第三十二話 似た者親子

「あの人、凄いよね」

 ビルの屋上から顔を出す九凛くりんは、隣のユミナに話しかけた。

「前に師匠が助けた人ですね。その時も人助けでオーガに一人で向かってました」

「オーガに一人で!? うわー、本当に凄い人だよね」

「みんなを助けようって、必死なんですね」

「凄いなぁ」

 二人が見下ろす先には、この混乱の中を避難する大勢の姿があった。ともすればパニックになりかねない状況なのだが、先頭に立つ一人の男を信頼しているのか、秩序だって行動している。

 人は希望さえあれば簡単にはへこたれない。

 全力で皆を助けようと行動する男の存在があるからこそ、他の者はそこに希望を見出し冷静かつ秩序だって行動をしているのだろう。

「窮地にこそ人の真価が問われるものよ」

 伽耶乃かやのはビルの端に腰掛ける。炎をあげるビルから流れる煙が少し不快そうだ。

「こんな時にあれだけの事が出来るなんて素晴らしいわ。あれだけの人なんて、なかなか見ないわね」

「そうなんですか」

「普通は自分だけで精一杯。もしくは……自分が助かろうって、平気で他人を犠牲する人もいるの。今までに沢山見てきたわ……」

「そっか、あんな人ばっかりだといいのに」

 しかし横で聞く埴泰はにやすは軽く鼻で笑う。

「駄目だな、あれでは無謀に過ぎる。ワイバーンと差し違える覚悟だったかもしれんが、下手すれば犬死にだ。結果の出せない行動なんて、全くもって無意味。自殺願望としか言い様がない」

「とか言っちゃって、しっかり助けたくせに。もしかして師匠って、ツンデレ?」

「ですよね。あれだけの破片から守ってましたよね」

 二人の批評に埴泰がそっぽを向くと、伽耶乃がニヤニヤと笑った。

 ワイバーンと戦おうと自走対空砲に乗り込んだ男を見ると、埴泰は誰に言われる事もなく全力で守ったのだ。降り注ぐ散弾のようなコンクリート片の全てを弾き、さらには折れた鉄塔を使いワイバーンにトドメを刺しつつ地面に縫い付けた。

 そんな必死になってみたくせに文句を言うのだから、九凛とユミナからツンデレ認定されても仕方が無い。

 不当な評価に憮然としつつ埴泰は街を眺めやった。地上数十メートルの高さながら、立ち上る幾筋もの黒煙があるため視界は良くない。

「ドラゴンはどこに居るんだ? 最初に怪しいと入ったビルには居なかっただろ」

「ほんとおかしいわね」

 その巨体を見逃すとは思えないのだ。

「ドラゴンが仲間を呼び寄せている可能性が本当にあるのか?」

「最近発表された論文では、幻想生物は周辺空間を別世界軸に置き換えていると言われているわ。だから通常兵器の効果が低下してしまうわけね。そしてドラゴンほど巨体になると影響範囲も大きくなり、そこから小型幻想生物が出現して――」

 埴泰は解説する伽耶乃を手の一振りで黙らせた。この手の話は語らせると長くなるからだ。

「難しいことはどうだっていい。つまり、ドラゴンを倒さないと幻想生物が湧き続けるって事だな」

「まったくもう、幾らなんでも省略しすぎよ」

「世の中は単純が一番さ」

「あっそう。それで、あなたがドラゴンを倒してドラゴンキラーの称号を貰ってみない?」

「いらん。赤嶺伽耶乃の名声を存分に高めてくれ」

「残念ね。埴泰がドラゴンキラーになったら、お揃いになれたのに」

「はっ、お揃いとか勘弁してくれよ」

 埴泰が嫌そうな声を出すと、伽耶乃は頬をひくつかせた。少し傷ついたらしい。

「あらそうなの、お強い埴泰さんなら簡単だって思ったのにね」

「おい怒ってるのか?」

「べーつーにー」

「やっぱり怒ってるじゃないか。こんな時になんだってんだ」

 明らかに怒って不機嫌なくせに、それを否定する伽耶乃の様子に埴泰は顔をしかめた。敵が多数存在する中で不機嫌にならずとも良かろうにと思うのだ。

 もちろんその間にも不可視の手による攻撃で上空のハーピーを叩き落とし片付けているのだが。

「なあ二人とも、この態度をどう思う? 酷いと思うだろ」

 しかし尋ねられた九凛とユミナは揃ってそっぽを向く。先程から親しげにじゃれ合う二人の姿を面白く成さそうに見ていたのだ。

「あたしには関係ないもん」

「ですよねー。関係ないですよね」

「おいお前らもか!?」

「「べーつーにー」」

「くそっ、どいつもこいつも……」

 埴泰はうんざりして毒づいた。

「おい、あれを見ろ。大群が移動中だ。さっきの連中を追ってるようだな」

 神器刀で示した地上では、銀色をしたホムンクルスどもが道路を埋め尽くし移動中であった。もちろんオーガなどの大型も混ざっている。まるで銀の水面が意思を持ち、街を呑み込むように動いているかのようだ。

「少し減らした方がいいか」

「あら二人で共同作業? お揃いが嫌な埴泰さんは構わないのかしら」

「何か分からんが、いい加減に機嫌を直してくれ。奴らを倒す気はないのか?」

「もちろんあるわよ。そうね、それじゃあ先に行くわ」

 言って伽耶乃はビルの端から飛び降りた。思わぬ行動に、見ていた九凛が悲鳴をあげる。ユミナは手で口を押さえ目をまん丸にしているぐらいだ。いくらセカンドでもこの高さから落下すれば普通に死ぬ。

「あああああっ! 伽耶さんがぁ!」

「全くあいつときたら……」

「落ち着いてる場合じゃないよ。そうだ! 師匠の力で早く伽耶さんを!」

「最初からそのつもりだ。二人は、ここで待ってろよ」

 同じく埴泰もビルから飛び降りた。

 空中を楽しそうに落下していく伽耶乃を確認し、不可視の手で掴み優しく調整しながら、ふわりと地面の上に下ろしてやる。

 そちらを気にしていたせいで自分の落下制御が甘くなる。

 ずどんっと激しく落下。

 埴泰の足下でコンクリートの地面に大きなひび割れが出来た。もうもうと立ち上る粉塵の中で足の痛みに必死で耐える事になっている。勢いを落とすタイミングが少しでも遅ければ、かなり危ないところだった。

「くそっ、危うく死にかけたぞ」

 ひび割れの間に埋まった足を引き抜き一歩ずつ進む。

 襲いかかって来たホムンクルスを軽々と斬り捨てるのだが、それでいて前方で無双する伽耶乃の補助は忘れていない。

 彼女が振るう神器刀の銀閃が奔る都度に幻想生物が倒れていく。あれだけ猛威を振るい人々を恐れさせる存在が雑草の如く刈り倒されていた。かつて本気で戦い殺し合った時にも感じたが、やはりその姿は美しく目を惹くものだ。

「まったく相変わらずだな」

 埴泰は走り出すと、伽耶乃の隣に並んだ。

 互いの動きは互いが一番よく分かっている。それこそ何度も殺しあい、一秒の隙さえなく様子を窺い観察した相手。動きを先読みしようと、全力で思考から性格までを読みあった間柄。次に相手がどう動くかなど手に取るように分かる。

 もっとも、女心だけは理解出来やしないが。

 連携の取れた二人はお互いの死角を補いつつ立ち回り、右に左にと斬り倒しタイミングを見計らい光刃を放っては幻想生物を倒していく。大勢の人間を理不尽に死へと追いやる存在は、さらなる理不尽な存在によって消滅させられた。

「デスクワークばかりで鈍ったかと思ったが、そうでも無さそうだな」

「当然よ鍛錬は欠かしてないし、時々は現場に出てるもの。それにしても、やっぱり埴泰は最高よね。痒いところに手が届くぐらいに戦いやすいわ」

「そりゃな、いつもお前を見てきたからな」

「えっ」

 驚いた伽耶乃が見つめた時には、埴泰の視線は屋上に残してきた二人の少女へと向けられている。

「まったくあいつらめ、あんなに身を乗り出して危ないだろうが」

「ねえ。埴泰はいつも私を見てくれているのかしら……」

「あ? 概ね大体は見てるぞ」

「そうなんだ、だったら――」

 言いかけた時であった、屋上から九凛とユミナが飛び降りたのは。

 両手を広げ大の字で落下する少女たちは、ポニーテールと長い髪をそれぞれなびかせ、みるみる地上へと迫って来る。その姿に埴泰が息を呑み、つられた見上げた伽耶乃が気付くなり悲鳴をあげた。

「あああああっ!」

「全くあいつらときたら……」

「落ち着いてる場合じゃないでしょ! そうよ! 埴泰の力で早く止めなさい!」

 やっぱり親子だなと思いつつ、埴泰は力を使い落下を制御。落ちてきた二人をそれぞれ手でひっ捕まえた。そのままひょいと地面に降ろしてやる。

「今の凄いスリル。楽しかったよ!」

「私としては少し恐かったですけど」

「師匠が居るから大丈夫って言ったよね」

「分かっていても恐いものは恐いですから」

 お気楽な九凛とユミナは埴泰を挟んで言い合い、迷惑そうな顔をされていても少しも気にせず騒いでいる。さらには、もう一回などと言って手を引くぐらいだ。

 伽耶乃が血相を変え詰め寄った。

「駄目でしょ! もし落ちたらどうなった事か! もう二度としたら駄目よ!」

「大丈夫、大丈夫。だって、あたし師匠を信じてるもん」

 血相を変える伽耶乃に対し、九凛は平然としたものだ。横で首をすくめたユミナとは大違いである。それは若さ故の無鉄砲と言うべきか、埴泰に対する信頼か、はたまた両方なのかは分からない。

 何にせよ埴泰は深々と息を吐くと、説教する伽耶乃を小突いて黙らせた。

「最初に飛び降りたお前が言うな。とにかくドラゴンを探すぞ」

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