奇妙な晩餐

 見知らぬ洋館。


 見知らぬ洋館で。


 俺は目を覚ました。


 薄暗い部屋だ。

 蝋燭のあかりがチラチラと辺りを照らしている。


「どこだ、ここ?」


 俺は思わず疑問を声を出す。

 しかし、その声も静寂の中に吸い込まれて消えた。


 俺は肌触りの良い布団を押しのけ、ベッドから立ち上がる。

 裸足で床を踏むと、キンと冷えていた。


 俺は見覚えの無い白い木綿の寝巻きを身にまとっていた。


 窓の外を見ると暗闇の中でしんしんと雪が降っている。

 本当にどこだろうか、ここは。


                    ガチャリ–––––。


 静寂を切り裂くように、ドアを開く音がした。


「あら田中様、お目覚めでしたか?失礼いたします」


 振り返るとそこには女中じょちゅうのような姿をした女性が一人、立っていた。


「誰…だ?」


「旦那様、晩餐会の準備が整いました。…すぐに支度したくをいたしましょう」


 女は俺の質問を無視して機械のように支度を始める。


「いやいや、ここはどこで、あんたは誰だよっ!?」


 俺は女の肩をつかんで問いただす。

 俺は誘拐でもされたんか?この歳で。それともなんかのビックリ??


 女はきょとんとした顔で俺を見ると、こともなげに言う。


「ここは旦那様のお屋敷ですよ。私はあなたのメイドです」


「へ?」


 女はキビキビと着替えを用意し、俺の寝巻きを脱がそうとする。


「わ、待って待って、自分で着替えるよ!」


 俺は気恥ずかしくなって叫ぶ。


「いいからちょっと外出てて!」


「?かしこまりました」


 女はすごすごと部屋から出て行く。


 その姿を見て俺はあることに気づく。

 彼女の顔には妙に見覚えがある。

 毎日見てきた、慣れ親しんだ顔だ。


 あれれ???俺って、この屋敷に住んでたんだっけ?


 そう考えると部屋には見覚えがあるように思えてくる。


 頭の中で整理してみる。


 俺は田中直樹、38歳。

 趣味は読書。

 好きなスポーツは野球。

 好きな食べものはエビフライ…。


 しかし、思い出せるのはそれくらいだった。

 自分がどんな仕事をして、どんな生活をしていたのかまったく思い出せない。


 記憶喪失ってやつ…?


 俺はだらだらと冷や汗を流す。

 こんなことは初めてだ。


「旦那様ー、すみました?」


 ドア越しから彼女の声がした。

 俺はあわてて服を着替える。


 用意された服はビシっと黒い燕尾服えんびふくだった。

 それに毛皮のコートに、軍手、灯油ランプ、そして鉄のツルハシ…。


「ええっと、夕食に行くんだよね?」


 なんだこの場違いな道具類は。


「そうですよ。晩餐会に必要ですから、いつもみたいに忘れないでくださいよ!」


 と彼女。


 いよいよ訳がわからない俺。

 まごついていると彼女がたたみかけるように言った。


「行かないんですか?晩餐会」


 そう言われて気づく。



 俺はやけに腹が減っていた––––––。

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