第三話 コンビニアクシデント

 鮮やかに青い空。

 降り注ぐ強い日射しを受け、ビルの窓や壁面は目にも眩しい。その間の道路は大勢の車両が行き交い、路線バスがゆっくりと走行していく。

 バスは苦労しながら横に寄り停車した。

 吐き出されるようにバスを降りた人の中に、少し背の高い埴泰はにやすが混じっている。

「ふう、暑い……」

 冷房の効いたバスから熱気の籠もった街中へと放り出されれば、余計に暑さが堪えてしまう。避難するように日陰へと移動すると、手で顔を扇ぎ辺りを見回した。

 地方都市の中では抜群に発展した町だ。

 見上げるようなビルが並び、先鋭的な建築の建物にはブランドメーカーがこぞって軒を連ね、洒落たショーウィンドウが街を彩る。銀行や薬局が並び、大手百貨店の入口は大勢の人で賑わう。

 そして歩道には両手一杯に紙袋を提げた人でごった返していた。

 扇ぐ手を止め景色を眺めった埴泰の顔は、何とも言えないものだ。

 賑やかしい集団、嬉しげなカップル、楽しげな親子、幸せそうな老夫婦。大勢の人が行き交う中で、自分だけがたった一人。居るべきでない場所に居るような不安感。

 それが思い込みでない事は、埴泰自身がよく知っている。なぜなら――頭を大きく振って、その考えを追い払う。

「ばかばかしい」

 深々とした息にて薄ら寒い虚無感を吐き出し歩きだす。

 下を向いたまま大通りを進み、近道のため路地へと入れば猥雑で寂れた場所となる。

 一方通行の車道の両脇に痩せた植え込みが並び、所々に設置された街灯は錆が浮いている。両脇にそびえたビルは煤けたような色合いとなり、大半はシャッターが下りたままだ。

 抜け道として通り抜ける人の姿も多いが、それよりも道端で足を抱え座り込む人の姿が目立つ。表通りと路地と、どちらがこの街の本当の姿なのか。

 下らない事を考えていた埴泰は、時間を確認し呟いた。

「早く着きすぎたな。さて、どうするか」

 呟くと足を早め、再び大通りへと出る。

 時間調整に最適な場所――コンビニへと向かった。

 

◆◆◆


「いらっしゃっせー。商品をお持ち頂ければ、こちらで精算致します」

 古風な挨拶を投げかけられ、埴泰は少々面食らい縞模様の制服を着た店員の張り付いたような笑顔を見つめた。

 このコンビニは珍しい有人式だったと理解するまで数秒を要してしまった。

 有人式コンビニとは、なんと商品をレジまで持って行けば店員自らが精算処理を行ってくれるものだ。さらに袋詰までしてくれるといった過剰サービスまでしてくれるという。

 フリーパスの自動精算に比べ多大なコストを要するという事で、一度は廃れたものだ。最近のレトロブームで復活したと聞いていたが、まさか本当にあるとは思ってもみなかった。

「…………」

 そして埴泰は困った。

 理由は、利用方法が分からないためだ。商品をレジに運ぶとして、それから購入するにはどうするのか。レジで何を言って、どう頼むのか。支払い手順はどうすればいいのか。考え出せばきりがない。

 素直に聞けばいいのだが、それができない年齢というものがある。

 いっそ別のコンビニに行こうかと思うのだが、さりとて何も買わずに出て行くのはレジでニコニコする店員に怒られそうな気がするではないか。

 結果として埴泰は店内をウロウロしていた。似たような思いの客は他にもあり、互いに誰か先に買ってくれないかと淡い期待で牽制し合っている。

 そうこうする内に新たな客がやって来た。

「うわぁっ、凄い。本当に店員さんがいるよ」

 店内の明るさが倍になったような、弾む声だ。

 綺麗な黒髪をポニーテールにした小柄な少女。白を基調とした服は、どこかは忘れたが高校の制服のはずだ。

 可愛いといった表現がぴったりな容姿で、特に印象的なのが目だ。瞳が生き生きとして大きく、惹きつけられるほど輝いている。華奢めな体格に細い手足を活発に動かし、ちょこまかとした動きでコンビニの中に入ってくるではないか。

 その動きは微笑ましく、コンビニ店員も仔犬か仔猫を愛でる目をしている。

 僅かに遅れ、また新たな客が入って来る。

「もう、いきなり走って行かないで下さいよ、追いかける身になって下さい」

 輝く様な金髪が腰元まで流れ、白い肌に淡い碧眼の美人。

 それも、優しく落ち着きのある柔和なタイプだ。立派に主張する胸の下で腹部は細まり、さらに腰からお尻にかけての曲線美が見事。やや高めの身長と合わせ、ぐっと大人びて見えた。

 二人とも同じ学生服姿だが、受ける印象はまるで違う。

「ねえユミナ、見て。本当に有人式のレジだよ。凄いよね」

「子供みたいにはしゃいだらダメだと思いますよ。お店の中では静かに」

 小柄な少女がじゃれるようにまとわりつき、それを金髪の少女が微笑みながら諫めている。

 一人でも目を惹くが、二人合わされば尚のことで目が離せないぐらいだ。

「うっ……はしゃいでなんかないわよ」

 華やかで爽やかな世界がそこにはあった。

 埴泰がつい注目していると、金髪の少女が気づき謝るように軽く頭を下げてみせた。目つきの悪さが災いし、どうやら咎める意味で見ていると思われたらしい。

「真面目な事を言いますけど、ちょっと静かにしましょう。他のお客さんに迷惑になりますから」

「だから騒いでなんかないんだから。でもまあ、うん、そうだね。静かにしとく……というわけで、さっそく何か買ってみよっか」

 小柄な少女は活き活きとした動きで棚に行き、幾つかのお菓子をレジ台まで運ぶ。そして軽く背伸びしながら清算処理の様子を見つめている。ポニーテールが子犬の尻尾のように揺れているではないか。

 埴泰は今度は気付かれない様に観察した。なぜ見ているかと言えば、レジの利用方法を知るためだ。これで買い物の仕方は完璧だろう。

「九凛ってば。そんなに買って、お小遣い大丈夫?」

「あっ、そうだった……どうしよっ。今月はもう予定額に行っちゃってた」

「しょうがないですね。すいません、私が代わりに払います」

 横から金髪少女が何度も頭を下げつつ、自分の財布を取り出している。僅かな間でも、二人の関係がなんとなく見えてしまうやり取りだ。

 微笑ましいが、そこらで視線を外す。見ているだけで痴漢にされる時代なのだ。

 埴泰は小さく息を吐き意識を切り替える。

「そうだ、ついでにヤツの食べ物でも買っておくか」

 放棄区画の研究所で保護したネコの事だ。

 適当に放してやったのだが、気付けばいつのまにか側にいた。そして食べ物をやったのが運の尽き。今では部屋にまで入り込み、ついにはベッドで丸くなって寝ている始末。

「飼い主が見つかるまでは面倒をみてやらないとな。ネコの食べるものは……」

 ぶつぶつ言いながら棚の間を歩く。

 キャットフードの場所はすぐに見つかった。しかも予想以上に種類がある。ドライにウェット、毛玉ケアにダイエット、メールにフィーメール、仔猫成猫高齢猫といった言葉がずらりと並んでいた。さらに味でもマグロにチキンに鰹節、さらにはラム肉まで種類があるではないか。

 何がなんだか分からない。

「なんだこれ……人間より充実してるじゃないか」

 あまりに種類がありすぎ迷ってしまう。

 迷った末に適当に高そうなネコ缶を手に取った。どうせ相手はネコだ。ふらりと、どこかに行ってしまう可能性もある。とりあえず食べられればいいだろう。

 ネコ缶を手に今度は自分の食べる物を探す。

 だが、こちらは迷うまでもない。

 コンビニ飯にはもう飽いた、というわけで栄養調整食品を手に取る。料理が出来ない独り暮らしのため、とにかく簡易にすませられならば食事はどうだっていい。

 両方を手にレジへと向かう――その途中。

 ふと見れば期間限定品が売られていた。最近人気となっているキャラクター物で、実際に今も売り場に残っている商品は一つだけしかない。

「桃沢さんが集めているとか言ってたか」

 日頃の礼にでもしようかと手を伸ばす――。

「「あっ……」」

 はからずも、ユミナという少女も同時に手を伸ばしていた。その状態で互いに顔を見合わせ固まってしまう。

 先に我に返ったのは埴泰だ。すぐに手を引く。

「どうぞ」

「いえそんな。私は既に一つ持ってますから」

「こちらは見るだけで、買うつもりはなかったので。どうぞ」

「えっと、そうですか。では遠慮してもなんですから……ありがとうございます」

 やはり欲しかったのだろう。少女はそれを手に取ると、にこりと笑い可愛らしい仕草で頭を下げてくる。金色をした長い髪がさらさらと流れ、不覚にもつい目を奪われてしまう。

「ねえねえユミナ。なにか良いもの見つけた?」

「うひゃぅっ!」

 お尻に触られた少女は驚き、女の子らしからぬ悲鳴をあげ飛び退いた。つまり、それは前だ。結果として、埴泰へと顔面から突っ込んでしまう。

「ううっ、驚いて泣きそうです。と言いますか、顔面が痛い……あっ、すいません」

 痛そうな泣き言を言ったかと思うと、少女は大仰な仕草で跳び離れた。

 顔を朱に染め何度も謝りだすが、もちろん埴泰は悪い気などしていない。むしろ、お礼を言いたい気分だ。こんな可愛い相手を腕にかき抱くなど、幾ら金を積んでも出来ない体験なのだから。

 騒動を引き起こしてしまった小柄な少女も一緒になり、揃って頭を下げるのだが、その肩は細かく震えている。

「――あははっ。ユミナってば、なんだか慌てん坊」

「そこ笑うところじゃありませんよ」

「だって、今の声って凄く変だもん。なんだか笑えてきちゃう」

「変な声じゃありません。ちゃんとした声でした」

 少女たちが賑やかに言い合いだした事で埴泰は蚊帳の外だ。

 その前でネコ缶と食料を手に立ち尽くす男というものは、きっとすごく間抜けに見えるに違いない。

「あー、ケガがなくて何より。それでは」

 埴泰は大人の雰囲気を醸し出し穏やかに苦笑し軽く手を挙げ歩きだす。

 やはり男というものは、いつだって格好をつけていたいものなのだ。機嫌良くレジに向かうのであった。

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