでもない事が次々と語られ、よくまあポンポン言葉が出るものだと蓮太郎は感心してしまう。何にせよ、これでは死ぬに死ねないというものだ。

 もう死ぬのは諦めるしかない。

「ちゃんと聞いてる!?」

「はい、もちろんです」

 鬼のような形相に震えあがる蓮太郎であったが、その時――玄関で声がした。

「お邪魔します」

 女性の声が聞こえてくる。

 逃げるように応対に出た蓮太郎は、思わぬ相手の姿に目を見張る。慌てて姿勢を正すと、どうしたものか硬直してしまう。追いかけてきたミヨも同じ様子で驚愕している。憧れの人が突然現れたのだから無理もない。

 それは赤嶺グループの役員にして英雄とされる赤嶺伽耶乃であった。


 居間のテーブルで蓮太郎は間抜けな声を上げる。

「え? 社長賞?」

 幻想生物に遭遇したという両親は大事をとって入院中のため、台所ではミヨが頑張ってお茶の準備中だ。しかし貧乏な笠置家伝統の白湯になるのだが。

「役員会議で式典の開催と同時に決定されたわ。はいどうぞ、これが案内状よ」

「あ、これはどうも」

「それから私が来たのは、これを届ける為もあるけれどお礼を伝えておきたかったの。ありがと、あなたのお陰で助かったわ」

 ざっくばらんな態度で言った赤嶺伽耶乃だが、戦時以外で見るのは初めてだ。その姿は思った以上に綺麗でそして華奢だと蓮太郎はぼんやり考え……我に返った。

「あのっ、つかぬ事を伺いますが。社長賞ってお金が出たり?」

「もちろん金一封が出るわよ」

「失礼ですけど、お幾らぐらいでしょうか」

 たいそう失礼な質問であったが、伽耶乃は気にもせず答えてくれた。その金額はそこそこ大金であったが、しかし必要な額に到達する程ではない。

 蓮太郎は深々と肩を落とした。

「やっぱり駄目なんだ。嬉しいけど足りないや」

「どうしたのかしら? もしかしてお金が必要なのかしら」

「えっと、いえしかし……」

「構わないわよ言ってごらんなさい。あなたは私の恩人でもあるのよ」

「それでしたら――」

 おずおずと蓮太郎は口を開き、どうして自分がお金を必要としているのかを説明した。白湯を運んで来たミヨは理由を聞いて目つきを鋭くするが、今は黙ってお盆を抱え待機している。後でお仕置きが待っていそうだが、蓮太郎はあえて考えない事にした。

「なるほど。分かりました、その件については私が対応します。任せておきなさい」

「本当ですか、良かった。これで父さんと母さんが徴兵されないですむ!」

 そしてミヨの肩を掴むと前に押しやった。もちろんこれには理由があって、赤嶺伽耶乃をだしにしてミヨの怒りを閑話しようという姑息な作戦だ。

「この子、姪っ子なんですけどセカンドでして。是非、何か話してやって貰えるとありがたく」

「あの、えっと笠置ミヨです。十歳です。よろしくお願いしますです」

 ミヨは赤面しながらおしゃまに頭を下げる。

 そんな姿に赤嶺伽耶乃は目を細め優しく笑った。

「こちらこそよろしくね」

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英雄存在 -プロトタイプの守護者に少女は願う- 一江左かさね @2emon

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