恩死

リーマン一号

恩死

墓前に彼女が好きだった百合の花を添えると、私はその場を後にした。


「いいんですか?恩師だと仰っていたのに?」


「いいさ。私自信が勝手に恩師と慕っていただけに過ぎないからね」


「そうなんですか? まぁ、先生が葬儀に出席されないなら私は仕事に戻りますけれど、お宅まで送りましょうか?」


「気を使うなよ。なんとなく歩きたい気分だ」


「畏まりました。それでは、明日お伺いいたしますので、作品の方よろしくお願いします」


私は手を挙げて返事をすると、煙草に火をつけ紫煙を口に含んだ。


「まったく。悲しんでいる暇すらないな」


男が口にした作品とは私の小説のことだ。


薄々勘づいてはいたが、一回忌に参列する私を励ましに来たのではなく、作品の催促に来たらしい。


昔は作家を一番に考える良い奴だったが、立場が変わってあいつも会社に染まってしまった。


私は一人寂しく苦笑すると、当時を回想した。


20代後半、フリーターとしてその日暮らしを続けていた私が作家になることを目指したのはとある作品との出会いがきっかけだった。


それこそ、破竹の勢いで成長を続けた日本きっての文学作家であり、私が師と仰ぐ女性の作品。


彼女は繊細でユーモラスで、読み手をクスっとさせるような作品を得意とし、多くのファンを抱えていたが、その作風が変化し始めたのが凡そ3年ほど前。


それまでの作風とは打って変わって、激情に身を任せるようなタッチに変わり、読者を笑いに、悲しみに、怒りに、突き落とした。


もとの彼女の作品が好きだった私にとってこれは悲劇であったが、世間では好意的に受け入れられ、彼女の作風を真似た模造品である私の作品は、彼女の作風が変わったことで身銭を稼ぐことができるようになった。


だからこそ少し腹立たしく思ってしまったのだろう。


作家向けのちょっとした懇親会で彼女を見かけた時、私はなぜ作風を変えたのかと問うた。


「別に意識して変えたわけじゃないわよ。書いてるうちに読者をもっと楽しませたい、悲しませたい。もっと!もっと!ってそんな感情が湧き出てきて、いつの間にかこんなことになっちゃったのよね」


まるで他人事のようにしゃべる彼女に不信感を覚える。


「ふふ。もしかして、あなたの作品が私に影響を与えたんじゃないかと思ってる?私の作品は唯一にして無二よ。責任を感じてるようならやめてちょうだいね?」


私の不安を察したのか、冗談めかしてそう言った彼女の仕草には普段の彼女らしさがあった。


どうやら杞憂だったらしい。


私が安堵するように小さく笑うと、彼女の顔が輝いた。


「そうそう!次の作品は特にすごいことになるわよ!ぜひ、完成したら読んでみてね!」


「ああ。必ず」


去り際にそう彼女と約束をしたが、結局、私がその作品を読むことは無かった。


なぜなら、彼女は作品を書き上げると、首を吊って自殺したのだ。


しかも、作者の死によって一大スキャンダルとなった彼女の作品は、遺作として世に出版されるはずだったのに、その作品を読んだ彼女の担当編集も急死したことで、そのままお蔵入りとなった。


だから、そこには何が綴ってあったのか? 


それは誰にも分からない。








でも・・・








「あれ?作風変えました?」


私も辿り着くのかもしれない・・

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恩死 リーマン一号 @abouther

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