第22話 怒る

「ただいま。帰ったぞ。ってお前らは俺の家で何してんだよ!」


 和真とスタバで別れてから十五分。

 俺は自宅のマンションに帰って来た、と思いたい。

 部屋の中は酷い有様だった。

 大量のココ・コーラのペットボトルが散乱し、その中身と思われるものが飛び散って洪水を起こしていた。

 リビングの入り口で呆然と立ち尽くす俺をよそに、そこでは柚梨と棗ちゃんがカメラを回して動画を撮っていた。


「ごめんね動画を撮ってたら楽しくてつい」


「つい、じゃないよ! 何をやったんだよ? メントスコーラか?」


 コーラに塗れた柚梨はペロッと舌を出し、自身の頭を小突く。てへぺろだ。

 そんな仕草が可愛くて、許してしまいそうになった。

 しかも、二人はコーラまみれになり、びちょびちょ。

 服は濡れて体のラインが出ていて、実にエロい。

目のやり場に困るがそこは男だ、俺はじっくりばれないように観察しておいた。

 うむ、眼福、眼福。


「そうだけど、ちょっと違うよ。私達がやったのはメントススコーラサバイバル」


「メントスコーラサバイバル?」 


「うん。まずは、お互い十個のコーラを部屋内のどこかに隠して、どちらかが早く相手のコーラを全部、メントスコーラ出来るかっていう競技なんだ」


「全く、とんでもないことをしてくれるな! 後片付けが大変だろ! それにコンセントとか電化製品のコードの辺りまでびしゃびしゃじゃないか! 二人とも感電したらどうするんだ? ていうか、棗ちゃんはいつまで動画を撮ってるんだ?」


 俺は久しぶりにちょっと怒る。

確かに面白い動画かもしれないが、感電とかそういうのを考えると怒らざるを得ない。

 ヘリの動画も大概に危険だが、あの時は緊急時でもなんとかできる久他里さんがいた。というよりは彼なりのちょっとした遊び心だったらしい事が明らかになっている。

 しかし今回は大いに安全面で配慮が欠けている。

 これは注意しておかないと後々、事故が起こったら大変だ。だから俺は怒らずにはいられなかった。


「ごめんなさい」


「すみません! 動画を撮りっぱなしなのは、湊様が絶叫して部屋に入って来て、動画的に面白いと思ってしまって。それに確かに考えてみれば、今日のは危なかったです。本当にすみません!」


 柚梨が項垂れて謝り、棗ちゃんは少し泣きそうになって、九十度頭を下げた。そんな二人を見て罪悪感がこみ上げてくるがそれでも、怒ったことに後悔はない。

 それほど危険な事だったのだ。

 電気を舐めてはいけない。

 漏電や感電事故はちょっとしたことからも起こるのだ。


「はぁ。もう頭を上げて。今度から注意してくれたらそれでいいから、とりあえず三人で片付けようか」


「うん」


「はい」


 そうして、三時間後。


「ようやく、ひと段落したな」


 三時間、拭き掃除に追われた俺達は何とか、コーラの匂いが無くなるまでには掃除を終わらせることが出来た。

 本棚や絨毯、テレビなどは流石に他の部屋に移動させていたようなので被害はなかったが、至る所にコーラがまき散らされていたおり、ほぼすべての家具を動かすのには骨が折れた。

 途中から、久他里さんもやって来たのでどうにか片付いた。

 これで動画の視聴回数が悪かったら、苦労に見合わんな。一応、サブチャンネルにはお片付け動画も載せるつもりだ。


「ですがもう、お昼も過ぎましたな。一度、昼食にいたしますか?」


「そうですね、みんなお腹が空いた頃だから何かコンビニで買ってきますよ」

 時刻は一時過ぎ。いつもなら昼ご飯は済ませている頃合いだ。

 正午辺りで一度、休憩を挟もうかと考えたが、絶対にやる気が無くなるので掃除を続けることにした。

 おかげで終わらせることは出来たので良かったが、やはり腹は空く。


「それでしたら、わたくしが何か作りますが?」


 掃除で疲れているのにもかかわらず、久他里さんがそのように申し出てくれた。彼は巧みな料理スキルも持ち合わせており、これまでも何度かその腕前を披露してくれたことがある。

 それはもう絶品の一言に尽きるくらいで、こんな料理が食べられるのなら高級料理店に行かなくてもいいとさえ思った。


「ありがたいですけど、今日はコンビニで簡単に済ませましょう」


「別にお気遣い頂かなくてもよいですぞ? 料理は趣味の範囲内でもありますからな。疲れていても全く、苦ではありませんぞ?」


「そう言ってくれるのはありがたいんですけど、ほらアレを見て下さいよ」


「ああ、なるほど。そういうことでしたか」


 俺は棗ちゃんの方を指さす。

 そこにはキラキラした表情でこちらを見つめ、正座する彼女が居た。

 それを見た久他里さんは笑顔で納得する。


「というわけで、コンビニに行ってきますね」


「分かりました。ではわたくしはここで留守を預かりましょう」


「コ、コンビニに行くんですよね? 私も連れて行って下さい!」


 棗ちゃんは急に立ち上がって、俺のところまで駆け足でやって来る。


「はいはい。それじゃ行こうか。柚梨はどうする?」


「私も行くよー」


「了解。では久他里さんは何か食べたいものとかありますか?」


「わたくしは鮭と昆布のおにぎりをお願い致します」


「OKです。留守番お願いします」


「お気を付けて、行ってらっしゃいませ」


 玄関へと向かう俺達三人に久他里さんは手を振って見送ってくれた。

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