第2話 執事現る
「あれ、もうお迎えの時間ですか?」
俺のな! 地獄行き決定!
「ええ、お嬢様。ところで、本日は何をなされていたのですか? 随分と楽しそうにお話をされていましたが、此方の方はご学友でしょうか?」
お? もしかして俺が部外者だって気付いていない?
よぉーし。頼む、「ご学友です」って答えてください。そこの天使様!
必死に俺はジャスチャーと口パクで伝えようとする。
だが、
「? いえ、私の友人ではなく、ユーチューブにUPしようと動画を撮っているユーチューバーの方です。いろんなことを教えて下さったのですよ!」
伝わらなかった。
親や学校からネット関係が禁止されているのに、それを教えたとあっては俺は大罪人だ。
確実に殺される。終わった。
「そうですか。貴方様には、お嬢様がお世話になりました」
項垂れる俺に向かって、爺さんが頭を下げる。
「え? 俺、死ななくても良いんですか?」
「はぁ、何のことでございましょうか?」
きょとんとする俺に向かって、訳が分からないといった表情で爺さんは訝しむ。
「いや、だって、凛導館学院の生徒に近づいたら殺されるって話が」
「そんなこといたしません。勿論、害をなすものであれば私共は容赦いたしませんが、お嬢様が笑顔でいらっしゃるのなら何も問題はございません。近づく者を始末していたのは十年も前のこと」
十年前は殺っていたのか! いや、聞かなかったことにしておこう。
「そういうことだったんですね」
「お分かりいただけましたでしょうか?」
「じゃあ、なんでナイフを?」
「ああ、これですか。これはそこの木の上でわたくしが林檎を剥いて食べていたからです」
「紛らわしいな!」
彼は綺麗に繋がった林檎の皮を見せてくる。確かに林檎を食べていたようだ。ひとまず、俺が殺されることはないようだ。
「
「それもそうですな。では失礼」
「本日はありがとうございました」
「さようなら」
案外あっさりと別れの時間のようだ。
執事と少女は一礼して踵を返し、それを俺は手を振って見送った。
「あ、久他里さん、待ってください! 少し用事が」
「お嬢様?」
と、五メートルほど向こうから少女が走って戻って来る。
「あ、あのまだお名前を聞いてませんでした。私は
何事かと思ったがそういうことか。確かに名前は聞いてなかったな。
「俺は
「そうですか。羽寝崎湊様、良いお名前です」
「朱鷺坂さんはかわいい名前だね」
「そ、そんなかわいいだなんて! 恥ずかしいです」
朱鷺坂さんは赤く染まった頬に両手をあて、もじもじとしている。
こ、これは惚れてまうっ! なんて破壊力だ。まさに天使! と、俺が気持ちの悪い感じで感想を抱いていると、
「先ほど苗字はお聞きになったと思いますが、わたくしのフルネームは
「うわっ! いつの間に!」
先ほどまで離れたところにいた久他里さんが、気付かない間に俺の右隣で自分の胸に右手を置き、四十五度頭を垂れていた。
「ふっふっふ、執事の必須技能でございます」
いや、執事というより、容易く木に登ったり、降りたり、気配もなく一瞬で現れるとか忍者じゃね? それかそういうのは黒執〇の世界だけだと思ってた。まさかこの執事、悪魔か?
びっくりしている俺を見て朱鷺坂さんはにっこりしていた。
何この子、悪魔と契約でもしてるの?
「それでは久他里さん、改めて帰りましょうか。羽寝崎様、それでは失礼いたします」
「では」
「さようなら」
さっきと同じ言葉で俺は二人を見送る。今度は戻ってくることもなく、夕暮れの中に消えていった。
それにしても朱鷺坂さん、綺麗な子だったなぁ。世間にはあまり詳しくないけど、礼儀もきちんとしていたし、身だしなみも抜群だった。
久他里さんも凄腕のベテラン執事みたいだし。
お金持ちってやっぱりこうあるべきだよな。それに比べて俺は…………。
散らかった小麦粉と取りっぱなしのカメラを見て、俺は哀しくなった。
「今日のところは帰るか」
「あのう、すみません」
若い女性の声が背後からする。
朱鷺坂さんとは違う声だ。まさか、また美少女か! もしかすると美少女ゲーム主人公まっしぐらルートなのでは!
意気揚々と俺は笑顔で振り返った。
待っていてくれ、まだ見ぬ美少女よ!
「はい! なんでしょう…………か」
「警察の者ですが、白い粉を持った青年が笑いながら独り言をぶつぶつと言っている、周囲の子供を恐怖に陥れていた、少女にセクハラをしているなどとの通報がありまして」
現実は甘くなかった。
振り返った先には美人だが、残念なことに警察官の制服を着た女性が居り、しかもその後ろにはゴツイ体形で厳つい顔をした男性警官が二人いる。
あのババァども。通報しやがったな! しかも話に尾ひれが付いているじゃないか!
「俺の美少女おぉぉぉぉぉっ!」
「ひぃぃぃっ! 変態!」
無念のあまり俺は叫んだ。地団太も踏んだ。精一杯の悲しみの表情で女性警官に泣きつき、その所為で彼女は仰け反り、悲鳴を上げる。
「確保しろっ!」
「男が暴れだしました。至急応援をお願いします!」
男性警官たちが婦警さんの悲鳴を聞いて、一気に俺を取り押さえようとする。
近くで別の女性警官が手錠とか取り出しているけど逮捕されないよね?
明日は来るんだよね?
こうして、俺の一日は珍しくも慌ただしく過ぎていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます