第三十三話 愚者と隠者

「ちゅうかな、どうなっとんのや。ここは名児耶市やぞ、中部圏の中心やないか。なして、こんな量の幻想生物が出よるかね。奴ら出るとこ間違えとりやせんか」

 ぼやく古城はハルバードを振るいホムンクルスを粉砕した。

 大通りの交差点に陣取り、避難する人々を逃がしつつも迫るホムンクルスの群れを食い止め続けてきたのだ。ようやく一息つけるまでになって、ハルバードの石突きを道路に降ろした。アスファルトを軽く砕き、大きな息を吐く。

「疲れたたぜぇ」

「社長、そろそろ次の地点に行きませんか。ここらは、もういいでしょう」

「待て待て。まだ逃げてくる者がおるかもしれんやろ。そうら見てみい、あっちから来よったみたいやで」

 古城はハルバードを肩に担ぎ、手をひさしにして眺めやった。

「おっと、えらい数やな。よくまあ生き残れた……いかん、ホムンクルスどもに襲われとるやないか。お前ら、急ぐぞ!」

「了解、レッドピーク3から5まで待機。残りは救助に向かうぞ!」

 強化装甲服の一団が古城を先頭として突撃、人々を救おうとする。

 だが、彼らは目撃する事になる。たった数人の老人兵が凄まじい手練を見せ、ホムンクルスの群れを瞬殺に近い勢いで倒してしまう光景を。

「……なんちゅう練度やねん。化け物かいな」

「社長、あれは一体どこの精鋭部隊でしょうか。信じられません」

「俺も信じられん」

 驚く古城たちは唖然としながら、その一団の元へと到着。指揮を執っていると思しき者に接触するのだが、それはどうにも思い詰めたような男であった。

「こちら古城軍事会社や、協定に基づき一般人の保護をしとる。まあ、俺らの協力なんざ必要ないかもしれんが……」

「あっ、助かります。赤嶺関連の警備会社で主任してる笠置です」

「さようか赤嶺か。それやで、あんな強い兵がおるんか」

「なんと言いますか、はぁ。そうでもないですけど、どうなってるんでしょうかね。はぁ……死にたい」

 言って、笠置という男は項垂れながら一般市民の元に歩いて行く。

 周囲から信頼をよせられ期待されているようだが、古城が見たところ精鋭部隊の頭とは思えない男である。せいぜいが、下っ端の雑用係にしか見えない。

 首を捻り訝しがっていると、老人兵の二人が近くにやってくる。

「援軍が来たか。こりゃ善哉、善哉」

「目に付く敵は全部平らげた後なんじゃがのう、お早いお着きで」

 その老人兵を見やり――古城は目をひん剥いた。

「げっ、げええっ!! 軍曹殿! 曹長殿!」

 古城の大声に驚かされ、老人兵二人は迷惑そうな視線を向けた。

「なんじゃな、こいつは。いきなり大声を出しおってからに。馬鹿たれめが、儂らのようなか弱い年寄りをショック死させる気か!」

「待て待て、こいつ儂らを軍曹と曹長と言うたでないか。ひょっとして昔の知り合いやもしれんぞ」

「ほうか、それもそうじゃな。ほんで誰じゃ?」

「ううむ出てこんのう。最近あれじゃな、人の名前が出てこんわ」

 二人は揃って腕組みをすると、ジロジロ古城を眺めやる。

「やっ、こりゃまた失敬。お呼びでない、お呼びでない」

 古城はギクシャクとした動きで向きを変える。それは逃げるようであり、他の者に疑念を抱かせるようなものであった。

「なんじゃな、この喋り方。どこか覚えがあるわい」

「儂もじゃて。何となく思い出してきたぞ。しかし名前がのう、こう喉まで出かかっておるが。ううむ、なんじゃったかな。新城……五条……はてさて」

「おうおう、古城でなかったか」

「それじゃ!」

 ポンッと手を打ち、スッキリした顔だ。

「おったおった、おったのう。あんまりにも憶えが良いもんで、儂ら全員で仕込んでやったのう。ほれ、ハルバードを持たせて褌一丁でホムンクルスと戦わせたやろ。あん時の事は覚えとるか」

「ありゃ笑えたわい。いやぁ懐かしいのう。鰐のヌイグルミを頭に被せて戦わせた事もあったやろ」

「バナナとスイカを持たせて……よう生きとったと感心したわな」

「おーい、皆の衆ちょっと来とくれんか。面白いのがおったぞ」

 呼ばれた老人兵たちが寄ってくれば、その顔を見るにつれ古城の冷や汗が増大していった。何かトラウマを刺激された様子で歯をガチガチ言わせるぐらいだ。

「俺ぁ、いや……ぼ、僕ぁは古城なんて立派な方じゃないでーす。そんなイケメンじゃないんで人違いでーす。おっと、お仕事行かなきゃ。あー、忙しい忙しい」

 そそくさと逃げだそうとする背に、老人兵の一人がよく通る声で怒鳴りつけた。

「古城二等兵! 上官への敬礼はどうしたっ!」

「失礼しましたぁ! 軍曹殿ぉっ! …・…あっ」

「やっぱり古城二等兵じゃな。よしよし」

 条件反射で踵を揃え背筋を伸ばし敬礼した古城であったが、がっくり項垂れた。

「先輩方、二等兵とか勘弁しちゃ貰えませんかい。今の俺ぁ社長やし、退役階級は大尉で……」

「やかましい、口答えすんな。儂らにとっちゃ、お前なんぞ永遠の二等兵じゃ!」

 体育会系のノリで老人は怒鳴る。

 さらに残りの老人たちも周りを取り囲めば、古城は野良犬に囲まれた幼子のように怯えるばかり。普段の様子など形無しであった。

「こ奴、けしからん事に儂らを見て他人のフリしよった」

「あれだけ世話してやったのに、なんと恩知らずな」

「哀しいのう悔しいのう」

「年寄りになると、こういう扱いをされるわけか。よー、分かった」

 周りから嫌みを言われ続け、古城は冷や汗のかき通しであった。

 そこに笠置という男が顔を出した。

「あんのぉ、市民の皆さんを早く安全な場所に連れてきたいんですけど。その後で敵さんのところに行きたいわけでして」

「おおそうかね。笠置殿の言われる通りじゃな、直ぐに支度せんとな」

「すいません。それじゃあ、皆にもそう伝えるから」

「こっちの指揮官と話を付けておきますじゃ」

 まるで態度の違う様子に古城は目を瞬かせた。

 気に入らない上官など後ろから蹴りを入れ、頭にリンゴを載せ射的の的にするぐらいの連中だったはず。それが笠置という男に対しては、心から敬愛すべき上司に対するような態度なのだ。信じられない。

「ほれ、古城二等兵よ。一般市民を護って安全な場所に移動するぞ」

「ちょっ、俺ぁまだここで敵を阻止するんですけど」

「こん馬鹿たれ、戦場の認識を間違えてどうする。相手は市街全域に浸透しとる状況じゃ。じっきと四方八方から押し寄せてくるわい。そこで退路の確保ができるか、できんじゃろうが」

「しかし、まだ避難してくる連中がおるかも――」

 反論する古城に老人たちは冷たい顔をした。

「もう無理だ。古城二等兵よ、もう逃げてくる者は存在しないと割り切れ。それよりも、貴様が逃がした者たちの安全を最優先とせよ。いいな!」

「うぐっ」

「まったく、情のありすぎるのが貴様の欠点と何度も言った筈じゃろうが。あれから何年も経ったが、ちっとも直っておらん。困ったやつじゃ、馬鹿たれめ」

「分かり……ました。これより古城軍事会社は現在の拠点を放棄し、後方拠点の防衛に移ります」

 苦しそうに言った古城の様子に、昔と変わらぬ姿を見いだしたのか老人たちは嬉しそうに笑った。懐かしいものを見つけたように嬉しそうだ。

「だがまあ、お主の気持ちも分かるでな。儂が市街を一回りして見てきてやろう」

「なら儂も一緒に行ってやるか。ほっほう若い頃の哨戒を思い出すな」

「なんぞええ武器は……おい、そこの若いの。お主ええもん持っとるやないか。ちょっと貸せ」

 老人兵の一人は、横にいた井出から大型ライフルを奪い取った。そして仲間と連れ立ち市街へと向かって歩きだす。まるで散歩でも気軽に行くような様子だ。

「僕のライフル……」

「言うだけ無駄だ。諦めとけ」

「というか反動凄くて、ご老人には使いこなせないと思うんですけどね。いや、とにかく社長。あの人たち、どういった方たちなんです。社長の先輩ってのは分かりますけど」

「うーむ、まあな。あの人らが加われば、もう安心というか大船に乗った気分と言うか……」

「確かにさっきの戦闘は凄かったですよ。でも、所詮はご老人方ですよ。大船ってのはないでしょう」

 井出の言葉に古城は苦々しい顔をした。

「ばっか、お前。失礼な事を言うんじゃねえよ。あの人らをどなたと心得る、畏れ多くも――」

「先の副将軍ってボケはなしですかね。で? 本当に凄い人なんで?」

「凄いも何も、伝説の五人は知っとるやろ。あの人らがそうやぞ」

「はっ?」

 古城の言葉を聞くなり、井出は固まった。心の中で言葉の意味を反芻し、それでも信じられぬがため何度も目を瞬かせながら確認する。

「伝説の五人って……所属基地が半壊した状態から幻想生物の大軍に逆襲し撃退したという五人? 熊本城の攻防戦ではあらゆる武器を駆使して勝利に多大な貢献したという、あの五人? さらにさらに国内初の大型種を倒す快挙を成し遂げたというレジェンド五人?」

「その通りだな」

「敵中に取り残された民間人を電撃戦で救助したとか、四国の大敗では敗走した部隊をまとめ幻想生物を食い止め日本の壊滅を阻止したという、あの五人?」

「まさしく、その五人だ」

「ふぁー! 伝説の英雄じゃないですか! なんで老人兵やってんです!?」

「いろいろあんだよ。マスコミが馬鹿みたいに騒ぐとか、馬鹿な上層部が軍神扱いしかけたとか、あげく反戦主義者のテロで御家族全員が……失礼しました」

 途中で古城は口を閉ざすと、戻って来た老人に頭を下げた。

「まったく古城二等兵よ、少しばかりお喋りになったようじゃな」

「申し訳ありません、曹長殿!」

 古城が冷や汗をかきながら背筋を伸ばす。まるで任務中に私語を咎められた新兵のようだ。

 慌てた井出が口を挟み頭を下げる。

「すいません。僕が聞いただけなので、社長は悪くないです」

 必死に庇おうとする人間関係を察し老人たちは嬉しげに笑った。

 何だかんだ言おうとも、手塩にかけ育て可愛がったかつての部下が成功し、仲間にも恵まれ活躍する状況は嬉しいものなのだ。

「お若いの。そう緊張せんでもええて。ここに居るのは、ただの老いぼれじゃよ」

「老いぼれだんて、とんでもない! 僕は皆さんを尊敬して憧れてます!」

「これこれ何を言うか」

 老人は苦笑した。

「儂らなんぞ、あの戦場で散った者たちに比べりゃ、カスみたいなもんじゃ」

「全くよのう。本当に凄い連中ばかりが散って、儂らみたいなしょうもない者が生き残っただけじゃな」

「お陰で嫌な世の中を見ねばならんくなったわい」

「すまんのう、儂らが不甲斐ないばかりに迷惑をかけちょる」

 下を向き恥ずかしげに呟く老人の姿に、これはホンモノだと井出は感じ入った。

 成果を誇張捏造する者が三流。

 成果を得意げに語る者が二流。

 成果を黙して語らぬ者が一流。

 常々そう思っていたわけで、目の前の老人はまさにホンモノの一流に違いない。

「しかし戦果は戦果ですよ。皆さんがいたおかげで、僕らは生きていられるんです。皆さんこそが本当の英雄です!」

 井出は背筋を伸ばし、踵を揃え敬礼をする。自らが抱いた尊敬の念を表そうと、自然に出た仕草であった。しかし老人は寂しげに笑うばかりだ。

「お若いの、馬鹿言っちゃあいかんよ。儂らが英雄じゃと? 全く違う。いいかね、本物の英雄って者は絶望する者に希望を与え、もう一度立ち上がろうと思わせる者だよ」

 老人たちの視線は笠置という男に目を向けられていた。

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