奇妙な晩餐。
ふと、いい香りが辺りに漂っていることに俺は気づく。
匂いの元をたどると、廊下の突き当たり、分厚い本の壁の向こうからだった。
俺は本の山をどかそうと試みるも、本はビクともしなかった。
まるで接着剤で固定されているようだ。
本の隙間も針一本入る様子がない。
しかし、本には隙間があるらしく、そこからの匂いが流れ、俺の鼻腔を刺激している。
俺はより強く、空腹を感じた。
腹がキリキリと痛む。
どうにかこの壁の向こうに行きたい。
試しにツルハシで本を叩いてみた。
すると、叩いた本はあっけなく崩れさった。
俺は夢中で本の壁を破壊する。
するとその先に観音開きの黒い扉が現れた。
匂いはより強くなり、それは扉の向こうから漂ってきていた。
俺は迷わず扉を開ける。
そこは広い食堂だった。
暖炉が赤々と燃え、長く黒いテーブルの上には
「旦那様、遅いですよ。御料理が冷えてしまいます」
なぜかメイドは食堂にすでにおり、にこやかに佇んでいた。
「今夜の晩餐はビーフシチューにございます」
俺は空腹にあがらえず、引きずられるように席についた。
テーブルの上にはナイフやフォーク、スプーン、そして料理が所狭しと並んでいた。
焼きが艶やかなロールパンが入ったバスケット。
生き生きとしたレタスを下地に、トマトやベビーコーン、オリーブなど色とりどりの野菜の乗ったサラダ。
そのどれもが食べやすいよう、小さく切られている。
そして青い皿にその濃厚な
どろりとしたその液体にはじっくり煮込んだであろうやわらかそうな野菜と牛肉が食べやすそうなサイズで浮いていた。
こんな豪勢な料理、見たことが無い。
「ごうぞお召し上がりください」
メイドが水晶のように透き通ったグラスに赤黒い液体を注ぐ。
ワインだろうか。
渋く、食欲をそそるその匂いに俺はもう我慢できなくなった。
俺はナイフやフォークをとり、食事を始めた。
料理はどれもこれもこの世のものとは思えぬほど美味しく、口に含むたびに新たなる感動が俺を襲った。
無我夢中がナイフやフォークを使う。
それは礼儀作法の観点からみればマナー違反だっただろうが、かまわない。
あかあかと燭台は食事を照らし出し、
気がつくと俺は全ての食事を平らげていた。
空腹は跡形もなく消え去り、俺はこれまでにない満足感に包まれた。
俺は椅子の背もたれに身を投げ出し、天井を仰ぐ。
「うまかった。ごちそうさま」
ちらりと横目メイドの方を見る。
メイドはすまし顔で食べ終わった食器をカチャカチャと片付けていた。
じっとみていると、その横顔が急に遠ざかる–––––。
あらゆるもの が 俺 か ら 遠 ざ か り 、
それは今までに感じたこと無いような眠気だった。
睡魔が俺を包み、俺の意識はすとんと暗闇に落ちていく。
俺は。
意識を失った––––––。
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