第三十四話 愚者と死神
「儂らはただの年寄り」
老人の独白は続く。
「若い者やセカンドが台頭したこの世界ではただの骨董品。もはや何事にも関わらず消えていこうと思うておった……じゃが今は違う。なんとしても生かしてやりたい男がおる」
示された先を辿り、古城は戸惑った。
敬愛する先輩――それは絶対に口にはしないが――を取られたような、多少の嫉妬も含み、あの笠置という男がどうして気にされているのか理解できなかった。
「あー、何と言いますかね。戦場だと二番目ぐらいに死にそうなやつ?」
「こやつ、ぬかしおる。しかし、あれは漢じゃぞ」
ついにボケたか、との言葉を古城は辛うじて呑み込んだ。さすがにそれが洒落にならぬ年齢の相手である。軽く肩を竦める事を返事として、交差点まで移動。
だが、撤収準備を整えた避難民を見るなり怪訝な顔をした。
そこにいる避難民たちは、誰一人取り乱しておらず絶望などしていない。この窮地にあって堂々としており、子供や弱者を中心に助け合っている。
かつて見た事の無い様子だ。
「えっと、では行きましょうか」
笠置という男の言葉を合図として歩きだす人々だが、その移動がまた見事だ。
軍などの一糸乱れぬ行軍とは趣きが異なるが、見事なまでに整然として落ち着いている。歩くペースも互いに助け合い思いの外に早い。
この人数を連れて移動する困難さを想像していただけに、困惑するしかない。
「どないなっとるんや……」
「あんのー」
笠置が不安そうに話しかけてきた。
「これから行く場所は安全でしょか」
「ああっ? そら当然やろ。救助活動行っとる軍や他の隊と合流するんやで。もうバッチシ安全やで」
「そうですか……」
笠置という男は何故か残念そうに答え列に戻っていった。よく分からぬ反応に古城は首を捻るしかない。
幻想生物の出現もなく順調に進む。
新しいライフルの具合を確認する井出は周囲を見やり不安な様子をみせた。
「敵出ませんね」
「なーんか嫌な予感がすんだよな。物事が順調に進むとな、このままでは済まないような不安感っつうの? そんなのあるやろ」
「そりゃ社長の運が悪かっただけじゃないっすか?」
「お言葉やなぁ」
雑談をしていると――二階建てビルが突如として崩壊した。
立ち上る粉塵を割り出現する巨大な姿。
「な、なんやあれは普通じゃねぇぞ、おい」
「社長がフラグたてるから……」
「知るか!」
岩を削り出したような灰色の甲殻に覆われた身体には、あちこに鋭い突起が生える。強靭な四肢と一対の翼を備え、太く長い尾がある。その姿を見た者は誰もが連想するだろう――ドラゴンと。
進むだけで建物が破壊され、電柱がへし折れ、電線が引き千切られる。踏みしめた四肢の下でアスファルト舗装が粉砕されると、太い尾の一撃が地面を抉りながら建造物を破壊した。
「ありゃドラゴン!? 前に見たことあんぞ。くっそっ、避難民を誘導しろ!」
怒鳴りつけるような声を皮切りに人々が一斉に動きだした。
しかし、パニックは起きない。
パンチパーマに金ネックレスの男が老人を担いで運び、ガラの悪い青年が怪我人に肩を貸す。小さな子供たちが足の遅い者の手を引く。女性レポーターは冷静に呼びかけ、カメラマンも励ましの声をあげ誘導していた。
それぞれが、それぞれの出来る事を行っている。通常ではあり得ない光景だ。
「いかんのう、ブレスを吐く気じゃな」
「こっちは向いとらんが、急いだ方が良かろうて」
ドラゴンがゆっくりと上半身を起こしていく。
身を反らし大きく息を吸いだせば周囲の粉塵や煙が、その口へ向かい流れていく。口中で赤々とした光がちらつき炎があふれる。巨大な頭がグッと後に引かれ、次いで素早く突き出され――閃光と共にブレスが吐き出された。
まず温度差だけでビルの硝子類が砕け散る。高温に炙られた木はそのまま炭化。アスファルトは蒸発し爆発現象を起こす。そんな現象が大通りを吹き荒れた。
その後に一帯は激しい炎に包まれる。
「うわっ、あれに当たったら絶対に死んでしまう」
見ているだけで燃え上がりそうな光景を前に、蓮太郎が声をあげた。その声がどこか嬉しそうである事に気付いた者は皆無だ。
ドラゴンとの距離は意外に近く、気を抜けないほどだ。しかも視界は広く見通しが良く、間には大規模な中央分離帯が存在するだけ。人間たちがドラゴンを確認出来るように、ドラゴンからも人間たちが確認できる事だろう。
「いかぬ、こっちを向きおった! ブレスが来るぞ! ビルの陰で固まれ!」
「頭を低くするんじゃ! 出来るだけ固まって子供たちを内側に!」
声を張りあげる老人兵に蓮太郎が心配そうに尋ねる。
「隠れたら安全なのかな?」
「どうですかな……運が良ければ助かるかもしれんですな」
ドラゴンの吐く熱光線。
それを受ければ人間などひとたまりもない。まさに致死的なものだ。多少のコンクリートなど意味はなく直撃せずとも炙られ死にかねないだろう。
蓮太郎はカッと目を見開いた。
「運が良ければ!? それじゃあ駄目なんだ!」
同時に隠れていた場所を一人飛び出した。
パワーアシストを受けた脚力で思いきり走り、皆の居ない方向へとドラゴンの注意を向けつつ道路を移動。小銃に装着されたグレネードを滅茶苦茶に撃てば、狙いも付けていないはずのそれは、何故か全て命中している。
顔面に攻撃を受けたドラゴンは苛立ち後ろ足で立ち上がった
その口中で赤々とした光がちらつき炎が溢れだしていた。ドラゴンの真っ黒な球体のような目がギロリと動き、勘に障る人間へと向けられた。
普通であれば恐怖に身を竦めるところだが、蓮太郎は歓喜していた。
死ねる。
間違いなく死ねる。
極太ブレスで貫かれて骨まで焼かれてみせる。
「ほらぁああっ、ここに撃って来るんだ! ……のおおおっ」
ドラゴンを見上げながら走る蓮太郎は――足下の段差に気付かず転げ落ちた。
瞬間、閃光が迸る。
吐き出されれたブレスは窪みに落ちた蓮太郎の頭上を通り過ぎ、それを過ぎ去った場所へと突き刺さり破壊し溶融し焼き尽くした。その余波だけで辺りの気温が上昇し、まるで窯に近づいたような熱気だ。
しかし下から蓮太郎が這い上がってくる。
「何で外すんだ!」
既に小銃はどこかに行ってしまっている。それでも足元の石を掴むと、注意を惹こうと投げつけた。それはドラゴンの足にコツンと当たり転がっただけだ。
しかし端から見れば、それは身を挺して皆を守ろうと突撃したあげく、ドラゴンの熱線をくぐり抜け生き延び、圧倒的存在に少しも怯まず立ち向かおうとする者にしか見えない。
「なぁにあれ恐い……」
一部始終を見ていた古城は唖然としていた。
「見るがよい、あれぞ我らが英雄じゃ」
「それは少し違うのではと俺ぁ思うわけですが」
「あぁんっ!? 貴様っ、儂らの英雄を貶す気かコラッ!」
「いえ、そんなつもりはありませんです。曹長殿!」
そんなやり取りが成されているとも露知らず、蓮太郎はドラゴンに向け拳を振り上げ怒鳴りつけてさえいた。
「さあ来い! もう一回だ!」
両手を掲げ大声で叫ぶ小さな存在を前に、死そのもであるドラゴンは確かに戸惑っていた。何の力もない小さき者が自らの攻撃を生き延び、しかもまだ逃げず騒いでいるのだ。
厳つい甲殻で覆われた顔をゆっくりと降ろし、巨大な顔の黒味を帯びた目を近づけ小さな存在を観察する。興味をそそられたという事だ。
辺りに奇妙な静寂が訪れた。実際にはサイレンの音や爆発音が鳴り響いているのだが、見つめる誰もが静かだとさえ感じている。
「バクッと来い! さあ食べろ、食べてくれ。食べてくれないのなら……こっちから行ってやる!」
蓮太郎は必死に巨大な存在の顔に飛びついた。あげく口の隙間に手を差し込み、パワードスーツの怪力でこじ開け中に入ろうとする。
人間でたとえるのであれば、昆虫が自分から口の中に入り込もうとする感じだ。
ドラゴンは大きく身をのけぞらせ身を退き……車両の一つを踏みつけ、あろう事か足を滑らせひっくり返って盛大に転倒。
それを見ていた全ての者が呼吸すら忘れるほど、あり得ない出来事だ。なにせ素手でドラゴンに挑んだあげく、それを倒してみせたのだ。
まさに前人未踏の出来事であった。
「ひいいいえええええっ」
その蓮太郎といえば、ドラゴンの巨体が倒れた風圧に吹っ飛ばされ、空中を回転しながら飛んでいた。その身体は地面に叩き付けら――その前に抱き留められた。
「よく持ちこたえたわね」
優しげな声に蓮太郎は戸惑った。それは柔らかな存在で、戦いの中で戦いを忘れてしまうほど良い匂いがする。瞬きしながら見れば、誰もが憧れる綺麗な女性。
「赤嶺伽耶乃さん!?」
「確か……笠置蓮太郎さんだったかしら、よく頑張ったわね」
伽耶乃が神器刀を振るう。
巨大な光の刃が放たれ、ドラゴンに直撃。銃弾さえ弾き返した甲殻が打ち砕かれ、鮮血が飛び散り肉が剥き出しとなる。怯んだドラゴンが地上で身をくねらせ距離を取れば、その腹の下で建物が破壊されていった。
「後は任せておきなさい」
装甲服の首元を掴まれ、優しく力強く後方へと投げられた。
「待って、まだドラゴンがああああっ!」
地面の上を滑るように転がった蓮太郎であったが、即座に跳ね起き再度ドラゴンに突撃しようとした。ドラゴンキラーの英雄が来てしまえば、もう猶予はない。
なんとしても――。
「ぬんおおおっ、笠置殿ぉ! 死なせはせんぞ、あんたを死なせはせんぞぉ!」
「赤嶺の姫様が来たら、もう安心じゃ。笠置殿はよう頑張りなすった」
「あんたは死んじゃいけねえ」
老人兵たちが飛びつき押さえ込み、蓮太郎の両手両足を掴み運んでいく。
「いやだぁー、戦わせてぇ! まだ戦うんだぁ!」
その叫びは無視され、蓮太郎は赤嶺伽耶乃とドラゴンの決戦から引き離されてしまった。
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