第三十話 守りたい者見守りたい者
破壊された街並み、その背景である空には幾筋もの黒煙が立ち上っている。遠くからは爆発音や破砕音が聞こえ、警報サイレンが時折流れていた。辺りは無人で、時折瓦礫の落下する音が響くだけ。
何と言えぬ奇妙な空気が漂う中で
「私の神器刀、持って来てくれてありがと」
「すまんな、少し遅れた。途中で死なすには惜しい奴がいたんでな」
言って
「怪我をしているとは思わなかったな。不覚を取るとは珍しいじゃないか。さてはデスクワークばかりで鈍ったな」
「かもしれないわね」
埴泰が茶化すと伽耶乃は素直に頷き肩を竦めた。少し拍子抜けである。もっとこう、言い返してきて掛け合いがあるかと思っていたのだ。
その理由は向こうでユミナとじゃれ合う九凛がいるからだろう。
「――って感じで、伽耶さんが身代金を値上げ交渉して格好良かったの」
「何言ってるかわかりませんね」
「だから三億から三百億まで値上げ交渉してたの」
「誘拐犯がですか?」
「だーかーらー違うの! 赤嶺伽耶乃がはした金で誘拐されたなんて恥ずかしいって――」
離れていた時間を補うぐらい二人は身を寄せ合い話し込んでいる。
「……むっ? 素性を教えたのか」
「そうね、いろいろあったのよ」
「ちょうど良かった。ユミナにも知られたところだったからな」
答えて埴泰は伽耶乃に目をやった。軽く首を傾げてみせれば、微かに彼女は首を横に振る。それだけで意思は通じ、親子である事を明かしてないと理解した。
「さて、その状態なら逃げた方がいいのではないか」
「私が逃げると思う? それにね、ドラゴンが出現するかもしれないの」
「ドラゴン? それはマズいだろ!?」
「確証は無いわ。でも可能性は高いのよ。あなたの力を貸して頂戴」
「オーダー了解。手伝おう……なんだ、そこの二人」
埴泰が視線を向けた先で九凛とユミナは心底意外そうな顔をしているのだ。
「だって師匠が積極的に戦おうだなんて、ねえ?」
「そうですよ。さっきは、そんな感じ少しもなかったじゃないですか。どうしたのですか」
なんだか低評価の雰囲気に埴泰は渋い顔をした。
「仕方ない。なにせドラゴンはヤバイ相手なんだ」
「「えっ?」」
「一般には伏せられてるけどな、ドラゴンは時間が経つほど成長していく。前に倒したサラマンダーみたくな。ほっとくと手に負えなくなるんだよ」
埴泰が眉をしかめながら言うと伽耶乃が続ける。
「あまりにも成長すると軍の武闘派が最終兵器を持ち出しかねないわ」
「えーと?」
「熱核兵器でドラゴンを焼き払うのよ」
「でも、ドラゴンがいるのは……」
「一つの都市の犠牲と国全体の安全であれば、どちらを優先すると思うかしら」
「…………」
伽耶乃の言葉に少女二人は呆然としている。
「そんなわけだ。街が焼き払われる前に、ドラゴンを見つけて倒さないとな」
埴泰は手に持っていた神器刀を鞘ごと九凛に投げ渡した。
「ほれ、これを使え」
「えっと、あたしに?」
九凛にも神器刀を渡すのだが、それは園上が用意したものだ。学園で貸与されるものとは桁の違う逸品に目を丸くしている。
「何を今更、ユミナだって持ってるだろ」
「えっと傷つけたら弁償とか……」
「ないだろ。好きに使っておけ」
埴泰が視線を向ければ伽耶乃が勢い込んで頷く。
「もちろんよ。思いっきり使って構わないわよ、傷なんて全く気にしないで。そうよ、良かったらそれを二人に差し上げるわ。良い神器方を使うと上達も早いもの」
「いらないです」
「私もです」
九凛とユミナは揃って首を横に振った。
「あら、大きさとか気に入らない? 欲しいサイズがあれば用意するわよ」
「そうじゃなくって、自分の神器は自分で手に入れたいって思うから」
「ですよね。アルバイトして頑張って貯めて卒業までには必ず!」
その答えに伽耶乃は少し残念そうだが、けれど嬉しそうに頷いている。自分の娘が良い方向に育っている事が誇らしげであった。
「分かったわ、でも買う前に相談して頂戴ね。いろいろアドバイスするわよ」
「その時はお願いします」
「任せて頂戴。さて、それはそれとして。二人は直ぐに安全な場所まで待避なさい。埴泰、案内してあげて」
「待って下さい。あたしたち戦います」
九凛は神器刀を腰に差し抜き放って身構えた。もちろんユミナも同様だ。
「駄目よ、そんな事は。危ないでしょ」
「あたしは伽耶乃さんから見たら未熟で弱いけど。それでも何かしたいもん。だから戦うの」
「埴泰も黙ってないで止めなさいよ。危ないでしょ」
困った伽耶乃は助けを求めるが、問われた埴泰は軽く鼻で笑った。
「そのオーダーは拒否する。お前の言葉は、とんでもなく利己的で酷いものだ」
「失礼ね、どこがなのよ」
伽耶乃はむっとした。
普段はそこまで怒りっぽくないが、九凛に関する事でしかも相手が埴泰だからか軽い怒気さえ見せた。この女性に睨まれ平気で居られる者は少なかろうが、埴泰は平然としたものだ。それどころか、冷ややかさを含んだ目で腕組みをしている。
「安全に配慮してやるのは良い。だけど、危険から遠ざけてどうする。それでは危険への対応能力は少しも身につかない」
「だからって危険な目に遭わせてどうするのよ。心配でしょ」
「それは相手を心配しているのではない。こいつが傷つく姿を自分が見たくないだけじゃないのか。そうやって過保護に育てられた奴が、いきなり危険に放り出されたらどうなると思う?」
「…………」
「それに安心しろ。九凛とユミナはこれでもサラマンドラと戦って生き延びて倒している。そう簡単には死なないしぶとさがある」
言って埴泰は九凛の頭を小突いてみせた。
「しぶといとか、師匠ってばレディに失礼だよ」
「まったくですよ。失礼しちゃいます」
「こりゃまた失礼。リトルレディたち」
「子供扱いしないでよ。あたし大人なんだから」
頬を膨らませた九凛は手にした神器刀をユミナと並んで構えてみせる。
「見てて、あたしたちであれを倒すんだから」
十体ほどのホムンクルスが向かってくるところであった。光刃で軽く吹っ飛ばそうとしていた伽耶乃は飛びだした九凛の姿に慌てて動きを止めた。
「なるほど。いいだろう、ケツは持ってやる」
「それセクハラだよ」
「喋ってないで、はよ行け」
「うん! 行くよユミナ」
「行きます!」
二人して頷き合い、揃って素早い動きで飛び出していく。
「本当に大丈夫なの!?」
「大丈夫だろ多分。死んだら死んだまでだ」
「あなたねっ!」
「黙ってろ、始まるぞ」
身を低め敵めがけ一直線に走る。その勢いのまま、最適な間合いで神器刀を振るった。倒す事を目的とはせず、まずは行動力を奪うつもりなのだろう。銀色をした足を切り飛ばす。続いてユミナが身を捻り、勢いののった一撃を放ち別の個体を斬り裂く。しっかり地面を踏みしめ、体勢を整えると互いに背を合わせ、死角を補い合いながら次の相手を見定める。
見ている伽耶乃は落ち着かなげだ。
「完全にあなたのやり方じゃない。もっと安全に遠距離からの攻撃でないと……」
「今のところ光刃の扱いに慣れてないんだ。仕方なかろう」
「ああ、危ない! そこっ右よ右、ああっ……」
「静かに見るのがマナーだぞ」
二人は懸命に戦っている。
一体を倒し、また一体。順調そうだが必死である事は見ていて分かる。とにかく動き回り回避して隙を見て斬りつけてを繰り返していた。しかも、互いに補助し合い見事な連携を見せている。
そんな時であった。
横から斬りつけようとしたホムンクルスの動きが不自然に遅延。九凛は隙をついて攻撃を回避し反撃をしている。ほんの僅かな変化であったが伽耶乃は見逃さない。
「今の……まさか、手を出したの?」
「いいや何も。今のは九凛の自力だな。実戦に取り入れるとは、あいつめやるようになったな」
それは、対象に触れずに動かす力の事だ。
セカンドのほぼ全てが無用なオマケの力としか考えていないそれを、実戦レベルから最高レベルまでに鍛え上げたのは埴泰である。それを指導された九凛も僅かであるが使いこなしてみせたのだ。もちろんユミナも同じぐらいには使えるようになっていた。
その力の厄介さを身をもって知る伽耶乃は小さく唸る。
「そう……あっ!」
伽耶乃が叫びをあげた。ホムンクルスたちが次々伸ばす手を躱す九凛であったが、飛びつくように伸ばされた手に対処しきれず掴まれてしまったのだ。持ち上げられた九凛の足が地面を離れ、空中でバタバタ動く。
見守っていた伽耶乃は飛び出しかけ、しかし肩を掴んだ埴泰がそれを許さない。
「やめろ、まだ限界じゃない」
「でもっ!」
「あいつらの戦いを台無しにするな。ほら見てろ」
埴泰は顎で指し示した。
事実、九凛は逆上がりの如く身体を持ち上げた。自分の体重を込めた捻りを加え、無理矢理にホムンクルスの手を引き剥がしている。見事な身体捌きであった。さらに着地すると同時に、ユミナが獣の様に勢いよく跳び込み猛烈な勢いで次々と斬りつけていく。
そんな奮戦により次々と倒していく。
しかしペース配分を考えてないため二人とも息切れが酷い様子だ。最後に残った一体と相対する時は肩で息をしている。繰り出された漆黒の剣を神器刀で止めるが、小さな体では力が足りず、薙ぎ払われた勢いに引っ張られ蹌踉めく。だが、それをユミナが支え互いに力を貸し合った。
「「えいやあっ!」」
気合いの声と共に走りだし、最後の力を振り絞るように全力で突撃し神器刀をホムンクルスの胴体へと突き込む。銀色の背に二つの切先が突き抜けた。
全ての敵を倒すと疲れきった二人は道路の上に大の字となった。満足そうな笑みを浮かべ、揃って笑い声さえあげている。
即座に伽耶乃が痛めた足で無理矢理に駆け寄っていく。
「大丈夫? 痛くない!?」
その心配そうな声に九凛は上半身を起こし健やかな顔で笑ってみせた。
「もちろん。こんな程度、何て事ないよ」
「怪我して血が出てるじゃないの」
「平気平気。それよりありがと、最後まであたしに任せてくれて」
「凄いわよ。頑張ったわね偉いわ」
伽耶乃は手放しで喜び褒めちぎっている。しかし傍らに立った埴泰は厳しい顔だ。
「やれやれ反省点の多い戦闘だったな」
「師匠、疲れました」
「それは体力より気力の問題だな」
「そうかもしれません。やっぱり戦闘って疲れます」
身を起こしたユミナは片膝を抱え微笑んでみせた。埴泰の手が白くなるまで強く固く握りしめられていると気付いた様子だが、何も言わないでいる。
「ほら早く立て。いいか、これで調子にのるなよ。まったく駄目駄目だ。どっちも周りをみてやしない。これでは命が幾つあっても足りやしないだろが、学園に戻ったらその辺りを特訓だ」
「了解だよ師匠」
「はーい」
どこまでも厳しく素っ気ない埴泰に二人は何故か嬉しげだ。伽耶乃はそれを羨ましそうに見つめ、同時に寂しそうでもあった。
「ではドラゴンを探しに行こうか。その途中で赤嶺伽耶乃の実力を見せて貰おう」
「あら?」
「ここからは見取り稽古だろ。お前の力を九凛に見せてやれ」
「そうね……任せなさい!」
伽耶乃は力強く頷いた。
子供の前で自分の活躍を見せる、これ以上の張り合いというものはあるまい。
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