第三十二話 居場所探しに惑いを覚え
「元気やったか
そんな言葉を生徒の前で言われ、どう反応すべきか
周囲に待機する装甲車は三台。
車体上面に銃架が取り付けられた偵察車両、回転式砲塔に機関砲を搭載した偵察車、大口径主砲を搭載した戦車が並ぶ。さらに装甲服を装備した隊員が敷地内の哨戒を行っている。なかなかの大盤振る舞いだ。
「頼んでおいてなんですけど、これで採算出ます?」
「利益率を考えるとギリギリってとこやな。でもまあ、ええやろ。どうせ大した戦闘もあらへん。我が社のPRっちゅうことでドーンと張り込ませてもらったでぇ」
しかし、そこに恨みがましい声が響いた。
「全くもって、良くありません」
桃沢が装甲車の陰から姿を現すが、沈鬱な顔だ。サイズの合っていない戦闘服は新品そのもので、着慣れていない事がありありと分かる。
「うぐっ」
露骨に古城が怯え、埴泰も僅かに後ずさった。その声には、それを為すだけの得も言われぬ力があった。
「燃料費に点検費を考えて損耗費を考えると大赤字なのです。法定福利費に労務管理費に安全管理費に……もし戦闘があったら弾薬費に点検費。破損した時の修繕費と買い換えを考えたら……ううっ、今から頭が痛い」
「ほらあれや。イエロー区域や、大した事ないはずやで」
「いつも社長が言ってますよね、戦場に絶対はないって。なのにどうして、そんな楽観的な事を言えるのですか?」
「あ、はい」
桃沢のジト目に睨まれると古城が気を付けの姿勢をして背筋を伸ばす。
近くでは定期考査の順番待ちだった生徒たちが地面に座り込んでいる。そこからクスクスとした笑いがあがった。
「社長、格好悪い」
「やかましいわガキども!」
古城が威嚇するような顔をするのだが、むしろ生徒たちは好感を持って受け入れている。埴泰はそれが不思議でならなかった。同時に、少し面白くもなかった。
だが、目の前に来た桃沢には笑顔で対応する。
「お久しぶり。しかし意外だ、どうしてまた現場に出てきた?」
「それが聞いて下さいよ」
埴泰の問いに、桃沢は人差し指を立て言いつのる。
「なんだか出撃した内容の割に、弾薬費が合わないんですよね。で、そこから調べたら福利厚生とか言って、いかがわしいお店の貸し切りをしていたわけです。こうなるともう、お目付役をするしかないじゃないですか」
言いながら桃沢は横目で古城を睨んでいる。
「いや、あれはお風呂っちゅうか。そう、魂の洗濯するような施設なんや。ブクブクーって、泡の出るお店っちゅうわけで。いかがわしい店やのうてな――」
「早田君と荒史君が、全部白状しましたけど?」
「あの野郎どもっ!」
「何か?」
「何でもありません。すんません」
ショボンとした古城の様子を見れば、どちらが偉いかなんて誰が見ても丸わかりだろう。
埴泰は傍らの装甲車に背を預けた。
表面はザラリとした感触がある。防御力を高め損傷を軽減させる塗装が施されているのだ。それは熱を防ぐ効果もあり、強い日差しの下でも装甲はほんのり温かい程度だった。
その状態で一歩引きながら、古城と生徒のやり取りを眺める。
「社長さんってば尻に敷かれてら!」
「お店って、どこ行ったんですか、社長。俺らも連れてって下さい!」
「社長さーん、なんか格好悪いー!」
笑いながら囃し立てた生徒に古城が恐い顔で威嚇した。
「やかましいわ、ガキども。このダンディな俺に格好悪いとか、何を言うとるんかい!」
「古城社長?」
「あ、すんませんです」
そんなやり取りに笑い声が響く。腕を組み口をへの字にした桃沢は、手のかかる子供を見るように古城を睨んでいる。
生徒たちはさらに笑いをあげ――しかし、それが埴泰は面白くない。
「…………」
古城は僅かな間に生徒たちの心を掴み、声を掛けられコミュニケーションを取っている。学園で数ヶ月を過ごした埴泰なんぞより、よっぽど生徒たちに受け入れられていた。
どうして古城はあんなにも人に好かれるのだろうか?
どうして自分はそうでないのだろうか?
分からない。
いつだって皆の輪に上手く溶け込めず、何をするにも自分でやらねばならず、頼る事ができない。周りに人はいるはずなのに、無人の場所にポツンと佇むような孤独感と強い疎外感がある。
自分の居場所なんて、どこにも存在しない。誰からも必要とされず受け入れて貰えない。それが寂しくて不安で、どうしようもなく悔しい。
「あー、少しよろしいですかな」
咳払いと共に伊谷見が割り込んできた。
桃沢に叱られていた古城は、九死に一生を得たような顔となる。実際、そんな気分なのだろう。
「もちろんやとも。学園長さん、あんたええお人やな」
「は?」
「いやいや、何でもないですわ。そんで、どんな用やったら。仮設トイレも新品借りて来よるし、何か足りんもんがありましたかね」
これ幸いと熱心に話しかける古城。
どうやら、このまま話題を変えてしまい都合の悪い話を逸らしてしまおうとの魂胆らしい。埴泰が気付くぐらいなので、当然ながら桃沢も分かっているはず。それでも黙っているのは、きっと後でキツく言うつもりに違いない。
「いや、そうではなくて…………ちょっとこちらへ」
伊谷見は手招きして装甲車の裏側――生徒たちから見えない場所――へと移動しつつ手招きをしている。どうやら内密の話をしたいらしい。
真面目な顔となった古城に合図され、埴泰も装甲車から背を離した。しかし桃沢は残って電卓を片手に嘆きの声をあげ、経費節約を呼びかけるため他の隊員たちの元へと向かった。
装甲車の陰で伊谷見は抑えた声で話しだす。
「実は教師の中で、一人姿の見当たらない者がいまして」
「ほう?」
「松田という者なんですが」
あれだけ熱心に定期考査の内容を主張しておきんがら、それがどうして見当たらないのか。奇妙だった。
「教員は向こうの仮設テントで仮の採点を行っていたのですが、気付いたら姿がありませんでして」
「トイレと違いますか?」
「もう確認しておりますし、バスの中も同様です。まったく、自分からこんな試験を言い出して教育委員会にまで手を回したくせに、どこ行ったのやら」
「子供やないんや、放っといたらどうですやら。その内には戻ってくるんやないです?」
古城は素っ気ない。阿呆らしい、という態度が見え見えであった。
実を言えば埴泰も同じ気分だ。本人の意志で姿を消したなら好きにさせればいい。しかし…………今は古城に対するわだかまりが少しある。そのため、つい反対の立場で物を言ってしまう。
「廃校舎の中は確認しましたか?」
「まだなんですがね……」
口を濁した伊谷見は期待する目で見つめてくる。埴泰は自分の失敗を悟った。
つまり、中に行って確認してきて欲しいに違いない。
校舎内は安全確認を行い、幻想生物が存在しない事の確認がしてある。しかし、薄暗がりが存在し不気味な廃校舎に入りたくないのだろう。
「おう任しとけ。俺らが行って見てきてやる。暇やし行くか、乃南ちゃん」
あっさりと古城が言えば伊谷見も嬉しそうだ。
こうやって気を良く動くからこそ、誰からも頼りにされるのだろう。自分にはない特性に何とも言えない重い気分であった。
二人して廃校舎の中に入り込む。
ガランとして静かで、外から差し込む日射しの中に埃が舞う様子が見て取れた。元は人で賑わっていた場所ほど、誰も居ないと不気味なものだ。
「女子トイレも確認します?」
「せなあかんやろ。中で倒れとるやもしれん」
「社長が見たいだけとか?」
「ばっかもーん! ええか、女子トイレっちゅうても別に男用のがないだけで、男子トイレと大差ないんやで。期待して入っても、ガッカリするだけや」
「お詳しいようで」
言葉を交わしていると、腹の中にあったわだかまりが薄れていく。
やはりそれは、相手の注意が自分だけに向けられているからだろうか。己の子供っぽさに自分で自分に呆れてしまう。
「すいませんね、こんな依頼を仲介してしまって」
「桃沢の事なら気する必要はあらへんで。まーだ、
「それは酷い」
一階を確認し終え二階へと階段をあがる。
ところどこに割れたガラス片が散乱し、廊下に敷かれた絨毯もどきは雨染みで薄汚れている。後は綺麗なもので、手入れさえすれば直ぐにでも使えそうなほどだ。
「なんや知らんが悩んどるやろ?」
唐突に古城が言った。
「いや別に……」
「乃南ちゃんは分かりやすいでなぁ。思いっきり顔に出とるぞ」
「…………」
「知っとるか? どんな悩みでも腹から笑えば気が楽になるんやで。人間っちゅうのは、頭で考えとると変な方向に偏ってくでなぁ。時には何も考えずに笑った方がええ」
そして古城は腹から声を出し笑った。
どうやら気を遣ってくれているらしい。自分が悩んでいる事に誰かが気付いてくれた、たったそれだけの事で嬉しくなり埴泰も少し笑った。
放棄された学舎の中へと、往時と質は違う男二人の笑いが響く。
結局のところ、松田教員は見つからなかった。
しかし代わりに、少しばかり気が楽になった自分を見つけられた埴泰であった。
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