第九話 真実の語り部

 週末の講師説明会。

 講堂には全学年のセカンド生徒が集合。クラス毎に整列していた。

 学年とクラス毎に九つの列で並び、それは三百人近くとなる。これが清駿学園に所属するセカンド全員だ。なお、これに通常学部を合わせれば千人近くが学園に所属している。

 軽くざわめきながら講師説明会の開始を待つのが大半だが、中には突拍子ない大声を出し目立とうとする者も存在し、まともに聞いている方が少ない。

「これより、戦闘講義について各講師よりプレゼンを行います。自分の進路に関わる事ですので、静かに聞きましょう」

 司会をする学園長の側に、戦闘講義を行う派遣講師たちが並ぶ。それは埴泰はにやすを含め全部で十人だ。

 待機する埴泰が緊張するのは、この集団が一斉に襲いかかってきた場合を想定しているためだ。未熟とはいえセカンド能力を持った相手である、今の装備では数十人を道連れにするだけで精一杯だろう。

「ほら、乃南講師。ぼうっとしてないで早く壇上に移動しなさい」

 伊谷見に注意され我に返ると、他の講師は既に移動していた。

「ああ、すいません」

 同じ講師連中ときたら妙に素っ気ない態度で困る。受け持ち生徒数が実績に直結するためか、ライバル意識が強く横の連携というものに欠如しているのだ。狭い中で張り合うなど、なんとも愉快な職場ではないか。

 埴泰が生徒たちに笑われながら壇上に移動すれば、伊谷見の司会により説明会が始まった。

 講師の一人ずつが壇上の演台へと移動し自己PRを行う。

「――というわけで、まずは軽い基礎訓練から始めていきます。それぞれの体力や状態を常に把握し休憩を挟みながら、無理ない範疇での教導を行いますので、どうぞよろしくお願いします」

「――私の教え子の大半は卒業から一年以内に幻想生物を多数撃破した実績がありますね。それと私は軍上層部に知り合いが多いので、配属先には多少の融通がつくかもしれません。ああ、これは内緒なので他では言わないで下さいね」

「――主に講義を中心とした授業を実施し、戦場でのノウハウや幻想生物の特徴と対処法をしっかりと学んで貰います。情報を制する者が敵を制する。私の講義を受ければ活躍間違いなし。以上!」

 与えられた五分という時間の中で、それぞれが説明を行う。

 いずれも熱心この上なく、正面の大型モニターには各講師の苦心作が映し出されていく。過去の講義風景や、教え子の実績であったり、図やグラフであったりと――いずれも見栄えはいいが、埴泰から見ると都合の良い内容ばかりで中身がなかった。

 とはいえ、床に座ったセカンド生たちは、膝を抱えながら見るともなしに見入っている。興味なさげに情報端末を弄り注意を受ける者も多少は居るが、大半は熱心にメモを取っていた。

――下らない。実に下らない。

 埴泰は呆れてきた。

 現実を見ない知らない教えない学園。

 都合の良い事しか見ようとしない子供たち。

 いずれも、この狭い学園を世界の全てと思い限られた価値観で物事を推し量り、無知を恥じる事すらしない。

 実に愚かで、なんと哀れだろうか。

 埴泰が呆れを込めた息を吐いていると、また一つプレゼンテーションが終了した。講師が引っ込むと壇上の脇で伊谷見がマイクを手に声をあげる。

「次は、新しく来られました乃南講師による説明です。では、乃南講師どうぞ」

「了解です」

 起立し演台に向かう。

 最初は面倒に思ったが、この学園に来て気付いた事がある。

 誰もが腑抜けているのだ。生きるという事は、もっと殺伐として辛いもののはず。なのに生徒たちは浮かれ遊び、今このの瞬間さえ良ければ良いといった生き方をしている。

 なんと勿体ない事か。

 そこに憤りを覚え、生徒たちに忠告をしてやろうと考えていたのだ。

「一学年で百人近い生徒がいるわけだが……卒業から一年以内に二十人は死ぬ」

 講堂にざわつきが生じたが、構わず続ける。

「その翌年には、さらに二十人。そこから先は、やや少なくなり毎年数人ずつ死ぬ。十年もすると、生き残りは三十人かそこら? つまり、自分の前後を合わせた二人が死んでいる感じかな。もちろん死ぬのは、自分自身かもしれないが」

「ちょっと、乃南講師。あなた何を――」

 慌てた様子の伊谷見を無視し続ける。

「それが幻想生物との戦いの現実。皆に必要なのは、軍の広報が垂れ流す都合の良い情報でなく、現場を生き抜いてきた人間の情報ではないかと。そう、いくらセカンドといっても無敵ではない。幻想生物との戦いの中では簡単に死んでしまう」

 むしろセカンドはよく死ぬ。

 能力もある、装備もある。訓練も受けている。けれど、根本的な戦いに対する心構えがない。自分の能力を過信し、何が出来て何が出来ないかを理解せず、蛮勇を振るおうとする。結果として幻想生物の中に突っ込み、そして死ぬ。

 彼らに必要なものは恐怖だ。

「これは約半年前に行われた作戦に参加した時の映像になる。音声は殆どノイズ交じりで機密もあるためカットした状態となっている。あしからず」

 端末を操作し、プレゼンテーションに用意した動画を表示させる。

 装甲服に搭載された小型カメラで撮影されたもので、画質は良くない上にカメラ回しも考えられていない。軍広報の見やすく綺麗な映像とはまるで違うものだが、それだけに迫力がある。なお、埴泰は知らない事であったが、流行のフィクション系物語ではリアリティを求め似たような動画となっていた。

 そのためか、映し出された戦場映像に生徒たちは釘付けとなる。それは、教師や講師たちも同様だ。

 画面の中に逞しい上半身に地につくほど長い腕をした生物が出現した。

「これはオーガ。体高が十メートルを超える個体もいて、多くの兵士がこいつに殺される。小火器は有効ではないが、セカンドならこれを一人で倒せて一人前と言われている」

 アサルトライフルの銃弾が降り注ぐ中を、オーガが腕を振り上げ突進してくる。足下で土が跳ねあがり戦闘車両の残骸が蹴散らされ、その吼える顔つきは無音とはいえ凄まじい迫力だ。

 オーガに向けロケットランチャーが何発も発射される。

 全弾外れてしまうのは、そう簡単に当たるものではないためだ。兵たちが浮き足立つまで接近したところで、ようやく命中。右肩を中心にごっそりと肉を失い、煙をあげながら倒れていった。

 男子生徒たちから興奮と歓声の声があがり、女子生徒からは少しオーバーな悲鳴があがる。

「この時の作戦は詳細を言えないが、近隣の動ける軍事会社全てが軒並み動員された大規模作戦だった。失敗していたら、ここら近辺は幻想生物の支配地だったかもしれない」

 さらっと恐いことを言ったが、気付いたものは居なさそうだ。

 それよりも、誰もが鈍色の生物が銃撃によりバタバタと倒れていく映像に気を取られている。そして――押し寄せる幻想生物の中に、武器を振るい戦うセカンドの姿があった。

 あらかた倒し戻って来たセカンドの顔がアップになると、伊谷見が興奮の声をあげる。

「あれは鎌瀬君じゃないですか。三年生の皆さんは覚えていますよね、二年前に卒業された生徒会長の鎌瀬君ですよ。ああ、立派になりなすって」

「おや、ここの卒業生でしたか」

「ええ勿論。我が校の誇る優秀な子で、卒業後も後輩の様子を見に来た面倒見が良いのですよ。もっとも最近は来てないようですが。忙しいのでしょうね」

「いえ、忙しくはないかと。単に来られないだけです」

「来られない。それは……?」

 戸惑う伊谷見に対し、スクリーンを指し回答とした。

 余裕の顔で戻って来る鎌瀬元生徒会長が、ふと視線を転じ――同時に、高速で動く黒い影が画面を横切り、鎌瀬を押し倒した。

 音声がカットされた映像の中で血や肉片が飛び散る。周囲の兵士たちが大慌てでアサルトライフルを構え攻撃を行う。幻想生物を撃退し救出した時点で、鎌瀬元生徒会長は半分しか残っていなかった。

 埴泰は映像を停止させるとマイクを片手に生徒たちの前に立つ。背後の映像はそのままだ。

「セカンドも死ぬ時は死んでしまう。しかし、生き残った物はすべからく努力をしたものばかり。講義では受講者を徹底的に鍛えあげる。泣くまで、血反吐を吐くまで、動けなくなるまで訓練を行う。生き残る可能性を少しでも高めたい者だけが来るといい」

 完璧だ。

 上手いこと噛まずに言えた。

 埴泰は満足しながら生徒たちを眺めやった。

 そして――まず一人の女子生徒が卒倒した。連鎖して次々と、ぶっ倒れていく。過呼吸や嘔吐する者も続出。誰も彼もが悲鳴をあげ正面から目を背け、混沌の状態だ。講堂内を保険医と教師がパニクりながら右往左往する。

「あれ?」

 気付けば伊谷見や講師たちまでもが嘔吐を始めている。

 何かマズい事をしただろうかと、真剣に悩む埴泰であった。


◆◆◆


 燦々と日の降り注ぐ教室。

 明るく輝いた室内だが、そこにいる生徒たちはドンヨリとした顔であった。講師説明会は体調不良者が続出した事で急遽中止。教室に戻った生徒たちも元気がない。

 さすがに、あの映像は生々しすぎた。

「ううっ、これは裏道で死体を見てしまった時以来のショックです。気分は非常に悪いですね」

 自分の机に頬をつけユミナは呟く。ぐったりとした様子で、長い金髪が乱れながら流れている。その傍らに立つ九凛は腰に手をあて頬を膨らませた。

「あんなの見せるなんて信じらんないっ、何人も倒れちゃって保健室行きだよ」

「九凛は元気そうですね」

「でもないよ。今日の夕飯は少し残しちゃいそうな気分だから」

「そうですか、ちなみに私は夕飯をパスしたい気分です」

 陰鬱な教室内であっても九凛の元気は少しも損なわれていない。

「そっか、無理しない方がいいよ。よし、あれは忘れよう、忘れよう忘れよう……忘れた! さあ、どの講義を取るか決めちゃわないと」

 頭の横を押さえ呟いていた九凛は目を開け宣言した。

 どの講義を取るかは自分の人生を左右する大事な選択になる。体調不良であっても決めざるを得ない事だ。ユミナも気怠そうに身体を起こし腕組みをした。

「どうしましょうね」

「ユミナの希望はある?」

「そうですね。実を言いますと……乃南講師も有りかと思っていますが」

 ユミナの言葉に九凛は大袈裟に身を引いてみせた。

 二人がどこを選ぶかを知りたい男子生徒たちも同様の反応をしている。

「うわっ、ありえない。そりゃね最初は思わないでもなかったけど、あれ見た後だとありえない」

「でも……あれは実際にあった事で、つまり同じ事が自分にも起きるかもですよ。本気で講義をしてくれるのであれば良いかもと思っているのですが」

「だーめ。ユミナはあたしと一緒の講義を受けるの。で、あたしは別の人がいいの。はい決定、あの人の講義は受けない。却下します」

「横暴だー、と訴えちゃいます」

 二人のやり取りを契機として、教室内は少し賑やかさを取り戻していた。

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