第13話 改造されし愛車

 そして、一週間後。

 現在時刻、午後七時ほど。とあるマンションの駐車場の隅にポツリとある車。

 ABSOLUTE・Honda SENSING(オデッセイ)。


 それが俺の愛車だ。色はクリスタルブラックパール。値段、約三五〇万円。

 高校の卒業と同時に学資保険と両親からのプレゼントで購入した、人生で初めてのマイカーである。

 勿論、俺が働いて購入したわけではなく、加えて大学にも行かせてもらっているので、そのうち学費と合わせて全額返そうとは考えている。

 だから自由にカスタマイズしたりできるのだが、現在、その愛車は別の人間によって魔改造されていた。

 別に、改造されたハイエースみたいに変な羽が付いたり、オタクの痛車みたいにされているわけではないが、ナビが勝手に取り換えられ、今ではかわいい二次元の女の子がしゃべるようになってしまっている。

 これは二か月前にじゃんけんで負けてしまい、柚梨たちの実験台にされているからだ。


「これが湊様の愛車なのですね! カッコイイです!」


「おう! そうだろう!」


 棗ちゃんがキラキラした目で興奮しながら、運転席でハンドルを握っていた。

なんか、絵になるなぁ。


「湊君、前回よりナビっぽくなるように作っておいたから、良い動画になると思うよ!」


「あ、ああそうか。ありがとう」


 棗ちゃんが車の中を堪能している間、横では柚梨のユーチューブグループのメンバーの一人、山上下とうげ麓朗太ろくろうたから俺は改造ナビの操作方法の説明を受けていた。彼が、バーチャルユーチューバーセブンの開発者の一人だ。

 彼は眼鏡をかけた優男で、プログラミング技術がプロ級である。在籍する大学は国内でもトップクラスの一流大学に通っており、まぎれもない天才だと俺は評価したい。

 

 前回会ってから、俺はなぜか気にいられており、たまに一緒に飯を食いに行ったりしている仲だ。

 普段は大人しめの常識のあるやつなのだが、プログラムの事となると、熱く語りだす、いわゆるそういう系のオタクだ。

 まぁ、いいやつなので俺も仲良くやっているが、なにせナビを改造する案を出したのがこいつだったと思うと少し複雑だ。


「今回は前回に無かった新作プログラムを組み込んだから、パソコンじゃなくてもだいぶ滑らかに動くと思うし、音声もスピーカーを付け直してあるから、かなり良くなっているはずだよ」


「分かった。操作方法が前と同じなら大丈夫だ」


「あと、ガソリンが減ってるから入れておいた方がいいよ」


「どうせ、市内を回るだけなら、大丈夫だろ。それより、悪いが久他里さんを呼んできてくれないか?」


「おっけい。久他里さんを呼んでくるよ」


 そうして、麓朗が走ってマンションのエレベーターまで走って行った。

 現在、久他里さんは麓朗の部屋で仮眠を取っている。運転するのは彼だからだ。

 

「湊くん、そろそろ時間だよ」

 

 先ほどまで後部座席で眠っていた柚梨が起きたようで、スマホの画面を見せてそう伝えてくる。


「了解。久他里さんが来たら行こうか」


「一度、私の部屋に寄ってからでいいかな?」


「どうしてだ?」


 柚梨と話していると、運転席から顔を出した棗ちゃんが頭を下げた。


「すみません。私が忘れ物をしてしまって」


「気にしないで。誰でも忘れものくらいするし」


「そうだな。俺も忘れ物なんてよくするし」


 頭を下げたままの棗ちゃんに、笑いながら柚梨は左右に手を振る。

 会話からわかるように、一週間前、出会ってから二人はかなり仲良くなっていた。

 お互いを名前を呼ぶようになり、柚梨の部屋で遊んでいたりもするらしい。

 で、気になったことが一つ。


「そういえば気になったんだが、家じゃくて部屋ってどういうことだ? 確か実家暮らしだったはずだろ?」


 柚梨は実家で暮らしているはずだ。なのに、なぜか棗ちゃんが俺の借りている部屋と柚梨のところまで頻繁に行き来している。

 彼女の自宅は俺が住んでいる場所と割と離れているので、歩きでは行けないだろう。

 気になって聞いてみた。


「最近、一人暮らしをしようと思ってこの辺に部屋を借りたんだ」


「そうなのか。でも、一人暮らしするくらいなら、良い大学に行った方が良かったんじゃないのか?」


「それだと、かなりお金がかかるからね。でも、家賃を払って、家事をして、バイトして、学校に行って、そういう風に今から社会に出た時の訓練だと思って、一人暮らしを始めたんんだよ。それに、置いていけない人がこの地元にいるから」


「なるほど。お前らしいよ。それに置いていけない人って彼氏だろ? そいつは羨ましいな」


 こいつも彼氏が放っておけないとか可愛いところもあるもんだ。

 俺もそんな彼女ほしぃなぁ。


「は? 彼氏? 湊くんは何言ってるの?」


「え? だっているんだろ? 大学でもいつもイケメンが周りにいるし、祈(いのり)ちゃんが彼氏いるらしいって言ってたぞ?」


 祈ちゃんとは柚梨の妹だ。彼女も柚梨のようにめちゃくちゃ可愛い。今は高校三年生で受験勉強中だ。順調にいけば来年には俺たちと同じ大学に入学する。

 それにしてもおかしいな。祈ちゃんが嘘を言うはずがないし、柚梨みたいな成績 優秀、容姿端麗なやつに彼氏がいないのも不思議だ。


「いないから。祈め、いらないことをしてるな。兎に角、私に彼氏なんていないから。生まれてこの方一度もいないから」


「嘘だろ。お前、高校の時からめちゃくちゃ告られてたのに一人もいないのか」


「そうだけど、悪いかな?」


 まぁ、悪くはないが意外ではある。柚梨が告られた回数は俺が知っているだけで五十回はあるはずだ。それでもあいつの心を射止めたやつがいないとは驚きだ。


「別に文句はねぇよ。だけど、置いていけないやつって誰なんだ?」


 と、聞きたくなるのが当然だろう。


「湊くんには教えないよ。でも、もし答えが分かったら、私の所へ来てね。答え合わせをしよう。そこで、全部決着が付くから」


「どういう意味だそれ?」


「さぁ?」


 意味深な発言に戸惑うが、柚梨がこういうことを言う時は大体、単純だ。

 だが、単純故に俺は答えが分からないのだろう。そして、いつも自信満々に答え合わせをすると、間違っているのだ。

 それでも、答え合わせをする度、彼女と仲良くなれているようでほとんど友達のいない俺からすれば、嬉しかった。

 だから、今日からまた答えを探す日々が始まる。


「湊君、呼んできたよ。じゃ、僕はここでお別れだね。お疲れ様」


 声がした方を振り返ると、手を振りながら麓朗が久他里さんを送り出していた。

 麓朗がお別れというのは彼は動画に一切出ない主義で、プログラマーは裏方に徹するという彼の信条があるからである。


「ああ、お疲れ」


「みんな、お休み」


 麓朗は一言だけ言ってから、踵を返した。代わりに久他里さんがやって来る。


「皆さま、おはようございます」


 エレーベーターから出てきた、久他里さん。仮眠を取ったおかげか、かなり元気そうだ。


「よく眠れましたか?」


「ええ、おかげさまで」


「では行きましょうか? これ、鍵です」


「では、お借りします。お嬢様、後部座席に移動して頂けますか?」


「はい」


 俺が差しだした鍵を受け取った久他里さんは棗ちゃんと入れ替わり、運転席に乗り込んでエンジンをかける。


「さてと、俺達も乗ろうか」


「ですね」


 俺は助手席に座り、棗ちゃんが助手席後方に陣取る。

 ちゃんと、シートベルトも付けた。カメラもすでに車内に三台取り付けてある。

準備は万端だ。


「では、行きますぞ」 


 久他里さんはそう言って、アクセルを踏んで車を発進させた。

すると、ナビに銀髪の少女が映しだされる。


「みんな、こんばんは! バーチャルアイドル、セブンだよん!」


 セブンはぴょこぴょこと動きながら、敬礼してあいさつする。

 格好はフリフリで露出の高い、良く分からない服を着ていた。


「湊っち、ゆずりん、久しぶりだね! セブンは会えてうれしいよ!」


「久しぶりだな、セブン」


「セブン、久しぶりだね」


 セブンは設定で俺を湊っち、柚梨をゆずりんと呼ぶようにできている。


「知らないダンディーなおじいさんと美少女もいるね? 初めまして、バーチャルアイドルのセブンだよ! よろしくね!」


「ええ、セバスと申します。セブン殿、よろしく頼みますぞ」


「私は朱鷺坂棗です。よろしくお願いします」


「任せて! じゃ、加川の平和を守るぞぉ!」


「「「「「おー!」」」」」


 俺達五人は声を張り上げて、出発する。


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