愚かなる道化。


 まただ。


 俺は思った。

 既視感というのだろうか。


 おれはまた、ランプとツルハシをもって長い廊下を歩いていた。


 「なぁ、おい」


 俺は前を歩くメイドに声をかける。

 微笑みながら振り返る彼女。


 –––––––しかし、振り返った彼女は本の山だった。


 まただ。


 ツルハシで本を砕く。

 出てきたのは観音開きの扉。


 まただ。


 薄暗い食堂。

 歓迎する彼女。


 「今夜は羊のもも肉の蒸し焼きでございます」


 豪勢な食事。

 やけに美味しい。


 まただ。


 遠ざかる世界。

 眠りの闇に落ちる。


 まただ。


 目覚めるとそこは寝室。

 メイドが現れる。


 また。


 気がつけば長い廊下を俺は歩いている。

 俺は前を歩くメイドへと手を伸ばす。


 しかし掴んだのは本の山。

 辺りにいつの間にか散乱する本、本、本。


 また。


 砕く。

 砕く、砕く、砕く。

 俺は本の山を砕く。

 現れる観音開きの扉。


 また。


 「シャケのムニエルでございます」


 うまい。

 襲う眠り。


 また…。


 目覚める。

 メイド。


 廊下。

 本。


 扉。

 料理。


 また眠り––––––––。



–––––––––––––



 俺は気がつけばそんな日常を何回も何回も送っていた。

 もう何ヶ月、いや、何年もこの生活が続いているような気がする。


 おかしい、とは思う。


 でも、何がおかしいのか、何がいけないのか、そんなことを考えようとすると、頭に霧がかかったようで、うまくいかない。


 なによりも、この屋敷にいると、彼女と過ごしていると、なんとも居心地がいい。


 難しいことを考えるのが億劫おっくうになってくる。



 ––––––––何か大切なことを忘れている気がする。



 俺は漠然ばくぜんとした不安を持ちながら、漫然まんぜんと日々を過ごした。




–––––––––––––



 ある日、俺の着替えを手伝っているメイドが言った。


 「ああ、そういえば今夜はお客がいらしていますよ」


 「客?」


 「ええ、旅人の方が偶然この屋敷を訪ねていらして。

  晩餐会にお呼びしてもよろしいですか?」


 俺は少し考える。

 でも濁ったように思考は固まり、うまく考えはまとまらない。


 「雪の中、旅人も冷えているだろう。お招きしてあげなさい」


 気づけば俺はにこやかにそう言っていた。


 「かしこまりました」


 メイドはそう言い、俺にツルハシを差し出す。

 俺はそれをやさしく受け取る。


 「じゃあまた、晩餐会で」


 薄闇の中消えるメイド。


 そういえばもうずっと雪が降っているな。


 俺はツルハシで本を砕いた。



–––––––––––––––




 食堂に入るとテーブルにはすでに黒い人影が座っていた。

 彼女の言っていた客人だろうか?

 

 俺は客人の正面に座った。


 そして客人の顔を見て俺は驚愕した。


 「うわっ!」


 かたつむり…だった。


 そいつは頭から上がかたつむりで、その頭を垂らしてスープを飲んでた––––––。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る