第三十一話 愚者とチャリオッツ

 建ち並ぶビルの向こうに白煙黒煙が立ちのぼり、それらを赤く照らす炎が見えた。熱風と共に、プラスチックや木材など様々の物が燃える火災臭が鼻を突く。

 空には自走対空砲による攻撃が幾条もの軌跡を描きだしている。

「ご覧下さい。街を蹂躙する幻想生物に軍が立ち向かっています。これできっと皆が救われる事でしょう。現場からお伝えしておりますが、現在名児耶の街は幻想生物に襲われており――」

 マイクを持った女性がカメラの前で一生懸命に報告をしている。どうやら報道関係者だったらしく、一度は見捨て逃げだしたカメラマンと仲直りしこの状況を記録しようと頑張っているらしい。

 軍が到着した事で、人々の間からは安堵と希望のざわめきが生まれた。

 だが、蓮太郎れんたろうにとっては絶望的な光景である。

 先程から死ぬ事が出来ず、極めて不機嫌であった。何度かホムンクルスに遭遇したものの、妙に士気の高い老人兵たちが先を争うように倒してしまうのだ。普通の兵士では倒せぬはずのオーガですら軽々と倒してしまう。

 どうやら忌々しい事に、この老人兵たちは幾つもの戦場を生き抜いた超ベテランだったらしい。普段の通り適当な仕事をしてくれれば良いものを、何故かやる気を見せている。

 これでは死ねないため、全くもって不本意な状態であった。

「くそぉっ!」

 苛立ちのあまり、空に向け小銃をぶっ放してしまう程だ。

 突然の暴挙に周囲は驚きの顔を向けてくる。だが、しかし真に驚くのはそれからであった。いきなりドサドサと羽の生えた女たちが空から落下してきたのだ。

「ハーピー!? なんでどうして?」

 それは音も無く忍び寄り人を襲う空の死に神。

 今も滑空し音もなく襲い掛かるつもりであったのが、蓮太郎の八つ当たりで放った銃弾に撃ち抜かれ墜落してきたのだ。地面の上でもだえ苦しみ、バタリと動きを止めてしまう。

「さすがは笠置殿! 儂は全く気付きませんでしたわい」

「おお、なんという技前」

「笠置殿さえおれば、もう何も恐くはないですな」

「ううむ、しもうた油断しておったな。おい、明日香よ一緒に上空を見張るぞ」

「おうよ!」

 すっかり妙な事になって、蓮太郎はゾッとした。

――このままでは完全に拙い。

 これでは幻想生物も撃退されるより先に、死ぬに死ねないではないか。両親を救うため、ミヨに遺産を残すためには頑張らねばならないのだ。

 この連中と一緒では無理かもしれないが、しかし皆の前で死なねばならない。

「マズイよマズイですよ」

 蓮太郎が唸り空を見やれば、釣られて見上げた老人兵たちが驚きの声をあげる。

「むっ、確かにマズイ。ワイバーンが出とるでないか」

 装甲に覆われた指先が示す空には、銀色の蜥蜴が翼を広げ飛び回っている。その素早い動きを対空機銃の火線は捉えきれていない。じれったいほど当たらない。

 舞い上がったワイバーンは光沢ある身をくねらせると、突如として急降下した。長い尾が鞭のように唸り、その先端にある巨大な鉈のような膨らみが光を反射させる。

「いかんですな。こっちに来ちょりますわい」

「笠置殿が気付かれたおかげで間に合う、直ぐに隠れるんじゃ」

「隠れろ隠れろ!」

 ワイバーンがアスファルト舗装すれすれで直角に向きを変える。そのまま大通りに沿い飛行するのだが、道路幅いっぱいに広がった皮翼は信号や照明の柱を薙ぎ倒しビクともしない。背後で火花が散るのは、刺尾の先が舗装の上を跳ねるせいだ。

「伏せろー!」

 老人兵の叫びで人々は地面に身を投げ出し伏せるが、蓮太郎だけは固唾を呑んで見つめ続けていた。

 自走対空砲のハッチが開き、中から兵員が次々と飛びだした。必死に走りだした背後でワイバーンの尾が振り回され、強固な金属は一瞬で打ち砕かれ爆散。直撃を免れたもう一機も、原型こそ留めているものの大きく傾いでしまった。

 爆風に吹っ飛ばされた兵士だが、立ち尽くす蓮太郎に気付くと蹌踉めきながら逃げてくる。

「そんな軍が……」

「もう駄目だ。お終いなんだ」

 周囲の人々は頭を覆い座り込んでしまった。頼りにしていた軍が目の前でやられてしまい、もはや逃げる気力も萎えてしまったらしい。

「いかぬな、次はこちらに来るはずじゃわい。直ぐに避難をせねば」

「仕方ないのう、ここは儂と何人かで囮になるとしよう。お前さんらは、若い者を無事に連れてやっとくれ」

「すまんのう、新命よ。そんなら頼めるかのう。なぁに、じっきと同じとこに逝くでな」

「へっ、だったらたっぷり土産話を増やしてから来てくんな」

 負傷した軍の兵士を回収しつつ、老人兵たちはカラカラと笑っている。それを周りの者が不安そうに身を縮める中で蓮太郎だけはしっかりと立ち、食い入るように破壊された車両を見つめていた。

 その眼は輝き力強い笑みが浮かんでいた。

――これだ。

 もう完全にこれである。

 自分が死ぬ事に皆を巻き込むつもりはないが、皆の前で見事に死なねばならない。それにはワイバーンという相手は打って付けではないか。

「そんなら笠置殿は皆を率いて――」

 蓮太郎は言いかけた松山の言葉を遮った。

「皆を連れて行くのは任せます」

「は? どうされるつもりかね!?」

「こうするんだぁあああっ!」

 蓮太郎は地面を蹴ると、傾いた自走対空砲へと一直線に走った。そのまま熱を帯びた装甲をよじ登り、開きっぱなしのハッチに飛び込んだ。狭い操縦席に座れば喜色の混じった声をあげる。

「よし、まだ生きてる!」

 複雑な機器が並んでいる。

 しかし、こうした機器の操作系フォーマットは統一され補助AIも搭載されており、基本的操作は簡略化されているのだ。これは人員が減少し教育期間を削減した効率化を目的としているらしい。会社の講習会で聞いた話では、大半の兵器は座席に座りさえすれば誰にでも動かせるという事だ。

「凄いぞ五倍以上のエネルゲインだ」

 意味不明の単位を呟き、蓮太郎は気分良く操縦桿を握った。

 試しに砲塔を旋回させてみれば微かなモーター音と共に勢いよく動きだす。嬉しくなったあまりに、操縦桿を握りしめながら笑ってしまい、砲塔を左右小刻みに旋回させ遊んでしまう。

 激しいビープ音が鳴り響いた。

 搭載AIがワイバーン接近による危険を知らせているのだ。

「よし、来てくれたぁ!」

 AIは自機が補足されていると判断し、回避行動を取るよう警告している。とはいえ、どのみちこの傾いた車体は移動出来ない。先程の車両同様に粉砕されてしまうだろう。

 だが、それこそが蓮太郎の望みであった。

 バラバラにされてしまえば、死亡間違いなしである。

「さあ来いカモーン!」

 威勢良く射撃ボタンを押し、ワイバーンに向け攻撃を開始。小刻みに揺れる車内に反し、砲弾は猛烈な勢いで吐き出されていく。一応は戦っている姿勢を見せるため狙ってみるが、何も考えず動かした射線は付近のビルを斜めに過ぎって破壊してしまう。

 モニターに映るそれは斜めに通過した弾痕によって窓硝子は割れ壁も破壊され散々な状態だ。もちろんワイバーンにはまったく命中していない。命中して万一にも倒しても困るが、全く当たらないというのも哀しい。

 蓮太郎の攻撃は周囲の建物を損壊させただけだった。

 翼竜の形をした死が砲弾をすり抜け迫る。

 その刃のような尾が振り回される様子がモニター越しに確認でき、蓮太郎は安堵の顔で来るべき瞬間を待ち望む――横のビルが崩れた。

 先程の誤射で穴だらにしたビルだ。

 破壊された部分は上層階を支えきれず、座屈したビルはくの字となって折れていく。大量の質量がガラガラと崩壊してしくと、ワイバーンがぎょっとした顔をしている。

「危ない! 早くそこを通り抜けるんだ!」

 かつて幻想生物の安全を願った者はいないだろう。人類初の願いは届かず、ワイバーンは雪崩打つコンクリートの塊に突っ込んでしまった。

 激突によって跳ね飛ばされたコンクリート塊は弾丸のように飛び散る。

 巨大な塊がビル外壁を粉砕し、または道路に突き刺さり表示板を跳ね飛ばす。周囲はズタズタに破壊され、一つでも激突すれば蓮太郎が乗る車両も潰されるに違いないのだが、奇跡的なまでに当たらない。

 真横に大きな塊が落下しようとも、なぜか当たらない。

 しかし、まだワイバーン本体が突っ込んで来る。

 地面に叩き付けられた身体は、飛行していた勢いのままバウンドしながら突っ込んで来る。舗装を捲りあげ、途中にある道路照明や標識をなぎ倒しながら迫って来るではないか。

「よぉしっ、そのまま! 来い来い来い!」

 その時であった。

 コンクリート塊の一つがビルの屋上に設置されてあった鉄塔に激突。折れたそれは尖った先を下に落下。見事にワイバーンを貫き地面へと縫い止めてしまう。

 結果――突っ込んで来たワイバーンは、鼻先を自走対空砲にコツンと当て止まった。

 車体はちょっとだけ揺れただけ。

「なんでなんだ、なんでどうして!」

 叫ぶ蓮太郎は近くのパネルを思いっきり叩いた。

 その途端、搭載されていたロケット砲が射出されると、遙か遠方で飛行するワイバーンに命中撃墜した。同時に車両の全機能が停止する様子は、まるで車両が最期の力を振り絞り満足して逝ったかのようだ。

「おおぅっ……なんてこと」

 無念の気持ちで車両から這い出ると、歓声をあげる人々が先を争うようにして駆け寄って来るところであった。それを老人兵たちが押しのけやって来る。

「どうじゃ見たか、これが儂らの上司じゃ」

「この人さえおればな、もう何も心配はいらんわい」

 口々に得意げに言うと、我先にと蓮太郎に手を貸し路上へと降ろした。

「笠置殿、どうされますか」

 部下の老人兵に子供と工事現場の作業員、さらには軍の兵士に多数の市民たちから期待と信頼の目を向けられてしまう。

 泣きたい気分の蓮太郎は仕方なく言った。

「ええっと……とりあえず、安全な場所を探そっか」

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