#06-2 密談
「まあいいわ。それで? 彼等の目的は?」
「んー、いまのところはカナメンの保護ってとこかな。まあ、それも絶対じゃないみたいだけど」
「他に目的が?」
「なんでもリーダーの願いを叶える為とか何とか言ってたな」
撫子は眉を寄せて、葵と蛍は首を傾げる。
この時代の桔梗要の願いを叶える。そもそも彼の願いが何なのか彼女達は知らないのだ。
「カナメの願いってなんだ?」
「さあ? そこまでは話してくんなかったな」
「それが秋良君達が離反した理由なんでしょうか?」
「んー、それに関しては本部が信用ならないからって感じだったっぽいけど」
「彼等、まだ桔梗要の死因が納得いかないみたいね」
「それは……私も納得は出来ませんけど……」
撫子の言葉に葵が俯く。その表情が変わる事はないが、撫子は彼女が落ち込んでしまったことに気付いて、慌てて口を開く。
「葵が気にすることはないわよ。誰だって暴走に巻き込まれたら消滅する。それは『無効』保持者のアイツだって例外じゃなかったってだけよ」
「分かってます。だけど、要さんなら……だれよりも言葉の扱いに長けていた要さんなら暴走に巻き込まれることなんてなかったんじゃないかって考えてしまうんです」
「……それなら、貴方も彼等のように離反するのかしら?」
「っ、いえ……私は、要さんが立ち上げたこの組織を止めません。要さんは守る為にこの組織を作ったって言ってました。私は要さんの意思を引き継ぎます」
無表情のまま、淡々と告げる葵。ともすれば、台本でも読んでいるのかと思えるくらい感情が込められていないが、撫子達には葵の思いがしっかりと伝わっていた。
「まあ、リーダーの願いは一旦置いといてさ、本題はこっからなんだ」
「本題?」
重い空気を変えるように声を上げたセツに他の面々は怪訝な顔をする。全員の視線が自分に向かったことを確認するとセツは満足そうに頷いた。そして、スッと目を細めて、声を落とした。
「彼等と一緒に行動してるみたいだぜ。実葛紫苑が」
その名前を聞いた途端、彼女達の反応が変わる。
「なんっで! 先にそれを言わないのよ馬鹿セツ!」
「ありがとうございます!」
撫子からの罵倒に即座に礼を言うセツ。彼の反応に撫子は頭が痛くなるのを感じながら、セツを睨みつけた。
「……何故、秋良君達と行動を共にしてるんでしょうか?」
「さあ? お尋ね者同士、丁度良いんじゃない」
しーらないと肩を竦めるセツ。そんな彼に難しい顔のまま俯いていた蛍が疑問を口にする。
「そもそも、なんでシオンは政府に追われてるんだ?」
「あ、そっか。ほたるんは実葛紫苑と面識があるんだっけ?」
「ああ、同級生だった」
「世間は狭いねぇ。ま、実葛紫苑が追われてる理由は俺らも詳しくは知らないんだ。知ってるのは、無能力について重大な何かを握ってるらしいってことくらい」
「何故、無能力者でもない彼女が拘束対象なのかは分からないけれど、重要人物には変わりないわ。彼女を捕まえれば、全部分かることでしょ」
割と脳金な考えの撫子にセツは苦笑しながら、頷いた。蛍はまだ納得いかなそうだが、それでも反論はしなかった。
「それならすぐに捜索隊を派遣した方がいいのでは?」
「無理無理。カナメンを解放した後、またドロンだよ。俺でも追えなかったんだ。他の連中じゃ見つけらんないよ」
お手上げとばかりに両手をあげて、首を振ったセツに葵達は納得した。彼女達の中で一番そういう技術に長けているセツがそういうならば、そうなのだろうと判断したのだ。
「ま、カナメンがいる限り、また接触してくるっしょ」
「それって要さんを囮にするってことですか?」
「葵ちゃんこわーい。安心しろよ。あいつらなら、カナメンを傷付けることはないから。現に今日だって大人しく解放してたろ」
「それはそうかもしれませんが……」
要信者である葵が納得しないのは分かっていたことだ。セツは元より彼女を納得させる気はない。
「それにこれは所長命令だからな。カナメンを囮にして奴らを引っ張り出して捕らえろってさ。いやぁ、芹ちゃんはほんと人使いが荒いんだから。あ、もちろんカナメンには内緒な! カナメンのことだから自分が囮にされてるって知ったらまた騒ぐだろうし」
「……ねえ、あいつは本当に桔梗要なの?」
ふと疑問を零したのは撫子だ。
彼女は眉を寄せたまま、セツを睨みつけている。
「えー、まだ信じてないの? 過去から連れてきた正真正銘の桔梗要くんだぜ? なあ、葵ちゃん」
「はい」
「……それにしては、性格が違いすぎないかしら?」
「それはまあ、カナメンも反抗期真っ盛りの時だしな」
「そういう問題じゃないのよ。なんというか、本質的に別人というか……顔は同じなのに中身が違うみたいな……そんな違和感があるのよ。いくら過去の桔梗要とは言え、五年であんなに変わるものかしら」
「撫子ちゃんって案外カナメンのこと見てんのな」
「はっ!? 気色悪い事言わないでちょうだい! アイツは敵よ敵!」
「照れんなって!」
「今すぐ脳に銃弾撃ち込まれたくないなら、その不快な口を閉じなさい」
「すみません黙ります」
拳銃を突きつけられて、セツは即座に謝罪した。撫子の目は本気であった。これ以上、余計な事を言えば本気でセツを撃っていただろう。
撫子は暫くセツを睨みつけた後、溜息と共に銃を下ろした。
「まあ、どうでもいいことね。これ以上、アイツのことを考えるのは時間の無駄だわ。……話はこれで終わり? なら、私は帰るわ」
「私も失礼します」
撫子が部屋を出て行こうとすると葵も静かに立ち上がって、頭を下げた。そして、撫子は部屋を出る寸前、思い出したように振り返る。
「袋桐蛍。この二週間何をしてたのか知らないけれど、あまり外をウロウロしないでちょうだい。一般人を警戒させるだけよ」
「けど、見回りぐらいはした方がいいだろ?」
「貴方一人で何ができるの? 役立たずは引っ込んでなさい」
あまりにも冷たい、暴言ともとれる言葉を放ち、撫子は蛍を一瞥して部屋を出て行った。
葵は蛍に視線を向けることなく、撫子を追いかけて部屋を出て行く。
まるで蛍のことを気にしていない、気に掛ける価値すらないといった態度であった。
そして、その態度は袋桐蛍にとって当たり前のものであった。
彼に憑いた『無価値』の言葉。
その言葉に憑かれている限り、誰も彼に価値を見出さない。
その言葉に憑かれている限り、誰も彼を見る事はない。
その言葉に憑かれている限り、誰も彼を気に留めない。
だから、袋桐蛍は仕方ない事だと寂し気に笑うだけだった。
「カナメンが傍にいない限り、ほたるんはモロに言葉の影響が出るよなぁ。……んで、ほたるんは、これからどうすんの?」
「また外に出てくるな」
「撫子ちゃんに怒られたばっかじゃん。今日くらいは大人しくしといたら?」
「そういうわけにもいかないだろ。確かにいまのオレは役立たずだけど、それでも目の前で困ってる人がいたら見捨てられない」
「ほたるんってほんと……ま、いいや、気を付けてねー」
「ああ、いつもありがとな。セツ」
セツに礼を告げて、蛍は立ち上がる。向かうのは扉かと思えば、何故か窓の方だ。
セツが怪訝そうに首を傾げてると蛍は窓を開けて、ベランダに出る。そして、手すりに手を掛けて――。
「ちょっ!」
セツの制止が掛かる前に蛍は軽い足取りで飛び降りた。
「ここ八階!」
慌ててセツがベランダから身を乗り出すと、蛍が地面に軽やかに着地するのが見えた。
地面に降り立った彼は、特に怪我した様子なく、平然と町へと歩き出していく。それを見送って、セツは改めて息を吐いた。
「ほんと、ほたるんって身体能力だけなら人間止めてるレベルだよね」
ぼそっと呟いた声に答えるものはいない。
「……『無力』で『無価値』な役立たずヒーロー、か」
そう言って嘲笑われているのに今日も誰かの為に外に出かける蛍をセツは理解できなそうに見送ったのだった。
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