歯車が回り始めた

文化祭当日。始まる一時間前の教室はそわそわとした空気につつまれている。

「依莉、髪やってあげるからこっち来て」

「ありがとー」

捺は器用に髪をアレンジしてくれる。

「はいできた」

「おお、凄い。ありがとう」

「これぐらいはできて当然よ。それより崩さないように気をつけて。ガサツなんだから」

「わかってるって!」

鏡で確認する。自分の髪じゃないみたいだ。

「それで、あの……」

「ん、どうしたの?」

「しゃ、写真」

捺がそう言い終わるかどうかの時、クラスメイトの女の子達がたくさん来た。

「きゃー! 依莉の男装かっこいいー!」

「ねえ、写真撮ろ! 記念に!」

「私も私も!」

凄い勢いだ。女子校でモテる女子はいつもこんな感じなのだろうか。みんな、文化祭の衣装を着ていて可愛い。

「ありがとー! 後で送るね!」

「はーい」

一人一人写真を撮っていたら結構時間がかかってしまった。捺が怒っている。顔はいつも通りだけど不機嫌オーラを撒き散らしている。捺が言いかけてたことを無視したから当然といえば当然で、私が悪い。

「ごめん捺! さっき何言おうとしてたの?」

「もういい! 最終確認行ってくる!」

怒らせてしまった。捺は更衣室の方へ行ってしまった。

「どうした、鈴宮。今から文化祭だってのに何落ち込んでんだよ」

「いやちょっとね……ってふふ、あははやばいねそれ!」

振り返ると綾人君が立っていた。日々、バスケで鍛えられた肩幅や腕の筋肉が纏っているメイド服はあまりにも似合ってなくて、笑ってしまった。

「うるさい。似合わないのはしょうがないだろ」

「面白いからいいよ、ふふ。写真撮っていい?」

「撮るんじゃない! 撮るなら似合ってるやつにしろ!」

構えたカメラのレンズを手で覆われる。

「残念。記念に残してあげようと思ったのに」

「やめろ。……鈴宮は似合ってんな、さっすが」

「流石ってどういうこと!? 女らしくないってえ?」

「別にそんな事言ってないぞー? 被害妄想やめてくださーい」

腹立つ! ハイソックスで覆われた綾人君の弁慶の泣き所をめがけて蹴りを入れる。

「いって! お前的確に急所狙ってくんじゃねえよ……」

「そっちが悪いんだからね! もう、用事ないなら私捺のところに行くからね」

「待て待て、用ならあるから。……体育祭の終わり、時間あるか?」

「キャンプファイヤーの後?」

「違う違う、その前」

「なら空いてるけど」

「そうか、じゃあちょっと相談、したいことがあるから教室にいてくれないか?」

「別にいいけど、今じゃダメなの? キャンプファイヤー、捺と約束してるから遅れたくないんだけど」

「……そんなに時間かからないからさ」

「そう? ならいいけど」

「さんきゅ、それじゃあよろしく」

綾人君は手をひらひらさせながら、あまりにも似合いすぎて女子に囲まれ動けなくなっている朝陽君の方へ行ってしまった。私も捺のところへ行こう。その前に売店に寄って、いつもの仲直りの証のチョコレートを買って。私と捺の絆を直して、強くしてくれるチョコレート。売店、やっていますように。


「……別に怒ってないってば」

「知ってる知ってる。このチョコレートは私が渡したいだけだからさ、もらって」

「そこまで言うならしょうがないわね、もらってあげる」

「ありがと!」

私たちは持ち場に着いた。文化祭が始まる。これからの楽しみに胸を膨らませている私は知らなかった。体育祭の終わりに、あんなことが起こるだなんて。

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