第四話 通りすがりのお節介さん

 コンビニから出たところで、埴泰はにやすは栄養調整食品による食事をとりだした。まず慎重に少量を口に含み、舌の上で安全か確認をしてから食べだす。

 そうした習性が身に付いてしまう人生を送ってきたが故の事であった。

 なお食べる場所は建物の隅だ。日陰ではあるが駐車場の熱気が押し寄せ、さらには排気ガスとどぶ臭さも漂っている。あまり美味しく食事のできる場所ではない。

 本当は出入り口付近で食べたいが、そこにはガラの悪い小僧どもが、たむろしているため、それを避けての事だ。

 小僧どもは固まって座り込み何をするでもなく、通り過ぎる人を睨んでいる。妙な因縁をつけられるのはご免で、危うきに近づかず離れて来たところであった。

「――と言いますか、本当に気を付けましょうね。さっきの人は笑って許してくれましたけど、迷惑をかけたのは事実ですから。言いたい事は分かってますよね?」

「はーい、以後注意するから。さあさあ、早く寮に帰って皆にレジの事を教えてあげなきゃ。そうだ、私ね近道知ってるから。こっちだよ」

「うぅ……言ってて虚しくなってきます……何か果てしなく苦労していると思えてきましたよ」

「気のせい気のせい。ほら早く行こうよ」

 小柄な少女に手を引かれ、背の高い少女は力なく歩いて行く。なんとも微笑ましいものだ。それを目で追ってしまうのは、愛でる心だろう。

「んっ?」

 埴泰は気づいた。

 コンビニ前でたむろしていた少年どもが顔を見合わせ、何気ない足取りで歩きだしている。そっと指で合図している先にあるのは、少女たちの後ろ姿。

 下卑た笑いを見れば考えている事は容易く分かった。

「……ふむ」

 普段であれば余計な事に首は突っ込まない。

 無防備な者が悪いわけで、それでどうなろうと知った事ではない――だが、今回ばかりは少し違う。袖振り合うも他生の縁ではないが、何故か放っておく気にはなれなかった。

 多少の言葉を交わした少女たちが酷い目に遭うのは気に入らない。

「……考えてみると、先払いで報酬を貰っていたな」

 つまり、それは受け止めた時の抱き心地の良さだ。あれは、金を積んでも得られない体験である。

 呟いた埴泰は栄養調整食品のパッケージをゴミ箱に突っ込むと、少女たちの後をつける連中の後ろをつける事にした。


◆◆◆


「なんですか。ちゃんと断ったじゃありませんか!? そうやって笑ってますけど、こっちは楽しくなんてありません。そこをどいて下さい」

「そうだよ、どうして道を塞ぐのよ! 邪魔するなら許さないんだから!」

 少女二人が声をあげていた。

 威勢はいいが、それは怯えた子犬の虚勢だとすぐ分かる。

――どうして片方を囮にして逃げないのだろうか。

 埴泰は電柱の陰で首を捻った。日射しを受けたコンクリート柱は仄かな温かさがあって心地よい。

 辺りは再整理区域に指定された空き家ばかり。侘しげな雰囲気で人通りは殆どない。幾ら声を大きくしようと助けが来る事はないだろう。助かりたければ全力で走って逃げる。それから安全な場所で誰かに助けを求める事が最善の選択だろう。

 二人揃って捕らえられるよりは、片方だけでも逃げればいいではないか。

「ううっ、どうしてこんな……なんだか悲しくなってきます」

「黙って付いてくりゃいいんだよ。ちょっとした用事だけで直ぐ終わっから」

「つーか、どっちだ?」

「どっちでもいいじゃん。まとめて頂いて余った方で、お楽しみにしようぜ」

「よっしゃあ。ほら、痛い目に遭いたくなきゃ大人しくしとけよ。ほらほら早く行こうぜ」

「こらーっ! ユミナに触るなーっ!」

 小柄な少女は噛みつきそうな勢いで怒り腕を振り回すが、迫力というものは全くない。むしろ少年どもは小バカにして笑うぐらいであった。

「あーもう面倒だ……がたがた言ってねえで、来いってんだろ! 痛い目に遭いてぇか!?」

「っ!」

 突然の大声に二人は小さく悲鳴をあげ首を竦めてしまった。

 暴力に慣れた者による怒声は、慣れない者にとっては本当に恐怖でしかない。ドラマなど演じる者が台詞として言うそれとは根本からして違う。怯んでしまうのも当然というものだ。

――おっと、いかんな。そろそろ助けねば。

 埴泰は電柱の陰を出た。

 少し考え込んでいたせいで出遅れてしまい、結果としてタイミングを見計らっていたような感じとなっている。だが、それはそれで良いかもしれない。

「そこまでにしておこうか」

 その声で少女たちが希望を見出し見つめてきた。

 同じく気付いた少年たちも振り向く。少し警戒した素振りをみせるが、背広姿の男が一人とみると薄笑いを浮かべ余裕を取り戻した。もしかすると、手に提げたネコ缶入りのビニール袋も影響しているかもしれない。

「何か用? 俺ら今から楽しく遊ぶとこなんだけど」

「もしかしておっさんも交じりたいとか? しょうがねえなぁ、一回ぐらいなら――」

 下卑た声で言う言葉は無視をする。

「こっちにおいで」

 手招きすると、二人は隙をつき手を取り合い逃げてきた。近くに来るだけでワクワクするような少女たちだ。フワリと漂う甘い香りを感じると、それだけで嬉しくなってしまう。

「あのっ、すみません。助かりました」

「ありがと、助かっちゃった」

「いや気にしなくて――」

「んだっごらぁっ! なに邪魔してくれんだ!」

 少年の一人が巻き舌気味に叫びだし埴泰は心の中でひそかに舌打ちした。

 これから格好いい台詞を言ってみようと思っていたのだ。それがもう完全にタイミングを失してしまった。

 今から言っても、ただの間抜け。

「そのまま逃げるといい」

 顔を向けないまま道の向こうを指してやる。

「えっ! でも、そんな事は……」

「そうだよ、一人じゃ危ないよ」

「問題ない。それより安全な場所に行って風紀委員会にでも通報してくれ」

 それでも迷いをみせる様子の二人であったが、はっきり言って邪魔だけだ。軽く手で追い払うマネまですると、ようやく心を決めたらしい。

「あの、ありがとうございます! 全力で走って通報しますから!」

「おじさん、ありがとう。直ぐに助けを呼ぶから待ってて!」

 言って二人は勢いよく駆けだした。そして埴泰は傷ついている。

「おじさん……おじさんだって……」

 確かにそうと言われても仕方のない年齢ではある。しかし言われて嬉しいものでもない。

「覚悟は出来てんだろな」

「風紀委員の連中が来るかどうか知んねーけどよ、それまでの間でも充分だぜ」

 煩い言葉を聞き流し、埴泰は遠ざかる二人の後ろ姿を眺めた。

 ちょこまかした足取りでポニーテールが揺れる動きは活き活きとしている。スラリとした足がしなやかに動き、金色の髪がなびく様子も華がある。

 素晴らしい余韻――。

「びびってんのか、おっさん」

「やっちまうぞ、おっさん」

「聞いてんのか、おっさん」

 埴泰は嘆息した。

 こうした連中は何をみて脅し文句を勉強しているのだろうか。まるでオリジナリティがない。というか、おっさんを連呼しすぎだろう。年長者への礼を知らないらしい。

「世の中ってものは、あれだよ。調子にのりすぎると痛い目に遭うもんだがな」

 周囲は閑散として人目がなく、何も遠慮する事がない場所だ。それを承知で少年たちは無防備な少女二人を襲おうとしたのだろう。

 自分たちが襲われる側になるとは考えもせずに。

 薄く笑った埴泰の様子に、少年たちは小バカにされていると気付いたらしい。

「折角の美味い話を邪魔しやがって! お前を痛い目に遭わせてやんよ。どうせノーマルの人間なんて、俺たちの敵じゃねぇっ!」

 構えた拳で殴りつけてくる。

 それは驚くほど早く、そして力強い。しかし――それだけだ。技術もなければ駆け引きもない。大きく振りかぶってからの攻撃であるし、狙いも分かりやすく顔だ。

 対処は簡単。

 横から叩き軌道を逸らしてやり、そのまま右脇腹に鋭い一撃。神経が密集した箇所への打撃によって少年は呼吸を詰まらせ悶絶した。別の相手が掴みかかってくるが、避けようのない近距離から鼻面に一撃を加えてやる。飛び散る鼻血を避け、足払いと胸を押してやり背中から道路へと叩き付けてやる。脇腹に靴先を突き込んでおけば、しばらくは動けまい。

「この野郎っ、よくもっ!」

 残りは何と回し蹴りだ。

 大袈裟なだけの攻撃をネコ缶の入った袋で止めてみせ、そのまま巻き取るように掴む。そしてバランス悪く片足立ちとなった相手の膝へと斜めからローキックを入れる。

 いきなり転倒し足を吊り上げられる体勢となった少年は、驚きのまま何が起きたかも分からないといった顔だ。我に返り鬱陶しく暴れだすため、放してやる。

 そして踏みつけた。

「ぐえっ」

 暴力を振るう内に開放感が込み上げてくる。笑いながら胸元を踏みつけてやれば蛙のような声があがる。そのままジリジリ力を込めていけば、それさえも出なくなる。履いているのは戦闘にも耐える頑丈なもので、当然ながら靴底は硬い。

「さてどうしよう。風紀委員どもはいつ来るか分からない」

「……がっ」

「そして、ここには人目がない。助けは来ないって事だ。君らの狙い通りに」

 淡々と言ってのける言葉にこそ恐怖を感じるのか、少年の目に苦痛以外の怯えが混じる。ようやく状況を完全に理解したらしい。

 少し足の力を緩めてやれば、真っ青になった顔からようやく言葉が漏れる。

「や、め、ろ……」

 むっとした埴泰は足に力を込め、それから緩めてやる。言いたい事は伝わったらしい。

「やめて、ください」

「最初からそう言えばいいものを」

 言って掴んでいた足を放してやり完全に解放してやった。落とされた少年は地面にうずくまり、舌打ちやら小声の罵りをあげている。まだ完全に自分の立場を理解していないらしい。

 もう少し指導すべきかと考える埴泰であったが、サイレン音に気付いた。風紀委員の治安維持車両の奏でる耳障りな音だ。

 予想よりも早い到着だ。

 健全なる女子学生の通報であれば、風紀委員も職務意欲に燃えるのだろうか。

 その気持ちは分からないでもないが、今は迷惑でしかない。やる気に満ちた事情聴取は面倒であるし、何より関わり合いたくない。

「ふむ……」

 倒れた少年へと視線を向ける。

「どうする? いろいろと余罪がありそうだけど」

「うっ、ちょっとした出来心だけなんだ。見逃して下さい」

「まあいいか、見逃してやろう」

 偉そうに言ったが、実は内心ドキドキだ。相手が逃げなければ自分が逃げねばならないのだから。

 悔しげな少年は倒れた仲間を助け起こし、肩を貸し合いながら逃げていく。それを確認すると、埴泰も小走りで逃げ出した。

 サイレン音から遠ざかったところで満足げに頷く。

「ふぅ、どきどきしたな」

 なんだか途方もない冒険をしたような気分で笑いが込み上げてくる。上機嫌で情報端末を確認――途端に顔をしかめてしまう。

 既に予定時間が過ぎていた。

 しかも会う約束をした相手から着信履歴まであるではないか。

「いかん。完全に遅刻だ……」

 手で顔を覆い空を仰いでしまった。

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