第10話 彼女たちの邂逅
「観念してね。どうせ、Hな本を隠そうとしてたんだよね?」
柚梨が人差し指を立てて、少しふくれ顔をする。
これは本気で怒ってはいない。マジの時は笑うのだ。無言の笑みで。
それにしても、可愛い。
柚梨は五分袖の淡い水色のカットソーに、下は強い黒色の短パンのデニムとニーソックスを履き、涼しげな格好だ。五月の末日も近いという事もあり、外は割と日差しが強め。その日避けのためか、オシャレなキャップを被っていた。
容姿に関しても抜群だ。美少女と言うに相応しい顔立ち、艶のあるミディアムショートの黒髪、優しい目つきに加え、出るところが出ており、そのほかは引き締まっている。
「い、いやそうじゃなくて」
「嘘なんていいから、部屋、今から片付けちゃおう」
「わかったよ」
「素直でよろしい」
奥のリビングへとどんどん進んでいく、柚梨。
結局、何一つ目的を達成できないまま俺は柚梨の侵入を許してしまった。
まぁ、棗ちゃんの存在がバレていないのならいいか。
「結構片付いているね。なんでそんな必死だったのかな?」
「ちょっとな」
「あ、これか。隠してたのは」
リビングを見回した彼女は開きっぱなしの俺のパソコンを見て、小さく呟く。
「ああ、それは」
「変な動画でも見てたんでしょ? もう、そんなのを見るより、私みたいな可愛い彼女を見付けようよ?」
「お前みたいに可愛い奴なんてそういないだろ。それに居たとして、どうしようもねぇよ」
自分で可愛いと冗談じみて言う、柚梨だがマジで可愛いところ、文句がつけられん。
その辺のアイドルよりよっぽど上だ。
「も、もう! 褒めたって何もないよぉ?」
柚梨は少し、頬を赤らめて俺から顔を背けると、パソコンの画面側へ回り込む。
「これ、見てたんだね。こんなの見たってしょうがないよ」
「それはそうだが」
「今まで、こんなに荒れたコメントが返ってきた事がなくて、困ってたんでしょ? 誹謗中傷されて落ち込んでるなら外行こうよ? スカッとね。一発いっとこ? ね?」
柚梨は両手で握りこぶしを作って縦に重ね、バットを振るようにブンブンと腕を振る。
「別に落ち込んではないさ。謝罪動画でも撮ろうかと思ってたんだよ」
実際には撮らないことになったが。
「へぇー、謝罪動画か。別に撮らなくいいと思うよ」
「なんで?」
「だって賛否両論だし、この動画。面白いって言ってくれている人だって居るよ? あと、別に人に迷惑なんてかけていないし、こういうのは何でもかんでも叩きたがる人いるから」
「お前もか」
「え? お前もって何?」
正直驚いた。まさか棗ちゃんと同じことを言うとは。柚梨の事だからユーチューバーをやめろとでも言いだすのかと思った。
こんな問題動画を出すくらいならやめてしまえと。だから謝罪動画はいらないと、そういう理由だと考えていたが、そうではなかったらしい。
「いやな、同じことを言った人が他にもいてさ」
「そうなんだ。だったら気にしなくたっていいよ」
「分かったよ。で、今日の用事はなんなんだ?」
「ん? 二つあったんだけど。一つはもう終わったよ」
「終わったって?」
「一つ目は、動画を叩かれて、落ち込んでいる湊を外へ連れ出そうと思って」
なんとなくは気付いていたがやはりそうか。
こいつは本当に気遣いが出来る。
高校の時には誰もやりたがらない、委員長を俺が任命され、その時はわざわざ副委員長に名乗り出て、手伝ってくれもした。後は、校外学習や修学旅行での行動班を決める際には同じ班に入れてもらったこともある。
ただ、それは俺だけじゃなくて、誰に対してでもそういうことが出来る凄い奴なのだ。
彼女は本当に人間として、尊敬できる。
「だから、動きやすい格好だったんだな」
「うん」
「だが、それは無駄だったな。さっきも言ったが、俺は落ち込んでいないからな。外には出ないぞ」
「何を言ってるのかな。無駄にしないために今から外に行くんだよ! その後で大事な話があるから。それが二つ目。私、もう我慢できないからね」
「ここじゃ、ダメなのか?」
「ダメって訳じゃないけど、たまには外に出ないとね。どうせ、ずっと家に引き籠ってるんでしょ?」
「動画を撮るために外に出てるって」
「体を動かさないとダメだよ。とにかく行こうよ、バッティングセンター。いつもみたいにね。それに隣にあるゲームセンターにも最近は行ってないし、湊くんに太鼓の鉄人、負け越してるから私。勝ち逃げは駄目だぞ?」
そう言ったあと柚梨は俺の手を掴み、玄関の方を目指して歩いていく。
「待てって、今は忙しいんだよ!」
俺が、喚くのはこいつの異常性を知っているからだ。一緒に外で遊んだら帰りはとんでもなく遅くなる。過去には朝帰りなんてこともあった。
勿論やましいことは何もなかった。
帰りが遅くなる理由は負けず嫌いだからだ。こいつは人の千倍は負けず嫌いで、勝負ごとになるといつも勝つまで挑んでくる。その所為で帰るのが遅くなるのだ。バッティングセンターでは、ホームランマークに当てるまで付き合わされるので、いつも筋肉痛になる。
そして、勝負事が大好きだ。だから、こうやって、訪ねてきては無理矢理に連れ出す。この被害に遭っているのは、俺が知っているだけでも数人いる。それはみんな女子だからいいが、それでも女の子が夜遅くまで外にいるのは危険だ。
因みに俺は、面と向かって男として見ていないと、彼女から言われ、俺がヘタレであることも悔しいがバレているので、頻繁に連れ出される。彼氏に申し訳ないなぁと思いつつも、結局はあらがえないのだ。
「いいから、行くよー!」
「落ち着いてくれ! とりあえず話をしよう! 俺の体が持たん」
「だーめ!」
「うあわああああ! 誰か助けてくれぇぇ」
不味いな。このままだと棗ちゃんを置いていくことになりそうだ。
しょうがない。急用が出来たから、今日は帰ってもらうように久他里さんを介して、メールで伝えないと。
急にいなくなったら、棗ちゃん怒るかなぁ。
そんな風に考えていた俺だが、その必要はなくなった。
なぜなら、
「助けてって、ど、どうしたんですか! 湊様、大丈夫ですか! って、え?」
「え?」
俺を引きずっていた柚梨だが、その動きが止まる。ついでに時も止まった。
目の前には慌てた様子で飛び出してきた棗ちゃんがいたからだ。しかも服を着替えることなく、バスタオルを巻いたままの。
これは最悪だ。部屋にいることがバレただけの場合と、部屋にいるプラス、お風呂に入っていることがバレるのは相当に違う。
俺と棗ちゃんはそういう関係ではないが、傍から見ればそういう風に見えてしまうのは必然だ。
ああ、またお説教タイムだ! 今度は何時間正座させられるんだろうか?
「あ、あなたは誰でしょうか! その人を無理やり連れ出そうとしているみたいですが、まさか! 誘拐でしょうか!」
「あなたこそ誰かな?」
「私は湊様のパートナーの朱鷺坂棗です。その方は私の大切な人なんです。連れて行かないで下さい!」
「ふーん。そうなんだね。私の名前は七八瀬柚梨。湊くんの大学の同期で高校からの付き合いなんだよ。今日も一緒に遊びに行こうかと思ってたんだ」
「そうなんですね。湊様には彼女がいらしたんですか。湊様、少しお話があります」
「ひぃぃぃ」
棗ちゃんは今までに見せたことのない表情を浮かばせる。それはまるでアニメのキャラのように目からハイライトが消え、暗く、とても暗く光を失っていた。
え、なんで怒っているの?
「みーなーとーくぅーん? 私からも少しお話いいかなぁ?」
「ひ、ひぃぃぃ!」
怒っている。完全に怒ってらっしゃる。彼女の怒りの笑みがこちらに向けられ、そうして俺は竦みあがる。
「朱鷺坂さんも着替えて、髪を乾かしたらリビングに来てね」
「はい」
そうして、俺はまたも引きずられリビングへと引き返すことになった。
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