異形の客人。
異形の客人。
仮にかたつむり男としよう。
そいつは驚く俺など意に返さぬように食事を続けていた。
「あのう…?」
俺が何度か話しかけても、かたつむり男は反応がなかった。
無表情(?)でもくもくと食事を続ける。
結局俺はそいつとの会話を諦め、食事をすることにした。
食事が終わると、いつものように眠気が襲ってくる。
俺はかたつむり男に見られる中、眠りについた。
––––––––––––––
あくる日から晩餐会には毎回客人が現れるようになった。
客人は奇妙な人々ばかりで、まるで人間ではないような者も珍しくはなかった。
小人のように背の低い男の客人。
蝶のような羽を背中から生やした肌の青い客人。
目玉をいくつも顔につけた客人。
中には、口だけがついた肉の塊のような客人さえいた。
客人とのコミュニケーションは一様にして困難だった。
黙りこくる者もいれば、訳のわからない言葉を永遠と喋り続ける者もいた。
はじめはおかしいと思ったが、慣れとは怖いもので、次第に俺は何も感じなくなっていった。
毎日続く美味しい料理、奇妙な客人、そして深い眠り。
俺は白夢中のような出来事をただぼんやりと享受していた。
相変わらず不安感はあったが、メイドのやわらかな笑顔がそれを溶かした。
そうだ。
このままでいい。
そんなある日、晩餐会に珍しくまともそうな客人が訪れた。
–––––––––––––
その客人は無精髭を生やし、丈の長いコートを着た男だった。
食堂の中、俺は彼の正面の席に座る。
晩餐は久しぶりにビーフシチューのようだった。
辺りにはビーフシチューの濃厚なよい香りが漂っている。
俺は試しに客人と挨拶をかわす。
「こんばんは。この雪の中よくいらっしゃいました。
俺がこの屋敷の当主の田中です」
「ああ、こんばんは。俺は旅人のハンスだ」
男はぶっきらぼうにこたえた。
ガサツな見た目だが、案外普通そうだ、と俺は思った。
なによりも普通に会話ができたのはこの屋敷のメイド以来初めてだった。
ハンスという男はなぜか食事を口にしなかった。
客人はいつも美味しそうに料理を食べていたが、この男は違うようだ。
ハンスは旅行カバンから水筒を取り出し、ぐびぐびと中のものを飲んでいる。
屋敷のもてなしを無視して失礼な奴だ、とも思ったが、興味が勝った。
「どうして料理を食べないんです?こんなに美味しいのに」
俺はハンスに尋ねた。
「ここの料理は幸福感をもたらすかわりに、思考力や記憶を鈍くするもんでね」
食べられたもんじゃあないよ、とハンスは言った。
思考力や記憶力を鈍くする…。
この男ならもしかしてこの屋敷の不可思議なことがわかるのではないだろうか?
気がつけば俺はうまく働かない頭を必死に絞りながら自分の奇妙な状況を話していた。
するとハンスは言った。
「おまえは“道化の晩餐”の主なんだ」
「“道化の晩餐”?」
「そうだ。この屋敷は現実の世界ではない。言うならば夢とあの世の境目のような場所、といったらいいかな?ここではこの世の理を超えた晩餐会が開かれているのさ」
にわかには信じられない話だった。
「晩餐会では主が一人選ばれる。主は現実のことを一切忘れ、永遠に続く晩餐会に参加し続ける」
その滑稽な様子が道化のようだから、道化の晩餐、というらしい。
それは…、と俺はいいよどむ。
果たして不幸なのか、幸福なのか?
晩餐会の主人である限り衣食住は保証され、永遠に甘美な料理を心ゆくまで楽しめる。
しかし、それは現実を置き去りにした行為でもあるのだろう。
「俺はこの晩餐会から抜け出すことはできないのか?」
俺がハンスに相談すると、ハンスは主の座を客人の誰かに譲ればいい、と言った。
「この屋敷には、屋敷に呼ばれたいろんな世界の住人が絶えず訪れている。奴らならこの屋敷の料理に目がない。きっと快くその座を引き継いでくれるさ」
ただし、よく考えた方がいい、とハンス。
「一度“道化の晩餐”の主でなくなればおまえは現実の世界に戻り、二度とここには戻ってこれない」
「そうか」
俺はなぜ晩餐会の主になったのだろう?
おそらく主をやめれば、その理由はわかるだろうが、いい予感はしなかった。
「ちなみに、あなたは主になる気はあるかい?」
俺が興味本意で聞くと、ハンスはゴメンだね、と俺の申し出を断った。
「俺はまだ現実でやることがあるんでね。この晩餐会だって屋敷に勝手に呼ばれただけで、来たくもなかったね」
ハンスはそう言うと、席をたつ。
「まぁ、お前さんの助けにはなれたみたいで、それは良かったよ」
そう言い残して彼は去っていった。
現実でやること。
俺は考える。
俺はどこの誰で、何をしていたのだろう?
次の日から俺は料理を口にしなくなった。
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