第11話 尋問


 十分後、俺は着替えた棗ちゃんと柚梨に正座をさせられ囲まれていた。


「「それで、言い残すことは?」」


「待ってくれ、そこは弁明は? じゃないのか!」


「どこに話を聞く必要があるのかな? こんな女の子を家に連れ込んで、しかもシャワーを浴びさせているって、今からナニをする予定だったのかなんて自明の理だよ」


「湊様は私を置いて彼女さんとデートしようとしていたのに、言い訳をするんですか?」


「ふ、二人とも誤解だ! 別にやましいことをしようとしたわけじゃない!」


「「だったら、何かな(ですか)?」」


 二人の鬼気迫る攻勢に耐えながら、俺は何とか弁明の時間を勝ち取る。

 しかし、言葉を間違えると速攻でゲームオーバーだ。勿論、エロゲーのようにセーブポイントに戻ってやり直すことは出来ない。

 だから俺は慎重に口にする言葉をひねり出しながら答えた。


「まずは、棗ちゃんは俺と動画を撮っている内の一人だよ」


「ほう、それで手を出したと?」


 柚梨は腕組をしながら俺に諮問する。

 いくら何でも動画を撮っている仲間だからって、手を出すのは短絡的だろう。普通の人間ならそんなことはしないはずだ。

 ま、俺は出そうとしたんだけどね。手を出したっていいじゃないか、人間だもの。

 それは黙っておこう。確実にミンチにされる。


「出してません。ただ、めちゃくちゃ可愛いとは思いました」


「み、湊様ったらお上手なんですから」


 俺が答えたあと、棗ちゃんは恥ずかしいのかほっぺを赤くしながら照れている。

 かわええ! と、俺が棗ちゃんを見ていると、


 ゴスッ。ゴツン。


 俺の頭に何か柔らかいものが衝突する。その代わり、額は床に打ち付けられた。

 超痛てぇ! てか、なんか頭をゴリゴリされてるけど、かなり柔らかい。一体何だろうか。


「痛い! 痛い! なにしてるんだ!」 


「何って、踏んでるんだけど、分からないのかな?」


 正体は柚梨さんのお足様でした。

 額は痛いが後頭部は気持ちいい。あと、足って分かってからはさらに気持ちがいい。


「ニーソもいいんだけどさ、踏むならせめて生でやってくれないかな? そっちの方が興ふ「ああ? ぶっ殺すぞ?」」


 俺が性癖を露出したところで、彼女がブチ切れる。物凄い剣幕だ。これ以上はやばい。マジで殺される。


「すみません。なんでもないです。もうやめて下さい」


「これは天罰だから。いたいけな少女に手を出した罰だから」


「違うって! 棗ちゃんが汗をかいたから、風呂を貸したんだよ。それにもう一人が来るからそんなやましいことは出来ないって」


「でも欲望に手を耐え切れず、手を出したと?」


 聞く耳ねぇのか。あんたは! 

 そりゃ、欲望に耐え切れず覗こうとはしたがな、こちとら未遂だ! 

 罪は犯さなきゃ犯罪じゃないんですよ!

 ※ちなみに殺意がある行動は殺人未遂で罪になります。

 あれ? ってことは柚梨が俺を踏み殺そうとしていることは犯罪なんじゃ?

 駄目だ、柚梨が犯罪者になってしまう。でも、合意の上なら、罪じゃない!    

 しょうがない、踏むことを許可しよう。もっと俺を踏んでくれ!

 と、踏まれている頭を何とか動かし、ちらりと彼女の方へ見やると。



「………………」


 汚物を見るような目で見られた。


「ごめんなさい」


 謝るしかなかった。俺はそっと、また頭を動かして、地面と向き合った。


「で、手を出したのかな? どうなの?」


「だから、出してないから。ね、棗ちゃん?」


「そうなの?」


「はいそうです」


「分かった。信じてあげるよ」


 良かった。なんとか切り抜けたみたいだ。

 そして、柚梨の足からも解放される。ああ、せっかくの足がぁ。おおっと、いかんいかん。       

 今は弁明することが第一だ。足はその後だ。


「次にね、棗ちゃん」


「はい、なんでしょうか?」


「柚梨は動画の件で叩かれている俺を気遣って、外に連れて行こうとしてくれたんだよ。それに高校からの付き合いってだけで、別に彼女じゃないよ」


「本当ですか?」


「ああ」


「本当に本当ですか?」


「ああ」


「嘘じゃありませんよね? 私に嘘を付くなんて酷いことをしませんよね?」


 棗ちゃんは何度も念を押して聞いて来る。怖ええっ!


「ああ、嘘じゃないよ。な、柚梨?」


「そうだよ。だから、今日は夜まで借りていくね。ごめんね」


「待って下さい! よ、よ、よ夜までなんて淫らです! 若い男女がそういうことをするのは良くないと思います。学校で教えてもらいました」


 棗ちゃん、よくぞ言ってくれた! その通りだぞ、柚梨。


「朱鷺坂さんも十分に淫らだよね? 男の子の家でお風呂に入っているなんて無防備だし、襲われても文句言えないよ?」


 確かにそうだ。実際、俺も覗こうとしてたし。


「そんなことはありません! 私たちは信頼し合っています」


「信頼か。男女に友情は存在しないよ。大体の人はセックスしているから」


「せ、せ、せ、せ、っく、セック、なんて言葉女性が使うなんて、はしたないです! そんな人に湊様を連れ出せる訳には行きません!」


「別に何も端なくないよ。それは愛し合っての果てにあるもんだよ。新しい命を誕生させるための、子孫を残すための人類の本能。それのどこが、はしたないのかな? そういうことをはしたないって感じる方がおかしいと思うけど?」 


 おぅ。深いことを語りだしちゃったよ。

 女子がそういうことを言い合うって中々に生々しいな。

 ま、柚梨の言うことは正しい。生物は皆、子孫を残すためのコードが遺伝子レベルで組み込まれている。それは絶対的な本能で誰もが持つ、自然かつ当たり前のことだ。

 だとしても、棗ちゃんの言うこともわかる。ほとんどの人が口に出すのは恥ずかしいだろうし、柚梨の言うような全ての性行為に愛があるわけじゃない。

 それも確かな事だ。


「そ、それなら、お付き合いをなされていない、あなたと湊様が一緒に夜まで外出するのはおかしいじゃないですか!」


「学校で与えられた知識だけの人に言われたくないよ」


「だったらなんですか? いやらしいことを正当化しようとしないで下さい」


「だから、いやらしくないよ。まぁ割とみんな、セックス楽しんでるけど」


 反論する柚梨だが最後にボソッとつぶやく。  

 おい、いやらしいことじゃないか!

 みんなやっているのか。羨ましいぞ! 俺も混ぜてくれ!

 冗談はともかく、こいつ、どうせ自分もそういうもんだと理解しているくせに、分かってて棗ちゃんに言っているな。


「兎に角、湊様に手を出すなんてダメですから!」


「いつから、私が湊くんに手を出す話になっているのかな? ていうかその様付けは何?」


「ああ、棗ちゃんは良いところのお嬢様だからな。通っている学院あの有名な凛導館学院だ」


「そうだったんだ。でも、あそこ、かなり厳しいって聞いたけれどユーチューバーなんてやっていいの?」


「ダメです。稽古事や塾、公的機関以外の組織に所属してはいけない決まりがあります」


 ユーチューバーは習い事でもなければましてや、公的機関ではない。仕事にしている人も多いが、ほとんどは趣味みたいなものだ。

 ユーチューバーにも所属事務所というものがあるが、俺達はそれに入っていないし、そもそも事務所は公的機関なはずがない。どちらにせよ彼女は学院のルールを破っている。

 もし、活動していることが見つかれば処罰は免れないだろう。だから、全力で俺と久他里さんで隠匿しなければならないのだ。


「なら、なんでやっているの?」


「私がやりたいからです」


「朱鷺坂さんがやりたいってだけで、なんで、湊くんと動画を作っているのか疑問だよ。学校にもし見つかったら、湊くんも困ることになるんだよ? それ分かっているの?」


「そ、それはそうですけど」


「おいおい柚梨、そんな言い方はないだろう。俺だってそう言うのは理解してやっているからな。それに、動画を作る前にリスクを冒すことになるけどいいのか? って聞いたからさ」


「でも、どうなるか分かんないよ?」


「別にいいさ。どうせユーチューバーとして生きていくわけじゃないし、俺はやりたいことをやるだけだよ」


 俺も棗ちゃんも自由にやると決めている代わりに、責任という義務を果たすつもりでいることはお互いに確認済みだ。

 けれども、何か起きたら俺が出来る範囲で全ての責任を負うつもりでいる。だから、やめろと言われても俺はやめる必要はないと思っている。


「湊くんがそこまで言うなら、べつにいいけど。でも、部屋で二人きりとかはダメ。ましてやお風呂なんて良くないかな。これからは私の部屋に来たらいいよ。ここから近いところにあるからね」


「いや、でも、それは」


「棗ちゃん、柚梨がそう言うんだ。遠慮なく借りたらいいさ」


「では、お言葉に甘えて、今度からお邪魔させていただきますね」


「うん、後で場所を教えるからいつでも来ていいよ」


「ありがとうございます!」


 先ほどまで言い合いをしていた二人だったが、いつの間にか仲良くなった? ようだ。良かった、誰も血を見ずに済む。

 俺の疑いも晴れたし。めでたしだ。

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