第23話 お嬢様コンビニへ行く

 家から歩いて五分のコンビニ。

 忙しい時間を過ぎた店内は客もまばらな感じで、店員の動きものんびりとしている。弁当類やサンドイッチ、おにぎりに加え、ホットスナックの数が少なくなっていた。


「はぁ~! これがコンビニですか!」


 店に入るや否や、棗ちゃんは目を輝かせて周囲を何度もキョロキョロと見まわす。

 ユーチューブを初めて見た時以上だ。


「そんなに珍しいかな?」


「はい! ここにはカップラーメンやポテトチップがあるんですよね!」


「棗ちゃんはカップ麺が好きだよね。私の部屋に来た時もおいしそうに食べてたし」


「あんなに美味しい食べものがあるなんて知りませんでした!」


「俺達なんて結構食ってるからな。逆に棗ちゃんが食べている物の方が羨ましいよ」


 興奮気味の棗ちゃん。

 彼女はカップ麺やスナック菓子が大好きだ。

 家では高級食材を使った料理しか食卓に並ばず、三食すべてがジャンクフードとはかけ離れた食事の所為で、棗ちゃんはカップ麺などの庶民食を俺達と出会うまで食べたことがなかった。


 だから、さきほどからかなり興奮しているのである。

 以前、俺の部屋に来た時カップ麺を食べてからというもの、彼女はコンビニ弁当やフランク商品にドはまりしていた。

 もちろん、ファーストフードも大好きだ。


「そうですか? 私はブッフ・ブルギニョンやクーリビヤックより、カップラーメンの方が美味しいと思います」


 棗ちゃんはそうは言うが美味しいと思えるのは今の内だ。あんなもの、毎日のように食べていたら飽きる。


「ブッフ・ブルギニョン? クーリビヤック? それって何? 湊くん分かる?」


 聞きなれない言葉に柚梨は首を傾げた。

 それもそうだろう。どちらも日本の家庭料理では見慣れないものだ。


「ブッフ・ブルギニョンはフランスの料理で、牛肉を赤ワインで煮込んだやつなんだが、簡単に言えばビーフシチューみたいなものだ。ブルギニョンはフランスブルゴーニュ地方風という意味の名前で、赤ワインの煮込み料理はブルゴーニュ地方が赤ワインの産地であることから、この名前がよく付けられるんだ。クーリビヤックは元はロシアの宮廷料理だな。ブリオッシュ生地で鮭などを包んで焼いたパイ料理の一種だ。エシャロット、マッシュルームなどを刻んで炒め、米、蕎麦の実などで包んだ後、クレープでもう一度包み、さらにブリオッシュ生地で包むというかなり時間のかかる料理だよ。フランスの料理人が考案した経緯もあって、フランス料理でも通用するかな」


「へぇー。湊くんは詳しいんだね」


「まぁ、ずっとコンビニ飯を食べる訳にはいかないし、家で料理するために色々と調べたから」


「湊くんはそういうのにはこだわるよね。でも作れるなら今度、食べてみたいかも。来週の日曜日にでも作ってもらっていいかな?」


「別にいいが、時間が掛かるから二つは無理だぞ。今、家にあるのは鮭だからクーリビヤックの方でいいか?」


「いいよ! 晩御飯にお邪魔するね」


「あ、私も湊様の手料理、食べてみたいです!」


 俺が柚梨に二種類の料理を説明している間、コンビニ弁当を眺めていた棗ちゃんは急に食いついてきた。

 ホンモノを食べている棗ちゃんには中々、料理を出しづらいが彼女の笑顔は裏切れない。


「分かったよ。今度の日曜日においで」


「ありがとうございます!」


 棗ちゃんは何が嬉しいのかは分からないが、小躍りしそうな勢いで喜びを表現した。


「おっと、そろそろお昼ご飯決めないと」


「確かに。もう家を出てから十五分も経ってるな」


「私はもう決めましたよ。これにします!」


 棗ちゃんは日青のカップラーメン醤油味を手に持っていた。

 それは世界中で愛されている超ロングセラーのカップ麺で、知らない日本人はほとんどいないだろう。

 棗ちゃんの最近のお気に入りだ。


「私はこれにしようかな」


「俺はこれだな」


 柚梨はノリ弁を、俺はカルボナーラを選び、久他里さんの分である二種類のおにぎりを持っているカゴに入れた。

 全員の昼食の品が決まったようなので俺達はレジに並ぶ。


「あ、あの、フランクフルトも食べていいですか?」


 前に並んでいた客の清算が終わったところで、順番が回って来ると隣からか細い声でそんな言葉が聞こえてきた。

 俺が支払いを持つこともあって棗ちゃんは遠慮がちだ。


「ああ、いいよ。好きなものを好きなだけ食べてくれ」


「ではすみませんがお願いします」


「じゃあ、店員さん。私は唐揚げ串とアメドを」


 なんでも食べていいという、俺の言質を取った柚梨は後ろからレジの店員に勝手にホットスナックを頼んだ。

 お前には言っていないんだが。


「太っても知らんぞ?」


「私は太らない体質だから、良いんだよ」


「そうか。それならお前の体重が四十四キロを超えたら、家に入れないからな。お前、あと二百グラムで四十四キロに到達するはずなんだがなぁ。それでも食べるのか?」


「うっ! それは! ていうか、なんで私の体重を知っているのかな?」


「ウチの体重計は前に測ったやつが記録に残るんだよ。一昨日、俺の家に来た時に体重計使っただろ?」


「うわぁ! 最悪! 女の子の体重を盗み見るなんて最低だよ」


 俺の言葉を聞いた瞬間、柚梨は赤い顔をしながら非難する。


「勝手に使ったのが悪いんだろ? 知らないよ。あ、お会計はいくらですか?」


「千六百十円になります」


「二千円でお願いします」


「それでは二千円をお僅かりします…………三百九十円のお返しになります」


 俺は黒の長財布からお札を差し、店員からお釣りを貰う。


「ありがとう」


「ありがとうございました!」


 支払いを済ませ、二人を連れてレジを後にした。

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