第5話 初めての動画撮影
「棗ちゃん、ここは何処なんだ?」
「ここは私の私有地です!」
「マジか!」
「はい、マジです!」
三人体制のユーチューブ活動が始まって二日。今日は土曜日の午前十時。
棗ちゃんから動画の企画を考えたので来てほしいと頼まれ、俺は久他里さんに連れらて緑あふれる豊かな大地にやってきていた(北海道)。
立っている場所はサッカースタジアムより広い芝生で整備されている。周囲を見回しても大きな木々が絶えることはなく、どこまでも続いているようだ。
「こりゃ、凄いな。テレビとかで見るゴルフ場よりも広いんじゃないか?」
「敷地面積で言いますと遥かに超えてはいますが、芝生地帯はこの辺りだけでございますから、芝生面積ではかないませんな。しかし、それだけの芝生が必要とおっしゃるなら一か月待っていただければご用意いたしますが?」
久他里さんがそう言うが、ゴルフ場を超える芝生が動画で必要になるとは思えん。
丁重にお断りしよう。てか、それだけの芝生が必要な企画ってなんだよ! 一〇〇トンの芝生を燃やしてみたっていう動画しか思いつかないよ! それじゃ文字通り炎上するぞ!
「ま、まぁ必要になればその時で」
「畏まりました。ではお嬢様、湊殿、長旅でお疲れではないでしょうか?」
「ええ、大丈夫です」
「はい問題ありません」
疲れたというよりはわくわく感の方が勝っていたからどうってことはないが、問題はその移動手段だ。飛行機に乗った際は最高クラスの席が用意されるどころか、自家用ジェットだった。
棗ちゃんの外出は久他里さんと数人のメイドやら執事、ボディガードが付いて行くならと許可が出ていた。その所為で、居心地が悪かったというのもあったのだ。
あまりにも俺の場違い感が半端じゃなくて緊張した。
だが、それにしても友達と遊んではいけないのに何故北海道に行くのは良いのか理解が出来ないな。最上級のお金持ちの考えることはやっぱり良く分からん。
そして、なんの動画を撮るのか聞かされていないから不安だ。まさかこの森に入って熊猟とかサバイバルとかじゃないだろうな。
動画的には面白そうだが危険も伴うし、できれば安全な企画であってほしい。
まぁ、箱入りお嬢様の棗ちゃんのことだから、そんな危険な企画ではないだろうけど、それにしても一体何をするんだろうか。
「湊様、そろそろ撮影の準備ができるようですよ」
「え、どこ?」
棗ちゃんは広い芝生の向こう側に手を広げる。だが、そこには一面の芝あるだけで何もない。一体どういうことだ?
「あちらの上空でございます」
「上空?」
久他里さんに促されて向こう側の空を見上げるとそこには
ババババババババババッ!
バリバリバリバリバリッ!
二台のヘリコプターがやってきていた。しかもアパッチ! なんで軍事ヘリを民間人が持ってるんだよっ! おかしいだろ!
さっきからうるさいなとは思っていたが、まさか撮影用だったとは。
というか今から何をするんだよ! 軍事ヘリを使うとか危険な雰囲気しかない。
「これから何をするんだ?」
「綱引きです!」
「ツナヒキ?」
予想外過ぎて反応が外人みたいなイントネーションになってしまったわ!
「はいそうです! 今からヘリコプター綱引きを行います。題して『ヘリコプターどうしで綱引きしてみた』ですっ! そのままですがインパクトがあって面白いとは思いませんか?」
うーん。インパクトはあるけれどやばくね?
絶対事故するじゃん。死ぬよマジで。死人が出たら動画にできないし、まさか俺が運転するとかじゃないよな?
そもそも運転できないし。てか、なんでこんな企画を思いつくんだよ。俺だって、お金持ちがやる企画って何だろうって考えたけどこれは予想できんわ!
熊猟とかサバイバルとか目じゃない。マジでクレイジーなやつだ。
飛行機の中では、棗ちゃんがユーチューブで見た動画からヒントを得たって聞いたけど一体なんの動画を見たんだ!
「なんでこれをやろうって思ったの?」
「機内でも申し上げた通り、とある動画チャンネルからヒントを得ました」
「どんな動画チャンネルなの?」
「アメリカのユーチューバー、ジャクソン・デーモン様のクレイジー・ジャクソンっというチャンネルで、主に機関銃でハンバーガーをハチの巣にしたり、チェーンソーでテレビを居合切りしたり、低空飛行している自家用ヘリに向けて、高威力ペットボトルロケットを発射したりしている動画です」
俺は聞いて戦慄し、納得した。
そりゃ、そんなもん見ればこんな企画思い付くはずだ。
アメリカのユーチューブとか過激なのが多いからなぁ。チャンネル名にクレイジーって単語がちゃんと入ってるし! デーモンって名前が付いてるのもアメリカっぽいな。
「もしかして、棗ちゃんがこの間見てハマった、っていう動画ってもしかしてアメリカの危険な実験動画だったりする?」
「正解です! 流石は湊様です!」
「いやいやいやいやっ! ヘリコプターで綱引きとか危なすぎるから! 面白くても死人が出るような奴は駄目だっ!」
「湊殿、案ずることはありません。このわたくしとその部下が運転しますので」
「いや、案ずることめっちゃあるよ⁉ 誰が運転するとかじゃなくて、安全が第一だから。命大事に!」
なんなんだこの人たち。おかしすぎるだろ! 平気でこんなバカげたことを笑顔で言いやがる。狂ってるぞ。倫理とか無視しすぎだ。
「いえいえ、ちゃんと実際にテストプレイして成功しておりますし、いざという時の訓練も軍隊仕込みですのでご心配はいりませんぞ!」
「それは本当ですか?」
「はい、嘘偽りありませんな」
「ですから、運転は久他里さんと野上さんに任せて私達は撮影でも致しましょう」
あ、もう一人の操縦士は野上さんって言うのか。多分巻き込まれているんだろうなぁ。
と、そうこうしている内に離れた場所で荷台のヘリコプターが着陸してようとしている。映画やアニメでは屋上で荒れ狂う風の中、ヘリに乗り込むシーンを見るがやはり離れていても割とダウンウォッシュ(ヘリのメインローターから発生する吹きおろし風のこと)を全身に受ける。帽子も押さえていないと飛んでいきそうなくらいには強い。
「師匠! ただいま到着致しました!」
ヘリから降りてきた少年が久他里さんを師匠と呼びながら、此方に駆け寄って来る。この人が野上さんなのだろうか。もう片方のヘリの操縦士は機体から運動会などで使う綱を下ろしていた。
「そうですか。ご苦労様です。では野上君と共にヘリ綱引きの最終準備とチェックをお願いできますかな?」
「はい! あ! あなたが羽寝崎様でございますね? お嬢様や師匠から聞き及んでいます。僕は戸田(とだ)淳一(じゅんいち)と言います。今日はよろしくお願いしますね」
こっちは野上さんじゃなくて戸田さんだったのか。それにしても若いな。まだ、高校生くらいだろうか。執事見習いとかそんな感じっぽいな。けど、その年でヘリを操れるってすげぇな!
「よろしくお願いします。あと、様はいらないし、敬語も別にいいよ」
「そうですか。では羽寝崎君と呼ばせてもらうよ」
これで、気を許して話せる奴が出来たな。常に敬語で話されるのは結構なくらいに気を遣うし。
棗ちゃんは俺の事を様付けで呼んだり、敬語を使うが彼女は誰にでも敬語を使うらしく、俺を様付けで呼ぶのはそうしたいからだそうだ。
久他里さんに関しても敬語は基本的に使うみたいで、今は湊殿と呼ぶが、様付けは朱鷺坂家の使用人以外には使っているらしい。
「淳一! こっち手伝ってくれー!」
「はい! 今行きます!」
そうして、戸田君は野上さんに呼ばれて走って行く。そこでは綱をヘリに取り付ける作業を行っている。なんだかんだ、やる流れになっているなこれ。
仕方ない。それじゃ、
「オープニングでも取りましょうか。大体の感じは機内で伝えたようにお願いします。ミスったら取り直せるんで、気を楽にしてください」
「畏まりました」
動画の内容は聞いていなかったので、綿密には出来ていないが、オープニングは基本的にテンプレで、そこに今回の動画内容を当て嵌めていく感じだ。フリは俺からするのでそれに応じてしゃべってくれればそれでいい。
「じゃあ、棗ちゃんは撮影、任せたよ」
「はい! 任されました」
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