第19話 番外編 お嬢様の夜の秘密活動2

「お嬢様、入りますよ?」


 久他里さんは確認の言葉を述べつつも、私の許可を得ることはなく扉を開きます。

 多分、問答無用ということです。

 執事と言えど、いや、執事だからこそ、こういうことには厳しいでしょう。


「その部屋は旦那様の書斎にございます。勝手に入られてはいけません。すぐにお部屋から退出して下さい」


 久他里さんは厳しい表情と口調で私に注意します。それに素直に従い部屋を出ると、久他里さんは室内の様子を窺ってから扉を閉めました。


「それで、お嬢様は何をなされていたのですか?」


「すこし、本を読んでいました。お父様の書斎に昔読んだ面白い本があったのを思い出して、どうしても読みたくなってしまったので、つい」


 誤魔化す、というよりは嘘をついた。罪悪感が胸を締め付けますが致し方ありません。

 ごめんなさい久他里さん。


「はぁ、そうですか。それでもやはり、勝手に部屋へ入るというのは良くありません。明日、しっかりと反省していただきますよ?」


「はい、申し訳ありません」


 何とか誤魔化せました。作戦成功かと思いきや、とんでもないものが私には待っていました。


「ではなんというタイトルだったのでしょう?」


「タ、タイトルですか?」


「はい。読みたいとおっしゃられる割にはお手元にないようなので、旦那様の書斎にお戻しになったのでしょう? ならば、わたくしがご用意いたそうと思いまして」


 え、ええと、どうしましょう!

 急にタイトルなんて思いつきませんし、それに書斎にある本全て、久他里さんは把握しています。適当なタイトルを言って嘘をついたらバレてしまうでしょう。

 多分、彼は私が何をしていたのか大体把握しているのだと思います。

 まさかこんな返しがあるとは………………。

 どうやって乗り切りましょうか? 

 すでに読み終えましたって言うのは時間的にも無理がありますし、ああ! 本当に思いつきません。

 そして、考えた末に私が出した結論はこれです。

        ↓

「申し訳ありませんでしたッ!」

 

 土下座。完璧なまでな土下座です。

 主が従者に額を地面へ擦り付けて謝るなど滑稽かもしれませんが、何よりも嘘をついたという罪悪感とバレているのなら謝るしかないという思いからこうなりました。

 憐れですね、全く。

 そして、お見事! 勤続五〇年の超ベテラン執事だけはあります。


「お嬢様、面をお上げ下さい。膝も手も床に付けることはありません」


「は、はい」


 私は久他里さんが促した通りに、頭を上げると、そこには仏様が居ました。久他里さんが優しい笑みでこちらへ手を差し伸べてくださってます。

持っているロウソクの明かりで表情が照らされて異常に怖いですが。


「お嬢様が何をしていたのか、なにが目的だったのかしっかりと話してくださいますか?」


 久他里さんの手を握って立ち上がると、彼はそう私に言いました。

 なので、私は包み隠さず、すべてを話しました。

 そして、


「そうですか、わかりました。ちゃんと話してくださってありがとうございます」


「あ、あの、このことはお父様に内緒にして下さいませんか?」


 パソコンを勝手に触っていたとなれば報告しないわけにはいかないでしょう。

 ですが、ダメ元で頼んでみます。

 私が悪いことは分かっていますが、それでも何故だかお叱りを受け入れるのは嫌だったからです。

 なんでもダメなんて言わないで、パソコンくらい触らせて欲しかったのです。


「旦那様がお嬢様に厳しくされていることはわたくしが知っています。ですからわたくしはお嬢様がやりたいことを応援いたします。旦那様には報告いたしませんから安心してくださいませ」


「ありがとうございます! それと、嘘をついてしまいすみませんでした」


 私は必死に謝る。泣きそうだった。普通ならば私を叱って、お父様に報告して終わりです。

 ですが、私の事を理解して味方までして下さいます。

 こんな素晴らしい執事は何処を探しても居ないでしょう。

 だから、精一杯の感謝を込めて私は頭を下げます。そこに主も従者も関係はありません。ただ、一人の人間として言葉を伝えるのみです。


「嘘をついたことなどお気になさらず。誰でも一度はつきますから。それよりも、今日はもう、

お休み下さい。明日からはやりたいことを私と一緒にいたしましょう」


「はい!」


 久他里さんが優しく、言葉をかけてくださいます。そして、私はその言葉と共にあることを決意しました。

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