私達の恋愛には生産性がない

ななおくちゃん

私達の恋愛には生産性がない

 A田議員は困惑していた。政権与党である保民党の新人女性議員であるA田は、自分の中にある恋心に気付いてしまったのだ。

 単なる恋心ならこれほどの戸惑いはなかっただろう。しかしA田が好きになったのは、同じ党内の先輩女性議員であるB山だった。平成も終りに近い現代、同性間の恋愛など全く不思議でもイレギュラーでもないのだが、A田にはそれが許せなかった。A田はとても古く、狭い考えの持ち主だった。


『LGBTというのは子供を作らない。そんな生産性のないものを国が支援する必要がありますか?』


 いつか、保民党の議員パーティーの席において、先輩議員たちの見つめる中でそんなことを話してみた。会場からは割れんばかりの拍手と歓声が起き、A田は自分の思想に誇りを持つようになった。本心であり、本音のはずだった。

 そう、国民とは国に対し貢献を重ねて生きなければならない。国に寄与する者こそが国民であり、国に救われ、施され、生かされる資格がある……と。

 しかし、B山に思慕の情を抱く自分に気付いたとき、A田は自分の思想と恋心の板挟みになったのだ。

最初は国会で舌鋒鋭く答弁を展開するB山の姿に、政治家としての憧れを見ていた。私もゆくゆくはこういう政治家になりたい、と。

 しかし、それからB山と接するたびに、憧れのそれとは違う自分の感情に気付きはじめ。やがてその感情は日増しに大きくなり、ついに心の議席の絶対安定多数を獲得したのだ。


(私が同性を愛する――ありえない! 私は男と結婚して、子供を産み、家族を育み、この国に貢献するんだ。それが国民の義務。この国に生きる者の当然の嗜み。同性愛なんてそんな、生産性のないことをしてはいけない。それに私は国民の血税で生活している身だ。そんな、そんな……)


 しかし、今のA田には寝ても覚めても、瞼の裏にB山の姿が消えなかった。

 自分の巨大感情を拭い去るために、A田はまるで呪詛のように、生産性、生産性……とつぶやき続けた。朝の挨拶には生産性と言い、外食で注文を尋ねられたら生産性と答え、生産性という名前に改名することまで検討した。

 それでも消えないB山への恋心。議員宿舎の片隅で、いよいよ議員バッジを外し、出家でもしようかと思っていたその日、A田の元にB山がやってきた。


「B山さん! ど、どうしてここに……」


「最近、貴女がなんだか思い詰めていると聞いて、心配になって。何か悩み事があるなら、私が聞きます。何でも話してみて」


 B山の優しさが心に沁みる。しかし、A田は口にできなかった。貴女のことが好きで好きで、どうしようもないんです、と。そんなことを言おうものなら、きっとB山は自分に失望し、見下すような冷たい目で睨んでくることだろう。


「B山さん、私、議員やめます……私はこの国の議員に相応しくない……」


「それは、私のことが好きだから?」


そのB山の言葉にA田の心臓が大きく脈打った。


「え、な、何を言ってるんですかB山さん。まさか熱中症で頭をやられましたか? 濡れタオルを巻きましょうか?」


「隠したって無駄です。貴女の気持ちはすでに気付いているんですよ。私を誰だと思ってるんですか?」


 まるで心の中を見透かされているようなB山の鋭い視線。A田は自分の感情を隠し通すことは無理だと思い、大きくうなだれた。


「B山さん。本当に申し訳ありません。私はこの国に奉仕する者として、あるまじき考えを持つに至ってしまいました。この度は切腹を以て……」


「気にすることないですよ。だって私も、貴女のことが好きなんですから」


 B山の突然の告白。一瞬、A田は彼女が何を言っているのか理解できず、目を丸くした。


「い、今なんて言いました?」


「もう一度言いますよ。貴女と愛の連立与党を組みたいと言ったんです」


 A田は自分の頬を叩いた。これは現実か? あのB山が、自分を好きだと言ったのか? 自分と愛のトロイカ体制を運営したいと言ったのか?


「い、いけません! そんな、そんな生産性のないことをしちゃ……はっ! さてはB山さん、貴女は暗躍する売国勢力に洗脳されたんですね!」


「いいえ。自分で気付き、自分で選んだ想いです」


 自分で叩いたときよりも、強く頬を叩かれたような衝撃がA田を襲う。

 嬉しいのか、悲しいのか、よくわからないのか、筆舌に尽くしがたい感情がA田の中を渦巻き、思わず涙がこぼれ落ちる。


「だからって……ダメです! 生産性がありません! そんな、そんな感情は何も生み出さない! 国家に何も寄与しない!」


「私達は生産性のために生きているにあらず。耳元で愛の言葉をささやくとき、緊張に震える指で手を握るとき、愛しい人と口付けを交わすとき、信じあった相手と肌を重ねるとき、国のために何かを生み出そうだなんて考えたことはなかった」


「あなたは国民の代表。議員なんですよ! 私達は国に貢献しないといけない。そうでなければ生きている資格もないんです! B山さん、私のことが好きなんでしょう! だったら私と同じ考えを持って生きなさい!」


 すると、B山は自分の議員バッジを手に取って、ゴミ箱に放り投げた。


「B山さん、一体何を!」


「生産性なんてもので守るべき国民を選別する思想を振りかざす者に、為政者の資格はないんです。けれど、貴女と共にいることが、自分がそういう人間にならなければいけないことならば、私は貴女から離れることより、議員の肩書きのほうを捨てます。それくらい、貴女のことが好きなんです」


 それは、いつも国会で見ていたときと同じ、鋭い言葉で相手の心を鷲掴むB山の姿そのものだった。A田は強烈な胸のときめきと同時に、強烈な嫉妬を覚えていた。私も彼女のように、思い切ることができたらどれだけ楽になれるだろう……。

 B山の本気の言葉を受け取った今、A田の頭の中の天秤が、国家と恋心とで激しく揺れ動いた。


「A田さん。もしも貴女がこの国の考えというものに背く存在になったなら、そのときは私が守ってあげます。私は国よりこの愛を選ぶ! さあ、私の胸に飛び込んできなさい!」


 両手を広げるB山の姿に、A田の迷いがついに吹き飛んだ。

 気が付けば矢も盾もたまらず、A田はB山に抱きついていたのだ。


「A田さん。私の心の議席はひとつだけ……貴女はすでに当確なんですよ」


「もう、生産性なんてどうでもいい! そんなものなくたって、誰だって、人は生きていても、守られてもいいんだ! 私達の愛の水脈は、もう誰にも止められない……!」


 そのとき、大きな音を立ててドアが開いた。勢いよく部屋に踏み込んできたのは、二人の先輩議員にあたる閣僚クラスの保民党議員だった。


「コミンテルン……いや、込み入ってるところ申し訳ないのだが、君たちの姿は先程から報道機関に撮られているぞ!」


「えっ!」


 二人が窓に目を向けると、そこにはビデオカメラとマイクを掲げたTVクルー達がいた。A田に突撃取材に来たのだ。クルー達は一目散に逃げ出し、愛を誓い合う二人の姿はその日のうちに情報番組で流された。

 そして日本中から二人の恋を祝福する声が上がった。その光景はNHKからTBSからCNNからBBCからBBQから、とにかく世界中に報じられ、それによって国内にもなんかすっごく良い影響が波及し、色々あって数年後、日本はマイノリティに優しい屈指の先進国になったのだ。

 その先鋒にはいつも、幸せそうに愛を育むA田とB山の姿があったという……。

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