第12話 バーチャルユーチューバー

「おや、修羅場は終わったのですかな?」


「うあぁぁっ! って久他里さん、驚かせないで下さい。修羅場じゃないですよ、誤解です。というより、いつからいたんですか?」


 全くこの人はなんで、こうも気配を隠せるのだろうか。

 そして、いつも驚かせるのはやめてほしい。心臓が止まりそうだ。


「先ほどここへ到着しましたが、何やら怪しげな雰囲気でしたので観察させて頂きました。湊殿、青春ですなぁ」


「俺に青春なんて来ませんよ。間違ったラブコメさえ、俺にはありませんから」


「そうですか。それは悲しいですな」


 本当に悲しいよ。どこで、選択を間違ったのやら。


「湊くん、この人誰?」


 柚梨が俺の袖を引っ張って聞いて来る。


「ああ、この人は久他里甲之介さん。俺たちのチャンネルのメンバーで、セバスって名乗ってる人だよ」


「なるほど。この人がセバスか。こんにちは。初めまして、私は七八瀬柚梨です」


「はい、七八瀬様ですね。以後よろしくお願いします」


 柚梨と久他里さんはお互いに軽く頭を下げた。


「柚梨で構いません。あと、様付けもやめて下さい」


「承知いたしました。では、柚梨殿とお呼びさせていただきます」


「それで、どうぞ」


 久他里さんもそろったし、これで、一段落だな。

 いやはや、柚梨と棗ちゃんがかち合った時はどうしようかと思ったが、どうにか収まりが付いて良かった。

 となると、ユーチューバーが次にすることは動画を撮ることだ。


「よし、自己紹介も終わったことだし、動画でも撮るか。久他里さん、棗ちゃん、行こうか!」


 俺は動画を撮ることを高らかに宣言する。これは柚梨から逃げるためだ。


「はい、お嬢様から動画の内容はお聞きしましたかな?」


「加川の平和を守るためにパトロールをするんですよね?」


「その通りでございます。では早速、行きましょうか。柚梨殿はどうされますかな」


「ちょっと待って!」


 久他里さんが柚梨に動画に出ないか進めるが、彼女から待ったがかかる。

 やばい、気付かれたか?


「そうですか」


「帰るなら、送っていくぞ?」


 俺はさりげなく、帰らせようと試みる。たのむ、帰ってくれ。


「別にいいよ。それより一緒に動画を撮らせて!」


 はぁ、そう来たか。これはやばいぞ。撮影が終わった後に連れまわされるシナリオだ。

 何とかせねば。


「だめだ。流石にお前は連れていけない」


「なんで?」


「いやだってさ、お前は泉さん達とユーチューバー活動をしてるだろ? 勝手に出演するのは良くないだろ」


「だったら、分かった。了解を取ってくるから。待ってて」


 そう言った後、柚梨はリビングの隅で電話をし始めた。

 これは、ダメな流れだ。絶対に付いて来る。


「湊殿、柚梨殿もユーチューバーをやっているのですかな?」


「私も気になります。それに泉って誰ですか? もしかして彼女さんですか?」


 ずいっと近づいて来る棗ちゃん。今日はなんか棗ちゃん怖い。

 そういえば、久他里さんと棗ちゃんには説明をしていなかったな。柚梨の正体について。


「柚梨はああ見えて、れっきとしたユーチューバーグループの一員なんですよ」

「ほう」


「そうだったんですね」


 そうあいつはユーチューバーである。しかも、俺とは違って、チャンネル登録者数二〇〇万人越えの超人気ユーチューバーグループのメンバーだ。

 彼女が所属するグループはただのユーチューバーグループではない。バーチャルユーチューバーセブンを運営する、ユーチューバーグループだ。 バーチャルユーチューバーとは簡単に言えば、動画に出演をしているのが二次元上のキャラクターであるということだ。

 立体的に動いたり、アニメみたいな声で喋り、その可愛さや親しみやすさから若者やオタク層を取り込んで、ユーチューブにおける一ジャンルとして確立している。


「…………つまり、セブンというのはそのバーチャルユーチューバーの事で、その声の主が柚梨なんですよ」


 端的に説明をしてしまったが、二人には伝わっただろうか?

 この辺に関しては俺も詳しくはないからな。


「湊くん、許可取れたよ。後、セブンを連れて行ってほしいってさ。コラボしようって言ってた」


 棗ちゃんたちに説明が終わったタイミングで、ちょうど柚梨が電話を終えたようで、人差し指と親指で丸を作ってこちらに伝えてきた。

 はぁ、面倒くさいことになりそうだ。


「分かった。セブンも連れて行く。久他里さんそういうことですから、一緒に柚梨も連れて行くことになりました。ついでにセブンも」


「理解いたしました。ですが、どうやって連れて行くのでしょうか。バーチャルということはこの世界には存在しない者なのでしょう?」


「確かに、存在しないのならどうするんですか?」

 二人が言う、その通りだ。バーチャルは連れて行くことは不可能だ。パソコンで持ち込むならイケるとは思うが、それでは一緒に車に乗っている感じがしない。

 さて、どうするか。だが、問題はすでに解決している。


「それはですね、車のナビに入れて、セブンにナビをさせるんですよ」


「そういうことですか! それならば連れて行くことも出来ますな!」


「えっと、どういうことでしょう?」


 棗ちゃんは小学生が積分の計算式を見るかのように、全く理解が出来ていない。

 最近まで箱入りお嬢様だったのだ。仕方ないだろう。


「バーチャルということは、データなんだよ。だから、それをパソコンから取り出して違う所に移すということだよ」


「そういうことですか! 理解できました!」


「まぁ、ナビに入れるというよりはナビをパソコンに変えるということなんだがな」


「では、車のナビを改造するのですか?」


「いや、もう終わってますよ。前に実験として、俺の車のナビが改造されました」


 俺の車のナビは二か月前に進化している。

 彼女らはナビの新しい形として、バーチャルキャラクターがナビゲートするという企画を企業に売り込むため、開発を行っていた。その実験台にされたのが俺の車だ。


 一応、やってはみたものの、不完全で未だ開発途中だ。だが、予め作った動画を流すことで、あたかもリアルタイムでナビをしているように見えた。それに不完全と言えど、人工知能を搭載しているので、割と普通に会話することは出来る。

それでもセブン自身が自分で動くことは出来ないが。


「それは何とも面白そうですな。それで本日、動画を撮ることが出来るんですかな?」


「あーそれは無理ですね。色々と準備が必要なので」


「そうですか。ではいつになりますかな?」


「少なくとも一週間ですね」


「なるほど。早くその改造されたナビを見てみたいものですな」


 久他里さんはなんでそんなに楽しそうなんだ? もしかしてそういうのが好きなのだろうか。意外だ。てっきり、読書とかそういうのが趣味だと思ってた。


「とりあえず、一週間後には見れますよ」


「一週間後が楽しみです」


 久他里さんには悪いが、そこまでいいもんじゃないと思うんだがな。


「湊くん、準備は任せといてね。できたら、連絡するから」


「了解だ。じゃ、準備が終わったら日時を連絡してくれ」


「OK!」


 柚梨はサムズアップしてみせる。


「ということなんだけど、棗ちゃん、久他里さん、悪いけど今日はお開きでいいかな?」


「分かりました」


「畏まりました」


 と、言うわけで今日はここでお開きだ。

 どうなることやら。

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