第十話 お悩み相談受付け中

 説明会から数日が過ぎ――埴泰はにやすは悲しげに呟く。

「何故だ、どうして誰も来ない……」

 受講希望者が、それもただの一人さえも来ないのだ。

 大勢が押しかけてくるとは考えていなかったし、また逆に来られても困るだけなのだが、全く反応がないという事は無性に悔しかった。

 このままでは減給、そして解雇となってしまう。

 何がいけなかったのか。

 自問自答で答えが出ないため古城に相談すれば、流した映像が問題だと言われてしまった。納得ができないため伽耶乃かやのに問うたのだが、やはり答えは同じであった。

「現実を見せただけなのにな……」

 他の講師たちの講義では、卒業後に待ち構える幻想生物との戦いに生き残れやしない。確かに今は楽かもしれないが、後で待つのは死だ。そんな事は少し考えれば分かる事ではないか。

「……理解し難い」

 とぼとぼと歩いて行けば、セカンド学部の女子生徒たちと遭遇した。一般学部とは制服の形状が異なるため、すぐ分かる。

 こちらをチラチラと見てヒソヒソ話し、クスクス笑っている。非常に癇に障るのだが、こうした手合いはどうしようもない。通り過ぎれば、背後で抑えた笑い声が聞こえ、二度までも癇に障る。

「まあいいさ、誰が指導なんてしてやるものか。それより手が空いているなら、本来の仕事だ」

 護衛対象の堅香子かたかご九凛くりんを探し廊下を移動。

 この日この時間帯であれば、通常授業にてセカンド能力に関する授業を受けているはず。スケジュールの把握は、いつ頃にトイレに行く事が多いかまでバッチリ完璧に把握しているのだ。

 階段をあがり静かな廊下を移動するわけだが、これが入り組んでいる。一般生徒と共用する施設あり、セカンド生徒専用の施設ありで構造を把握していても迷いそうなぐらいだ。

 結局のところ、学生であれば遅刻として怒られそうな時間に到着した。

 ドアの向こうから授業の声が聞こえてくる。

「――で、あるからしてセカンド能力はアースラバと呼ばれる世界に漂う力を行使するものと定義され、このアースラバの受容能力の多寡こそがセカンド能力の強弱に直結すると言っても良いわけでして、これについては教科書の十ページの図を使い説明しますと――」

 初老の教師が延々と喋り、黒板に簡単な図と文字を書いている。

 それは教えているというよりは、一方的に語っているだけだ。これなら、自分で教科書を見た方がまだ頭に入るだろう。

 後ろ側のドアから、するりと入り込む。何人かの生徒が顔を上げ訝しげな顔をしたが、それは気付かないフリをしておく。

 生徒の数に比して席数は多い。

 授業をしているのは松田という教師は、空いた席を探す埴泰を見ても、そのまま授業を続行している。学園長の伊谷見には聴講許可を取っておいたが、ひょっとすると許可がなくとも気にしなかったかもしれない。

 堅香子九凛を探すのだが、まずは目印を探す。

 つまりそれは金色の髪なのだが、案の定その隣でポニーテール娘が座って――寝ていた。

 机にベタッと頬をつけ堂々と寝ており、真面目にノートを取っているユミナの真面目さとは随分と違う。

 軽く呆れつつ埴泰は教室内を再確認しておく。

 怪しげな素振りをする生徒はいない。起きたフリをして寝ている者はいても、その逆はいなさそうだ。一番怪しげな動きをした埴泰は静かに肯くと、今度は窓の外を見やる。

 その先には別の校舎があるのだが、屋上から地上まで不審な存在はいなさそうだ。一番の不審者である埴泰は満足げに肯いた。

「それではアースラバとは何でしょうか。幻想生物の出現に伴う世界法則の乱れ、もしくはその逆により生じたのかもしれませんが、何にせよ新たに誕生したエネルギーもしくは概念とも言える存在ではないかと言われており実際にそれを裏付けるよう既存の物理法則を無視した――」

 外からの暖かな日射しに教師の一方的な話。

 とても眠い。

 凄く眠い。

 まるで催眠術か何かのように眠くなってくる。このスーパーつまらない講義は、きっと睡魔と戦う事が真の学習内容に違いない。

 埴泰は確信した。


 睡魔との戦いとなった授業が終わると、生徒たちは次の授業へと移動を開始しだす。早い者、遅い者と様々だ。

「面倒だなあ。こんな講義なんて、かったりぃよなあ」

「でも聞くだけだからマジ楽で助かるけどさ、早いとこ実技をやりたいな」

「確かにー。でもさー、この講義って寝るにはいいけどな」

「だよな。熟睡したい時はマジ最高」

「やっぱノーマルは屑だよな。話すだけで仕事した気になってんだから。そん中で松田はクソだなクソ。俺が偉くなったら、あいつ役立たずとして戦場に送り込んでやんぜ」

「トキヤってば、それ最高。いいね、最前線で突撃させてやろうぜ」

 ゲラゲラと笑いながら男子生徒たちが荷物をまとめ席を立っていく。

 前にいる初老の松田は黙々と黒板を消している。

 振り向いた顔には何の表情も浮かんでおらず、ただ人生に疲れたような顔をしているだけだ。資料を手に、トボトボした足取りで部屋を出て行ってしまう。

 そして残りの生徒たちは次々と移動していき、残ったのは三人だけ。

 ようやく起きた堅香子九凛と、苦労して起こしたユミナ・シューベル。そしてそれを見ていた埴泰であった。

 次はどうするか悩む。

 学園内での護衛は非常に難しい。どこに行こうと生徒が存在し人目がある。まさに子供の王国であって、その中で大人の存在は目立ってしまう。こっそり見守る事は非常に難しい。

 しかも、九凛ときたらやたら勘が鋭いのだ。

 自分に向けられる視線を即座に察知し振り向いてしまう程で――たとえば、今もそうだ。

 九凛がパッと視線を向けてきた。

 慌てた埴泰が視線を逸らし素知らぬ顔をしたが無駄だった。トコトコした足取りで迫ってくるではないか。目の前で腕を組み、心持ちの上目遣いで推し量るようにジッと見つめてくる。

「ねえ、最初は勘違いかと思ったけど。何だかいつも見てるよね。もしかしてだけど、ユミナに変な事を考えてたりしないでしょうね」

「それは……」

 まるで警戒する仔ネコのような態度だ。言い訳をどうするか迷っているとユミナも近づいて来る。なお、こちらは無邪気な仔ネコっぽい。

「いえ私でなく九凛を見てましたよね。まさか、九凛みたいなタイプに興味ある方ですか?」

「ちょっと、ユミナってば言い方が変じゃない?」

「あっ、すいません。つい本音が出てしまいました」

「どーゆう本音よ!」

 二人が軽く言い争いだした隙に埴泰は必死に言い訳を考えだした。

 素直に白状して護衛任務をしています、と言うのは無理。偶然ですと白を切り通す事は無理。ユミナに興味が――なお九凛は除外――あると言うのは別の意味で危険だった。

 困り果てた埴泰であったが、素晴らしい名案を閃く。

「それはつまり……そう、相談がしたかったんだ」

 その言葉で二人は言い争いをやめた。

「へ? 相談ってなに?」

「この学園に来て恥ずかしながら、他に相談出来る相手もなくて困っているんだ。それで、多少なりと知り合いの二人に相談しようと思いつつ、なかなか言い出せなくて……」

 埴泰は出来るだけ哀れそうな声を出してみせた。とはいえ、半分以上は本気だ。二人は顔を見合わせた。そして九凛は腕組みをして小威張りし、ユミナは納得したように頷く。

「ふっふーん、なーんだ。そんな事なら、あたしに任せなさーい」

「それならそうと言ってくれたら良かったかと。私たちで良ければ、相談にのりますから」

 あっさりと頷かれてしまうと、なんだか心配になってしまうぐらいだ。とはいえ、この際なので相談はする。もちろんそれは、あの悩みについてである。

「実は講義なんだが、何故か受講希望者が一人も来ないんだ。このままでは解雇されかねない」

「「…………」」

 切実なる訴えに大小コンビの少女は顔を見合わせ、揃って深々と嘆息した。そこに含まれているのは呆れで、埴泰は少しばかり傷ついてしまった。

「それ当然でしょ。どうして、あんな映像を流すの? あれじゃ誰も来るわけないでしょ」

 やはり映像が原因らしく古城も伽耶乃も正しかったらしい。疑っていたわけではないが。

「それは……現実を知って欲しかった。悪口ではないが、他の講師のような上っ面の内容ではダメだ。幻想生物どもはそんな甘くはないし、セカンドだって無敵ではないんだ」

「だからって、やり過ぎだよ。あんなの見せられたって、講義を受けたいなんて思う変人はいないよ――あ、一人いたけどね」

 九凛が言えばユミナが軽く小突き、何やらふざけている。しかし埴泰は真剣だ。

「今のままだと将来死ぬ可能性が高いのに?」

「そうかもしんないけど、あたしたちは今を生きてるの。今は今しかないの! 今の一年は将来の十年にも匹敵するの。おじさんだって、子供のころの経験あるでしょ?」

「…………」

 残念ながら埴泰に、そんなものはない。

 未来も希望もなく生かされていただけの、死に怯えていただけの――。

「ですが、私は乃南講師の言う危機感は分かりますよ。同じように感じてる人もいると思います。ですが、きっとみんな行かない。いえ、行けないと言うべきでしょうか」

 ユミナは大きめな胸の下に腕を回し、反対の肘に手をやる。そして片手を頬にあて真面目な顔をする。

「なぜなら誰も行かないから。そして批判をしてますから」

「なるほど、そうか」

 埴泰には理解できない事だが、とりあえず納得はした。

 集団生活において人は同調行動を取る事が多い。

 個性を圧し殺し髪型や持ち物、言動まで周囲に溶け込もうとする。それは多数の人間と協調性をとろうとする知恵だが、同時に集団に同調できない異物を排除しようとしたり、または集団性を維持するため共通の敵をつくり攻撃する事になる。

 だから埴泰の講義には人が来ないのだろう。

「私は少し迷いますけど、まあ九凛が行かないと言いますからね」

「むむっ、だって仕方ないじゃない。泣いて許してくれと言う訓練なんて、嫌だもん」

「……嫌なのか?」

「当たり前じゃないの。だって、そんなの苦しい事なんて嫌だもん」

「そうか……ありがとう、なんとなく理解した。訓練内容は見直すとしよう」

 貴重な意見には感謝せねばならない。

 問い詰められたところでの言い逃れから、問題解決の糸口が見えた気がする。後はどう行動するかだ。

 しかし、本来の目的は九凛の護衛だというのに、どうしてこんな悩みを持たねばならぬのか。――だが、その悩みに今回は救われた。

「儘ならぬ」

 深々と息を吐けば、九凛が慰めるように笑った。

「おじさん元気出してよ。みんなにも講義の事とか言っといてあげるし、あたしもね少しは考えてあげるから」

「その前に一つ頼みがあるんだが」

「なーに?」

「おじさんというのは止してくれ。なんと言うか、その……傷つく」

 真面目に言ったのだが、九凛とユミナは顔を見合わせ笑いだす。

 それは明るく楽しげなもので、あの廊下で遭遇したセカンド学部の女子生徒たちの笑いとは、根底からして違う質のものであった。

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