悪いのは?

 まだ、捺は来ない。風邪でもひいたのだろうか。流石に心配になったので、今日の放課後に捺の家まで行くことにした。あのチョコレートを持って。

 教室のドアが開いて担任が入ってくる。

「おはよう。早速で悪いがみんなに重い話をしなくてはならない」

担任がコホン、と咳払いをした。

「三島……三島捺が亡くなった。交通事故だ。どうやらふらふらした足取りで道路へ――」

 捺が、死んだ? どうして? ……あの時、捺の顔色が暗かったのにも気がついていた。なのに理由も聞かず追い詰めるようなことを言ってしまった。一週間もあったのに一度も家に赴かなかった。理由を聞いていれば、家にお見舞いに行っていれば、こんなことは起きなかったかもしれない。そんな考えに取り憑かれる。吐き気と後悔がせり上がってくる。いくら責めても終わりがない。目の前が真っ暗になる。

「先生! 依莉ちゃんが!」

 私は意識を手放した。

気がつくと保健室のベッドの上だった。

「気がついた? あなた、教室で倒れたのよ。早退届出してあげるから今日はもう帰りなさい」

私はふらつく頭を抑えながら下駄箱までやってきた。保健室の先生になんて返事したんだろう。どうやってここまで来たんだろう。なぜ鞄を持っているんだろう。のろのろと靴を履き替える。

「依莉ちゃん! 待って!」

腕を引っ張られてハッとした。引っ張ってるのは真紀ちゃん。

「ど、どうしたの? 真紀ちゃん」

「あのね、捺ちゃんのことなんだけど……」

私たちはあまり使われてないトイレに場所を移した。

「チャイム鳴ってるけど、いいの?」

「いいよ。それより……体育祭のことなんだけど」

前置きして、真紀ちゃんは話してくれた。

「私がクラスメイトの子と一緒に外に出たら、捺ちゃんのお父さんに手招きされたの。それで、どうしたのかなって思って捺ちゃんのお父さんの方へ行ったら、いつも捺と仲良くしてくれてありがとうって言われて封筒を渡そうとしてきたの。お金だって。……もちろん私たちは断ったの。そのために仲良くしているんじゃないって。でもどうしても引かなかったからしぶしぶ受け取ったの。そこを捺ちゃんに見られちゃって……。慌てて呼び止めて誤解だよって言いたかったんだけどそれより早くに捺ちゃん行っちゃって……」

泣きそうな声で、私たちのせいなんだ……と真紀ちゃんは言う。

「……そっか、でもトドメを刺しちゃったのはきっと私だから」

驚いた顔で真紀ちゃんが顔を上げた。

「え……だって依莉ちゃん、あんなに捺ちゃんのこと……」

私は泣いてるのか笑ってるのかよくわからない表情を浮かべた。


横断歩道の近くで車道の方を向かせて手に持った花束を置いた。その前にしゃがみ込んで私は手を合わせた。

「ごめんなさい……」

ポツポツと雨が降っているのに気がつかなくて、少し濡れてしまった。


「すみません、捺さんの友人の鈴宮依莉です。この家のご主人に用があるのですが」

ちょっとお待ちください、という声がインターホンから聞こえる。しばらくして捺の父親が出てきた。

「いらっしゃい、鈴宮さん。……どうか、しましたか」

「お参りをさせていただけませんか。それと、旦那さんに聞きたいことがあって」

私は豪華な部屋のいくつも過ぎて一番飾り気のない仏間の通してもらった。捺の遺影がある。本当に、捺は死んだんだ。手を合わせて、祈る。また泣いてしまった。

カラン。アイスティーの中の氷が鳴った。

「それで、聞きたいことは何ですか?」

「はい、単刀直入にお聞きします。……私たちの学校の体育祭の日、クラスメイトにお金を渡していたと聞きました。なぜ、なぜそのようなことをしたんですか」

「やっぱり、そのことでしたか。……私の家はこんな感じですから、近寄りがたいんでしょう。捺は一人でいることの方が多かったんです。でもこのクラスにはあなたや話してくれる友人が多いと聞きました。本当に、楽しそうで……。私はお金で繫ぎ止める人間関係しか知りませんでした。だから…………もう捺には一人になって欲しくなくて……。おかしいと思うのは普通です。私だって思います。でも私には、その方法しかなかったんです」

捺の父親は俯いた。

「……そうですか、お話してくださってありがとうございます。聞きたい事は聞けたのでこれでお暇します」

頭を下げて立ち上がった。

「車を出しましょうか?」

「いえ、大丈夫です」

ドアを開けて家を出ようとした時、ふと気になって振り返って尋ねた。

「捺さんは……手首にシュシュをつけていましたか? 」

「シュシュですか? そういえば可愛らしいシュシュを手首につけていましたね。買ってやった記憶はないんですが」

「…………そうですか。ありがとうございます」

今度こそ別れを告げた、折り畳み傘をさして家に向かって歩く。一人で色々考える。

原因が父親なら、そう思った。いや、違う。捺は私のせいで死んだのではないと思いたかった。父親も、クラスメイトも、私も捺のことを考えていた。誰も捺を嫌っていたり、お金のための付き合いだと思っていない。それでも、捺は誰にも愛されていない、お金だけの付き合いだと勘違いしたまま亡くなった。物事には必ず原因がある。なら一体。それとも他にもいるのだろうか。……わからない。わからない。悪いのは、一体誰?

家に帰った私はベットにダイブして、そのまま目をつぶった。鞄の中のチョコレートはでろでろに溶けた。

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