第21話 友人

「ということがあったんだよ」


「お前も大変だな。お、これ美味いな!」


 朝の九時半、静かなスタバ店内。

 人々が行き交う街路に面した窓側の一席で、俺は一人の男とテーブルを挟み談笑していた。


 目の前でスタバのキャラメルマキアート(トールサイズ)を飲みながら、適当に俺の話を聞き流すのは中学からの友人である、生天目なばため和真かずま

 こいつは俺や柚梨と同じくユーチューバーだ。

 俺も最近はヘリや柚梨(セブン)とのコラボ動画が大炎上したおかげで、チャンネル登録者数がかなり増えて45万人ほどだが、和真はチャンネル登録者数二百二十万人のトップユーチューバーである。


 活動内容は主にゲーム実況のプレイ動画に本格的な攻略動画をUPしている。

 和真は通称、実況者と呼ばれる類の人間だ。

 何も珍しくない動画ジャンルの投稿者だが、彼が人気を集める理由がいくつかある。

 まず、とんでもないイケメンであること。

 それに加え、ノベルゲームなどのセリフをイケボ(イケている声のこと)で実況し、それが女性ユーザーに受けている。

 また、ゲームの腕前がプロ並みで、格ゲーやFPSなど、多くのゲームジャンルの大会で優勝するほどの技術力から、ゲーマー達に尊敬され、崇められていることなどだ。


「お前はそんなことないのかよ」


「そうだなぁ、変なものが送られて来たことはあるが、流石に人糞はないな。そもそもそこまで贈り物は届かないよ」


「でも、バレンタインはチョコレートパラダイスなんだろ?」


「否定はしない。だが、流石に何が入っているか分からないから、マネージャーからは食うなって言われている。悲しいことにね」


 確かにそうだろうな。いくらファンを名乗る人から送られてきたとはいえ、全部が好意とは限らない。中には食してはいけないモノもあるかもしれない。

 そう考えれば、食うなと言われるのも頷ける。


「どうせ大学でも大量に貰ってるから、少しくらい減ってもダメージ無いだろお前」


「ありがたいことにな」


「お前の周りから女子が消えたらいいのにな」


 チョコを安定して貰える和真は余裕ぶったことを言うので、俺は僻んだ本心を伝えた。


「何言ってんだよ。チョコレートもらえなくなるだろ」


 そんなに欲しいなら、俺ん家にあるウンコをチョコみたいにして送ってやろうかと思った。 


「それでいいんだよ」


「いくら貰おうが俺だって欲しいんだよ。ていうか、なんの話をしてたんだっけか?」


 和真はキャラメルマキアートのクリームをスプーンですくって食べると、そのスプーンをこちらに向け上下に振る。


「コラボ動画の話だったような」


 いつの間にか今朝のウンコ事件の話題にすり替わっており、俺も少し思い出せない。それだけあの事件がショッキングだった。


「あーそうだった、そうだった。それなら俺とのコラボ動画の件どうするんだよ? 動画のネタはあるのか?」 


「お前なぁ、コラボの件はそっちが言い出したんじゃないか。ネタくらい考えてくれよ」


「いや、俺だってさ考えたけど、最近は色々新しいネタをやり尽くしたからあんまり思いつかないんだよ」 


 相手がコラボを言い出したのだから、それくらい考えてくれてもいいかと思うんだが。

 しかし、和真の言うことも理解出来るのだ。

 ユーチューバーにとって日々、動画の企画を考えることは結構疲れたりする。

 勿論、いくらでもアイデアが湧いて出ることはあるのだが、思い浮かばないときは地獄だ。


 俺達は楽しくユーチューブに動画を上げているから、考えることも楽しいが、どうしてもネタ切れになるときがある。

 毎日、投稿するユーチューバーならなおさらだ。視聴者にいつも楽しんでほしい、少しでも喜んでほしいと思うから毎日投稿するが、少し困ってしまうこともある。

 と思っていたのも昔の話。なぜなら俺たちのチームには棗ちゃんがいるからだ。


「まぁ、一応こちらでもネタに関しては考えてあるらしい」 


「らしい?」


「ああ、俺の相方がネタだしをやっているからな。案はあると聞いている」


 この間のナビ動画からいくつか動画を投稿しているが、その殆どが棗ちゃんの企画。

 別にネタを考えるのを俺が放棄しているわけではなく、棗ちゃんが面白い企画をいくつも思いつくからである。

 そのため、基本的には棗ちゃんが企画を考える担当になっているのだ。彼女はおかしなくらいにいくらでもアイデアが思い浮かぶらしい。

 最強のアイデアマンがいると楽だと常々思う。


「そうなのか。てっきりお前が考えてるのかと思ったぜ」


「そんなわけないだろ。誰があんな金のかかる動画をやるんだよ」


「確かに。ニート同然だったお前にあれは出来ないよな。ってことは相当の金持ちがお前のチームにいる訳だな」


「まぁな」


「セバスさんはキャラ付けでは執事のくせに、まさかどっかの社長だったりするのか?」


「金持ちはそっちじゃねぇよ。カメラ係の方だ」


「嘘だろ! あのカメラ係、俺の見た感じじゃ、まだ高校生くらいだったぞ? 一体何歳だよ。ま、顔は映ってないから良くは分からないけど」


 和真は相当に驚いたようで、食べていたパンケーキを落としそうになっていた。

 俺だって、あんなにお金持ちの少女がいるとは思わなかった。


「高校生で合ってるよ」


「まじかよ。何者か気になるなその子」


「超お金持ち社長のお嬢様だよ」


「そんな人種が俺達の身の回りにいるんだな」


「そりゃあ、いるだろ。世の中にはビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグみたいなやつがいるんだからな」


「それ、解答になってるか?。まぁいいや。なら、その親御さんが動画にかかる費用を出してくれているのか?」


「いや、彼女が出してくれてる」


「お前、変なことはしていないだろうな。返答次第によっては警察呼ぶからな?」


 事実を伝えたら、和真はスマホを手に取ってそう言ってくる。

 完全に通報体制が整っていた。

 しっかりと説明せねば。


「そういうんじゃないから安心しろ。彼女は親からいくつか会社の経営権を譲ってもらっているらしい。それを執事であるセバス、本名は久他里甲之介さんて言うんだが、色々と管理しているんだってさ。それで、出た利益を動画の費用に使っているんだ。最近はいくつかの動画のおかげで稼げているから、大掛かりな企画以外はチャンネルの収入から出しているんだ」


「都合良すぎだろ。俺もそんな金庫と出会ってみたいぜ。あるいは財布な」


「お前、冗談でもそんなこと言うなよ。次言ったらぶっ殺すぞ! 彼女は純粋でユーチューバーをやっているんだからな」


「冗談だよ。悪かった。しかし純粋か。それがあんな規格外な動画を生み出してるとしたら、とんでもないな。純粋ってのは」


「全くだよ。ま、悪影響を受けた形跡はあるけどな」


 悪影響というのはアメリカの過激動画に触発されたという意味だが、彼女が純粋に企画を発案し、純粋に動画にしてUPする。

 それが今の現状を作り上げた。やり過ぎた感は否めないがそれでも俺は棗ちゃんが満足ならそれでいいと思う。

 やりたいことが出来るのは今のうちだ。大人になる度に足枷が増え、重荷が存在感を増す。

 彼女の大企業CEOの娘という立場ならなおさらだろう。

 と言っても、棗ちゃんなら何とかやってしまいそうで怖い。


「影響なんて皆、受けるもんだぜ。だからと言ってそれで純粋じゃなくなる訳じゃないだろう? 聞いた話だと、多分彼女の純粋の源は行動力と発想力と好奇心だ。今回はたまたま外部から受けたものだったが、多分、お前の話を聞いているといずれ何かしら同じような事をやっているはずだったと思うぜ」


 笑いながら和真は俺に告げる。全くその通り過ぎて少しにやけてしまった。

 今後も棗ちゃんが何かやらかすはずだ。

 気を付けねば、今度のコラボ動画も大変なことになりそうだな。


「そうだな。お前の言うことはあってると思う。これからも大変そうだ」


 その言葉を放つと同時に俺は立ち上がる。


「湊も苦労するな。てか、もう出るのか?」


「今頃、家に人が来ているからな。だからもう行くわ。動画の件はまた追って連絡するよ」


俺は椅子に掛けていた上着を羽織り、ついでにテーブルの上にある伝票を手に取る。 


「あいよ。というより死にたくなけりゃ、その伝票は置いて行けよ」


 和真はなぜかカツアゲするチンピラみたいなセリフを口にする。

 足も組んで随分と態度が悪い。

 だが、食べている物はパンケーキで何とも締まらない気がする。


「おいおい、伝票をカツアゲするチンピラが一体どこにいるんだ?」


「ここにいるだろ。今日は災難なお前に奢ってやるから、置いて行けよ」


「そうか。悪いな」


 一言を残して俺は笑ってその場を後にした。

 良い友達を持ったもんだよ。

 まさに財布だw 冗談だが。



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