第6話 初撮影開始!
棗ちゃんはリスクがあっても動画に出ていいと言っていたが、やはりそういうわけにもいかないので、動画内には出ることなく裏方に回ってもらうことにした。
駄々をこねるかと思ったが、案外あっさり了承してくれた。
理由は棗ちゃんは動画を作りたいのであって、別に動画に出たいわけではないらしい。
なので、動画にたまにだけ動画に出ることになった。だが、映るときは基本的に出演時間を限りなく減らし、マスクをしたりして正体は隠匿するようにしており、基本は喜んで裏方をやっている。
因みに久他里さんに関しては一応、朱鷺坂家などの人たちにバレないよう変装している。左のモノクルを右に掛け、それから髪形を大きく変えている。
また、顔も特殊メイクや何やら変装術で変化させていた。
そして、棗ちゃんは動画にかかる費用も全て出してくれている。年上の男として何とも情けないが、お金は腐るほどあるらしく、使いきれないので動画で使いたいとのことだった。
というわけで、ありがたくお嬢様の恩恵にあずからせてもらうことにしました。
いつか、返す! いつかきっと………………。
「それでは撮影しますよ………………どうぞ」
棗ちゃんがカメラを持ち、録画モードに切り替えると合図を送ってくれる。
「ハイ! どうも皆さんこんにちは! カミツレCHANNELのハクです」
「年金系ユーチューバー、セバスです!」
「「よろしくお願いします!」」
俺と久他里さんは並んで最初の自己紹介を始めた。久他里さんが新たに加わったので、それを視聴者に伝える用の動画を作らないといけないわけだが、それはこの 後に撮って先に投稿する手筈になっている。
久他里さんのユーチューバーとしての名前がセバスなのは、執事と言えばセバスだろうということだからである。加えてチャンネル名が変わったのも二人が加入したからだ。
由来はもともとのハクを加えた名前にしようと俺からは白を選出し、棗ちゃんが花が好きで、ちょうど久他里さんがカモミールティーを入れてくれており、カモミールは白い花であることからそう決まった。カモミールからカミツレになった経緯はカモミールの和名がカミツレというからで、俺たちが全員日本人だからである。
「今日はセバスさんが加わって初めての動画ですから、派手にいきたいと思います! それじゃセバスさん、動画の内容をお願いしま——す!」
「それではわたくしからご紹介させていただきます、本日のメニューは『ヘリコプターで綱引きをしてみた」です!」
「これはやばいですねぇ。操縦するのはセバスさんとその部下ですが………………」
こうやって、一分半ほどトークを行い、オープニングを撮り終える。
そうしている間にすべての準備が出来たようで、
「師匠、ヘリの準備完了しました。野上先輩はすでに搭乗し、いつでも離陸できるそうです」
「分かりました。では、お嬢様、湊殿、戸田君、わたくしは行ってまいります」
「行ってらっしゃい」
「お気をつけて」
「師匠、頑張ってください」
棗ちゃんはカメラを久他里さんに向けて動画を取り、戸田君は応援をしている。
そして、久他里さんがヘリに乗り込み、ローターが動き出す。
すると、野上さんの乗っている方が先に離陸し、距離を取ってからもう一方も離陸する。
久他里さんの説明ではヘリ同士の接触が無いようにするための措置だと聞いた。
『そろそろ、引っ張り合いを始めてもよろしいですかな? 湊殿』
「OKです。じゃぁ、今から三十秒後に引き合って下さい。双方にタイミングを指示するので、それでお願いします。野上さんもよろしいですか?」
『ああ、了解だ』
二人とは無線で繋がっており、それで連絡を取り合うことになっている。ヘリの操縦が出来ない俺は大体の事を彼らに任せていて、ほとんどやることはない。
二台のヘリはホバリングを行いながら、綱を少したるませる距離を保つ。ヘリは特殊改造がされており、本来、機関砲があるところに綱を取り付けるための器具を備えていた。
「羽寝崎君、十秒前だよ」
「了解、七、六、」
ストップウォッチ係の戸田君がタイマーをみせてくれる。
それに合わせて俺はカウントを始めた。
「四、三、二、一、始めて下さい!」
『畏まりました!』
『OK!』
二人から返事が返ってきた途端、ヘリは双方、引っ張り合いを始める。
綱はピーンと張り、軋み上げる。これは一般的な綱引きではないので勝ち負けは存在せず、ただヘリコプターで綱引きをしたらどうなるかという検証動画だ。
「これはどうなるんだ! やばいやばいやばい!」
俺は動画のために喋るが、ヘリの大きな音で多分聞こえていない。臨場感溢れる動画を撮りたいなとは思っていたが、臨場感あり過ぎだ。ヘリを間近で見るのも初めてだが、ヘリ同士をこんなバカなことに使うなど誰も見たことないだろう。いい 動画になりそうだな。誰も怪我しなければだが!
微妙な気持ちで見守っていると、久他里さんの乗っているヘリの様子がおかしいことに気付いた。妙に変な音がする。
おいおい、これは危険だろ!
多分、二人も気付いているはずだ。すぐにでも止めるだろうから心配は無いけど。一応、予め中止するときの指示を決めていたのでそれを二人に送る。
「直ちに停止せよ! 直ちに停止せよ!」
『畏まっあああああああああ』
『了かうおおおおおおおお』
遅かった。久他里さんの操縦する機体がエンジン部分から黒煙を上げ、終いには綱が切れる。その反動で、野上さんの機体はバランスを崩すが何とか持ち堪えはした。
しかし、問題は久他里さんの方だ。完全にバランスを失ったヘリは横回転しながら墜落してゆく。激しい黒煙に巻かれているため詳細が良く分からない。
どうにかならないか!
『メーデーメーデー! メーデジジジジジィッ』
駄目だ、終わった。
メーデーと叫ぶ久他里さんの声が途中で絶えた。
「「久他里さぁぁぁぁぁぁぁぁん」」
「ししょーおおおおおおおおお!」
「親方ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
地上で待機していた俺たち三人とヘリに乗っていた、野上さんが落ちてゆくヘリに向かって大声を上げる。
そして、
バァァァァァァァァァァァァン
遂にヘリは木が生い茂る森の中へと落ちて行き、その瞬間、強烈な爆破音が聞こえてきた。
嘘だろ。
「なんてこと………………」
「まだ、今なら師匠を! 助けに行こう!」
「まて、ダメだ! 危険すぎる。俺たちにできることはない!」
「そ、そんな。それじゃ、し、師匠がっ!」
絶望する棗。パニックになって助けに行こうとする戸田君だが、俺は二次被害を出さないために必死に止める。
「なんで、なんで、こんなことにっ! わ、私の所為ですっ! 私のせいでぇっ!」
「師匠、ううっ、師匠あああああ」
「くっ!」
俺達三人はそれぞれ、絶望や悲しみ、後悔の感情に襲われる。
だがそんな中、のんきな声が空から聞こえてきた。
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