第三十一話 イエローに指定された地で

 晴れ渡る空に白い雲。

 輝く日差しの下に佇むのは放棄された学舎。

 広いグラウンドは草に覆われ、周りを囲む緑色フェンスは金網の大半が失われている。三階建て校舎の壁面は雨染みが不気味に残り蔦が這い、ガラスの失われた窓では幽鬼のようなカーテンが揺れていた。

 残された木々ばかりが旺盛に枝葉を茂らせる。

 この辺りは、幻想生物出現度としては危険性の低いイエロー指定の区域。

 実際には無指定区域と大差ないが、指定と同時に過剰反応した住民が続々と転居。過疎化が一気に進行した事で地域社会が成立しなくなり、放棄されてしまった。

 そんな人の姿の消えた静かな場所に久しぶりに重いエンジン音が響き渡り、野生動物が驚き逃げ惑う。騒音は学舎へと迫り、ついには装甲輸送車の八輪のタイヤが校門を通り抜けた。その後には数台の大型バスと戦闘車両の車列が続く。

 乗り入れたグラウンドの草を踏み荒らし土埃を巻き上げ、中央付近にて停車。装甲輸送車の背面ハッチが開けば、何人もの兵士が周囲へと展開していった。

 そんな様子をバスの中から確認すると、担任教員の荒井が声を張りあげる。

「先に周辺確認を行う。合図があるまで大人しくするように。試験は既に開始されている。分かっているだろうが、騒いだりふざけたりする者は減点の対象だ」

 真面目な顔で頷くユミナ・シューベルの隣で、堅香子かたかご九凛くりんは目を輝かせ窓に張り付いていた。

「なんだか、お化け屋敷みたい。ワクワクしてこない?」

「思いませんよ、これ試験ですから。今からそんなだと身体が持たないかと」

「大丈夫だよ。それより見てよ、あそこに変なオブジェがある。現代アート?」

 身を乗り出す九凛が指さす先にあるのは、金属パイプを組み立てた立方体だ。

 ユミナは小さく息を吐く。

「人の話を全く聞いてませんね。あれはジャングルジムという遊具のはずですよ」

「どうやって遊ぶのかな。後で行ってみるとして、あっちのは?」

「鉄棒。ついでに言うと、その向こうはシーソー。全部小さな子供が遊ぶためのものですよ、小さな子供用。遊びたいです?」

「うっ、別にそんな事ないもん。あたしは大人のレディーだから遊ぶ気なんてないんだから」

 九凛はわざとらしくそっぽを向くが、慌てて取り繕った様子である事は一目瞭然であった。しかし優しいユミナは気付かないフリをしておく。

「それは良かったです。長いこと手入れされてないので危険ですよ。はい、よい子なので大人しく座ってましょうね」

「なんだか、あたしの事を子供扱いしてない?」

「してませんよ」

「嘘、してる」

「してません」

「絶対してる」

 声こそ抑えたものだが二人の様子はいつも通りで、他のガチガチに緊張した生徒たちとは大違いだ。当人たちの性格もあるが、埴泰に施された訓練で少し自信を付けた事も影響しているのだろう。

 バスの前方でドアが開かれ、外の兵士と荒井が言葉を交わした。

 そして指示がされる。

「よし安全が確認されたそうだ、これよりバスを降りる。グラウンドで整列するが、他のクラスに遅れないように。慌てる必要はないが、素早く行動をしろ」

 座席から立った生徒がゾロゾロと降車口に向かうのだが、周囲とペースの合わせられない者がいるため渋滞してしまう。早く降りたい九凛はソワソワとしているのだが――。

凡鳥ぼんちょうさん、どうぞお先に」

 一人の少女が細い通路を思いっきり通せんぼをしている。他の生徒は不満そうな顔をするが、クラスの中心人物の凡鳥が絡むため何も言えない。方向性の間違えた親切で、結果として相手の評価を貶めているのだ。

「皆さま、ごめんなさいませ。直ぐに降りますわ」

 自らの意志によらず皆の迷惑になった凡鳥は、大急ぎでバスを降りていった。

 ゾロゾロと外に出た生徒たちだが、廃墟の景色を物珍しそうに周囲を眺めている。そのため荒井の大声が響く。

「こらっ! 早く整列しろ! 遅いやつは減点だぞっ!」

 居丈高な言葉は、大勢の人間を動かすためには仕方ない事かもしれない。

 生徒たちは急ぎ動きだした。

 集合から整列、点呼に報告を経て、ようやくハンドマイクを手にした伊谷見学園長が錆びた朝礼台の上に立つ。そして重々しい声で宣言をした。

「これより、セカンド候補生第一学年の前期定期考査を開始します」


       ◆   ◆   ◆


「トキヤー! そんな一人で前に出んなよっ!」

 突然の大声にユミナはビクッとした。少し離れた場所で地図データを確認していた九凛が振り向き、凡鳥と共に戻ってくる。

「ちょっと男子ってば、大声出したら駄目だよ。いつ敵が出たっておかしくない場所なんだから」

「悪ぃ悪ぃ。おい、トキヤー! 戻って来いってんだろ。いい加減にしろよ!」

「だから声をね……」

 九凛は言いかけて諦めたように肩をすくめてみせた。

 辺りは開けた土地で、ところどころに一軒家――それも崩れかけた――があり、畑だった草の生い茂る場所がある。錆びきった倉庫や放置車両。切れた電線の垂れ下がる電柱など、壊された日常という風景だ。

 そんな中を歩いているわけだが、もちろん今は定期考査の真っ最中である。

 イエロー区域の中で指定ポイントを巡り、スタート地点の廃校舎まで戻ってくるという簡単な内容でで、班編制は六人一組で男女のペア。

 全員が学園生用の、白を基調とした正式な装甲服を装備している。

 胸部と腕を覆うパーツ、腰周りを覆うパーツ、足回りを覆うパーツに分かれ、どこかファンタジー系の鎧に似ていた。その辺りは生徒受けするデザインが採用されたという事なのだろう。

 これに神器刀を装備しており、男子生徒などは高揚状態にある。完全に興奮してしまい、まるで小学生の遠足並みだ。特にトキヤと呼ばれる生徒などは、辺りを走り回っては騒いでいるのだった。

「余裕余裕、一般人でも軽く倒せるのしか出ないわけだろ。余裕だって。出てきたらズバッと斬ってぶっ倒すわけよ。俺なら超余裕ってもんだし」

「まじでぇ? 百とか二百とか出たらどうすんだよ」

「分かってないねぇ、君は。どんなに数が多かろうたって、一度に攻撃して来んのは物理的に四体が限界なんだよ。つまりぃ、常に四体の敵と戦えばいいんだ。どんだけ敵が居ても問題ない! 超余裕!」

「うわぁ、トキヤがまた調子こいてる」

「ていうかだよ、こないだテレビで出たフォックスとかって仮面のやつ。何で騒がれてんのか分からんね。あんなんレベル低すぎっしょ。俺だったらホムンクルスぐらい素手で余裕だし」

「トキヤのビッグマウス凄えよっ」

「いえーっ! 俺さま無敵!」

 拳を振り上げたトキヤは叫びジャンプしてみせた。

 その様子に、凡鳥が顔をしかめる。あまりに調子に乗った様子に怒り気味だ。

「ちょっと男子! 敵が出るかもしれませんのよ、真面目になさいっ!」

「トキヤ怒られてやんのー!」

「超うるせぇし!」

 囃し立てた相手にヘッドロックをかけながら、トキヤと呼ばれた少年は笑い声をあげる。

 そんな様子に九凛とユミナは辟易とした顔だ。同じ班になった男子生徒たちは、ふざけたノリで騒ぐばかり。しかも困った顔をすればするほど、悪ふざけがエスカレートしていく気がするのだ。

 あまりの幼稚さに引き気味であった。

「師匠と比べるとさ、なんだか……ねえ?」

 九凛は肩をすくめると、言外に同意を求める。

 同じ年の男子のなんと幼い事か。能天気というよりは、考えなしの軽い性格。先の事など考えておらず、その場のノリだけで騒ぎたてるだけだ。

 学園の教室でならまだしも、こんな場所では馬鹿にしか見えない。

「そうですよね。そう言えば師匠って、元気なさげでしたよね。考査試験が終わったら、何か励ましてあげるのはどうでしょうか」

「いいかも。でもさ、どうしよっか。何かご馳走するなら、美味しくてお値段手頃なお店がいいけど。でも、今月のお小遣いはピンチだから。うーん……」

「真っ先に食べ物、というのが九凛らしいですね」

「なにさ文句あるの?」

「いいえ良い案だと思ってますよ。そうですね、だったら料理するのはどうでしょうか。それなら材料代ぐらいですみますから」

「賛成。じゃあ頑張っちゃおうか」

 こっそり笑っていると、向こうでは凡鳥がブチ切れていた。

「ちょっと男子! いい加減になさい! もう考査は始まってますのよ! 遊びたいのでしたら棄権しなさい、皆の迷惑です!」

 かなりの剣幕に、ようやくトキヤを中心に騒いでいた男子も大人しくなる。そこまでの剣幕で怒られるとは思っていなかったのだろうか、目を丸くして黙り込んでしまう。

「さすが凡鳥さん。凄い迫力だよね」

「ですね。ちょっと雰囲気を変えましょうか――はい、皆さん集中しましょう。今からでも真面目にやって損はないかと。ほら見て下さい」

 言ってユミナが空を指す。

 そこにはクアッドコプターのドローンが浮かび、電柱よりも高い場所から搭載カメラで撮影していた。教師たちが見ているのかAIで判定しているのかは分からないが、何にせよ定期考査は始まっているのだ。

「九凛と凡鳥さんが先頭を。私が最後尾を行きますので、男子はどちらでも動けるように真ん中をお願いします。さあ、頑張りましょうね」

 ニッコリと微笑むユミナの前で男子一同は顔を赤くする。

「「…………」」

 九凛と凡鳥は無言で顔を見合わせ、そして強く静かに握手を交わした。

 二人は理解したのだ、男共がバカやって騒いだ理由というものを。故に友情を誓う握手をしたのであった。

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