第十一話 獲物は狩人

 草木も眠る時刻はとうに過ぎ、大半の者が熟睡しているであろう時刻。

 埴泰はにやすは毛布を肩に掛け、壁に背を預け目を閉ざしていた。それが就寝状態だが、寝ているというよりは仮眠といった様子である。同じ部屋で寝こけているネコとは大違いだ。

 それにしても殺風景な部屋であった。

 生活するための必要最低限があるだけで、およそ生活感というものが感じられない。六畳のスペースが広々と感じられるほど何もなかった。何も知らずのぞき込めば、きっと空き家と思うかもしれない。

 部屋はその人の心を現わすと言うが、この寂しく侘しげな様子こそが埴泰の心象風景なのかもしれない。

「…………」

 唐突に埴泰が目を開いた。

 僅かに遅れ情報端末が振動。学園周囲に設置した動体センサーからの情報が画面に表示された。古城に頼み込み借りた旧式だが、どうやら性能は充分だったようだ。学園の裏山。AIの判定により敵対者の確率が極めて高いとされている。

 だが、それ以前に埴泰は肌で感じていた――敵が来たと。

「さて行くか」

 無造作に呟くと、それまで寝ていたと思えぬ滑らかな動きで立ち上がる。

 ネコが目を覚ますものの、毛布をかけて頭を撫でてやれば、また目を閉じ健やかな寝息をたてだす。ネコという生き物は随分と無防備にして無警戒らしい。

 軽く苦笑した埴泰は外へ移動する。いつでも動けるよう戦闘服を着用していたため、着替えすら必要ない。

「ふむ……良い天気だ」

 軽く見上げた夜空に月はなく、薄い星明かりのみ。辺りの空気は軽い肌寒さを覚える程だ。動くには丁度良い。

 夜気やきを肺一杯に吸い込むと走りだす。

 向かった先は林。

 目の前に迫る木を寸前ですり抜け、その先にある倒木を踏みつけ低木を軽々と跳び越し、夜闇の中とは思えぬ動きで疾走していく。

 少し行けば立ち入りを禁じる旨の表示板がロープでぶら下げられている。随分と雑な措置だが、そこから先の山に好き好んで入りたがる生徒もいないため、充分という事らしい。

 そこを通過すれば、岩が露出した急斜面となる。

 手足を使い少しも速度を落とさぬまま登りきり再び下る。動態センサーを設置した地点の手前に到着したが、息は殆ど乱れていない。

「さてと……」

 埴泰は傍らの枝葉が茂った木によじ登り樹上に身を潜めた。

 そよぐ風に梢が枝葉を揺らし、静かな音を響かせる。名も知らぬ生き物たちが鳴き声をあげ、夜の森は意外に賑やかしい。甲高い鳥の声が空を通過していった。

 鳥の夜鳴きは凶事の知らせと言うが、それが誰にとってのものかは分からない。

――来た。

 枝葉をかき分け堆積物を踏みつける音に気づき、埴泰はさらに身を小さくした。

 闇夜の中に蠢く存在が現れる。

 本来は白い外装の装甲服を黒に変え、幾つかの火器を手にしている。僅かな光に目を凝らせばグレネードランチャー、アサルトライフル。背面プレートに携行型多連装ミサイルランチャーを装着した者も確認出来た。

 かなりの重武装をした集団だ。数は十三。練度はそこそこだが、樹上に潜む埴泰の存在に気付いた様子もない程度。

「…………」

 埴泰はネットランチャーの存在を確認し目を細めた。

 学園への襲撃だけであれば、そんな捕獲用装備は必要ないはず。狙いが何者かの捕獲である事は間違いない。そうなると、やはり堅香子かたかご九凛くりんの確保が目的なのだろうか。

 何故狙われるのか、まるで分からない。どう見ても普通の少し元気が良いぐらいの少女でしかないのだ。何か秘密があるのだろうか。

 多少の好奇心をわかせた後、埴泰は目を細め意識を切り替えた。

――やるか。

 相手の数や装備。それは学園の数百人近い生徒や教員を襲撃するため用意されたもので、戦力としてはかなりのものだ。個人で対抗するには通常であれば不可能。だが問題はない。

 埴泰は薄く笑いながら拳大の物を投擲。それは途中で青白い光を閃かせた。

 もちろん戦闘開始の合図などではない。周囲に電磁パルスを照射しているのだ。さすがに個人携行用の出力では九八式装甲服を停止させるには至らないが、いきなり通信リンクの途絶えた敵は予想外の事態もあって混乱状態となった。

 しなやかに一人の背後へと降り立つ。

 その時には既に刃で首部分をかき斬っている。特殊合金ワコニウムによって製造された刃物は優れた斬れ味を示し、装甲の継ぎ目からあっさりと相手の命を奪って刃こぼれ一つない。

 悲鳴すらあげず絶命した敵兵をそのままに、身を屈め地面を駆け抜け次へと襲いかかる。相手が気付くまでに四人を、気付いた後も、混乱から立ち直るまでの間に三人を仕留めていた。

「敵襲っ、固まれ!」

 残りは互いに背を合わせ周囲を警戒。辺りに威嚇射撃を行い、埴泰は一時的に身を潜める事にした。

「何かが現れたぞ。新手の幻想生物か!?」

「馬鹿な他の連中はどうした。何名殺られた」

「どうして通信が途絶えた。応答しろ!」

 元々彼らの意識は襲う側にあり、命乞いする生徒たちをどう殺すか。女子生徒をどうつまみ食いしもてあそぶか。その程度の事しか考えていなかった連中だ。唐突に襲われる側へと転落し完全に混乱している。

 その無様さに埴泰は嘲笑う。

 あまり騒がれる前に終わらせねばならない。山を挟んでいるとはいえ学園の間近である。そうそう声は届かぬであろうし熟睡はしていると思うが、寮には百人近い生徒が生活している。万が一という事もあるため、可及的速やかに終わらせねばならない。

 次の獲物を選定し――ふと熱気を感じた。

 肌寒さを感じるほどだったはずが、明らかに周囲の気温が上昇していた。いや、これはそうではない。何かの放射熱。そうと気付いた途端、さらなる熱気が押し寄せてきた。

 立木の向こうに揺れ動く仄暗い赤光を見つけ、埴泰は目を細める。

 ゆっくりと移動してくる黒味を帯びた存在があった。そこに幾筋も刻まれた割れ目から赤光と熱を放射しており、周囲の気温を上昇させているのだ。

 まるで蜥蜴のような巨体。

「火竜サラマンドラ!? どうしてここに!」

 声をあげるのは敵兵であったが、埴泰も全く同じ気持ちだった。

 あの施設で遭遇した個体と同一かは不明だ。しかし、あの時のサラマンドラは痕跡もなく消えてしまった。であれば、神出鬼没に出現したとしても不思議ではない。

 一方で敵兵たちは恐慌状態だ。

「どうすんだよ!?」

「逃げきれる相手か! 死にたくなければ戦え!」

 その判断は正しい。幻想生物は人間を見逃しはしない。あの研究所で逃げ去ったサラマンドラは例外中の例外だ。戦うか隠れるかしか選択肢はないが、この場所で隠れる事は難しかろう。

「撃てっ!」

 敵兵たちの放つアサルトライフルの銃弾や、グレネード弾がサラマンドラに集中した。激しい音は埴泰が心配をしてしまうほど騒々しい。だが――いずれも効果がなかった。

 命中した箇所が瞬時に赤熱し、体表に無数の点が生じていく。むしろ熱量が増大していき、サラマンドラを活性化させているようにも見えた。

「こんなのやってられっか!」

 徐々に迫る姿に敵兵の一人が背を見せ逃げ出した。他の者が襲われる間に、自分だけでも助かろうという魂胆であったかもしれない。しかし逃げる獲物の姿にサラマンドラが反応する。

 喉元が動くと、何かを吐き出す。

 大きく開かれた口中は赤熱した溶岩のようで、勢いよく飛んだそれは火山弾のようであった。逃げる敵の背へと命中すると。流動性を持ちながら装甲表面へ張り付き広がる。まさしく、溶融した岩だ。

「ぎゃあああああっ、ああああああっ!」

 喉奥から絞り出すような悲鳴があがった。

 装甲服に耐熱性能はあっても、大きくはない。何より繋ぎ目などが存在している。中の人間にとっては地獄の状態だろう。必死に装備を外そうと身をよじらせ暴れるのだが、動きが徐々に弱まっていき装甲の隙間から人肉の焼ける嫌な臭いが辺りに漂った。

 あまりに凄惨な死に様に、敵兵の間に動揺が広がる。

「畜生、こいつ何で死なないんだ!」

「セカンドのガキ共を殺してイヴを捕まえるだけの簡単な仕事のはずが……」

「俺は逃げ――ぎゃああっ!」

 一人また一人と、吐き出される赤熱塊に焼かれていく。

「来るな、来るな来るな来るな!」

 最後に残った者は泣きながら後退り、つまずき尻餅をついたところをサラマンドラにのし掛かられた。他の者より幸運であったのは、高温に焼かれる苦しみの時間が短かった事だけだろう。

 周辺の樹木はサラマンドラから放射される熱によってチリチリと音をさせだしていた。

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