第3話 お嬢様はユーチューバーになりたい

「さてと、この間の続きを取るか」


 三日前、朱鷺坂さんとの遭遇や警察に連行された(取りっぱなしの動画のおかげで助かった)こともあって、動画を取ることが出来ずにいた。今日はそれの撮り直しで三日前と同じく、俺は緑地公園にやってきている。


 いつも撮影ではここに来るのだが、今日も変わらず親に連れられた子供たちが楽しく遊んでいたり、年配の方がお散歩をしていた。

 そしてやはり、俺は三日前みたく遊歩道の端でごそごそとしている。

 しばらくして撮影の準備が出来たので、録画ボタンを押してカメラの前に立つ。


「ハイ! 皆さんこんにちは! ハクCHANNELのハクです! 今日はですね、この小麦粉を使って実験をしていきたいと思います」

 

 カメラに向かって俺はテンションを上げ、笑顔で動画のオープニングを撮る。

そして、一度カメラを止めた。理由は少し準備がいるからだ。前準備はしているものの、どうしても直前にしないといけないことがある。だが、そこは別に映さなくてもいい場面だ。そんなものを撮っていては無駄だからである。


「あ、動画を撮っているところすみません」

 

そうして、準備をしていると聞き覚えのある声がかけられた。多分あの人だろう。


「羽寝崎様、こんにちは! 棗です」


「朱鷺坂さんこんにちは。今日はどうしたんだ?」


 やはり、朱鷺坂さんだった。ここへ来る前にもしかしたら会えるかもと思っていたが、まさか本当に会えるとは。


「今日はお願いがあって来たのです」


「お願いって?」


「実は私、羽寝崎様に教えてもらったユーチューブを見てハマってしまったのです! そして、よろしければ羽寝崎様と一緒に動画を撮らせてはもらえないでしょうか?」


「おぉ。そう来たか」


 いきなりすぎて、俺は間抜けな声とアホみたいな顔を朱鷺坂さんに晒してしまう。そうして、今でも理解が出来てないほどだ。


 え? 俺と一緒に動画を撮る? なんで? 意味が分からなさ過ぎて思考を停止させてしまいそうになるが、踏みとどまって何とか思索する。

 一瞬、金持ちの道楽かと考えたが朱鷺坂さんはそんな人じゃないだろう。まぁ、俺がこの子の為人を把握しているわけではないから、そうとも言い切れないが、やはりそうではないと確信が持てる。

 理由は単純で、彼女の目が本気だ。輝いていて、そして必死な眼をしている。

 そして、俺は答えを決めた。


「だ、ダメでしょうか?」


「ダメだよ」


 しばらく言葉を発しなかった俺に向かって、朱鷺坂さんは上目使いとか細い声で聞いてくる。

 そんな彼女に少し罪悪感を覚えながらも俺はきっぱりと断ることにした。


「っ⁉」


 俺が断りの言葉を口にした瞬間、朱鷺坂さんは驚きと戸惑いとそれから残念を交えて三で割ったような表情する。所謂、びっくり顔だ。

 この時に、もう一度俺は罪悪感を覚え、同時にこれでいいという思いも抱く。


「ごめんね。君の申し出はありがたいけどそれを受けることはできないよ」


「理由を、理由を聞かせて戴いてもよろしいでしょうか?」


「分かった。理由は至極簡単なんだけど、朱鷺坂さんは学生だからだよ」


「ですが、高校生でも中学生でもユーチューバーをやっている方は居ます。なので、それは理由にはならないのではないでしょうか? それに勉学の事を心配なされているのでしたら私の事は大丈夫です。一つお稽古が増えるのと変わりません」


 朱鷺坂さんは必死に反論しているが、それでも俺の心は変わらない。なぜなら彼女の述べていることが俺の止める理由ではないからだ。

 何が理由なのかというと、


「確かにそうだ。朱鷺坂さんの言う通り、学生ユーチューバーは沢山いる。何なら、小学生以下のユーチューバーもいるよ。ほとんどは親が管理しているけどね。それに学業との両立の事もそうだけど、でも違うんだ。朱鷺坂さんは学院を卒業したらどうするの? 就職? それとも進学?」


「えっと、何を仰りたいのか私にはさっぱり………………」


「じゃあ、はっきり言うとね、ユーチューバーになると就職や進学に不利になるかもしれないんだよ」


そうこれが理由だ。


「どうしてなんですか」


 朱鷺坂さんはまだ良く分かっていないようだ。なら、この際しっかりと話しておかないと。

 彼女がもし今後一人でユーチューバーになろうと考えた時に、本当にソレになるのかと熟慮する判断材料としてもらうために。 


「ユーチューバーは進路で不利になることが多い。ユーチューブを日常的に利用するユーザーや、ユーチューバーとコラボを行う企業以外からは就職や進学の時には色眼鏡で見られることになる」


 進学に関しては学力で決まるのが普通だから、ユーチューバーってだけで不合格になったりはしないだろうが、推薦入試だと厳しいかもしれない。

 それに過去には在校している生徒がユーチューバーになって動画を撮っていると、学校の生徒として相応しくないと言われて、学校から退学かユーチューバーを辞めるか選択を迫られた前例もある。


「でも、それなら面接の時にユーチューバーです、って言わなければいいのではないでしょうか? それにわざわざ履歴書に書くわけではないんですから」


「これだけは断言できる。それは違うよ」


「えっ?」


 彼女はまるでユーチューブというものを、ネットというものの怖さを分かっていなかった。

 そりゃそうだ。彼女はネットを最近知ったばかりなんだ。そんな子がネットのデメリットについて知っているわけがない。


「まずねネットについて前に説明したよね? 覚えてる?」


「たくさんの人が色々な動画や画像、情報を見たり聞いたりできる便利なサービスですよね?」



「そう。つまり、ネットというものは大勢の人間が気軽に目に出来るんだよ」

「あ!」


 そんな驚きの声を出した朱鷺坂さん。

 ようやく、俺が言いたいことが理解できたみたいだ。


「もう気付いたよね? そういうことなんだよ。就職や進学時に向こうの人達も見て、自分たちがユーチューバーである事を知っているかもしれないということなんだ。それは俺たちがユーチューバーをやってます、って言わなくてもね」


「確かにそうですね。でも、それがなぜダメなのか私には判りません。ユーチューバーであることが何故、進路に影響するのか教えてください!」

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