#06-1 密談


 袋桐蛍。

 同じ学校に通っている同学年の人気者。といっても、要は彼と友人だったわけではなく、知り合いですらなかった。

 話したことも一度だけ。クラスも違えば、部活も違う。接点など何もない。

 まさかそんな人物とルームメイトになるのだと、誰が想像しただろうか。

 キラキラと光り輝く金の髪。深い海のような碧の瞳。まさしく童話の世界から飛び出してきた王子様のような容姿の青年を見て、要は溜息をついた。


「カナメ、どうした?」

「別に。というか、顔近付けんな。あんた眩しいんだよ」

「眩しい? オレは電球じゃないぞ。カナメは変なこと言うな」


 あっはっはと軽く笑う蛍に要はもう一度溜息をつく。

 自分とは正反対な圧倒的な光属性。絶対に相容れないタイプだと要は確信した。


 あれから無事に本部に帰還した要は、自分のルームメイトだという青年と自室に戻った。

 初めて自分の知っている人物の五年後の姿を見た要は、この時代が本当に自分の知る世界の未来なのだと突きつけられた。正直、異世界ならまだ良かったのにと要は嘆息する。

 何故なら、この世界が要のいた時代よりも未来ならば、要が元の時代に戻ったところで、世界がこうなるのは必然ということになる。


(こんな物騒な世界が未来とはな)


 溜息をつきながら、ふと視線を感じて、要は顔を上げる。すると、何がそんなに楽しいのか満面の笑みを浮かべた蛍と目が合った。


「……なに?」

「いや、まさかまたカナメに会えると思わなかったからさ。過去のカナメとはいえ、また会えて嬉しいぜ」

「あっそ」


 要の素っ気ない反応にも蛍は気分を害した素振りなく笑っている。あまりにも邪気のない笑顔に居心地が悪くなり、要はそっと視線を逸らした。


「あ、そういえば、いまのカナメは高一の頃のカナメなんだよな? それなら、オレのこと知らないよな。それじゃあ、改めて自己紹介だ」

「別にいい」

「オレは袋桐蛍。カナメとは二年の頃に同じクラスになって、それ以来の大親友だ! 改めてよろしくな」


 一方的に捲し立てて、手を差し出してきた蛍。要はその手を一瞥するだけで握り返そうとはしなかった。


(待て。いまこいつなんて言った? 俺の親友?)


 少なくとも今の要は蛍に対して苦手意識を抱いている。それなのに高二で同じクラスになって彼と親友になったというのか。信じられない思いで要は蛍を見返す。

 ニコニコと笑っている彼からは一切の悪意は感じない。不思議と警戒心が薄れてしまう善人さだった。

 彼が嘘をついているようには見えない。そもそも要の親友などという嘘に何の意味もない。それならば、嘘をつく必要性すらない。つまり、彼が言っているのは本当のこと。

 ますます信じられなくて、要は疑いの眼差しを向ける。そこで、ふと疑問が湧いた。


「……草太」

「え?」

いかり草太そうた鈴風すずかぜらんって、いまどうしてるか分かるか?」


 訊ねたのは要の知る親友と幼馴染のこと。

 要の問いに蛍は目を丸くさせて、少し考える素振りを見せる。それから、暫く考え込んだ後、ぽんと手を叩いた。


「ああ! 確かカナメの友達だよな? けど、悪い。オレ、あの二人とはあまり話した事なくてさ。同じクラスになったことないし、高校卒業してからは会ってないから……いまどうしてるかは分からないな」

「この時代の俺は、二人と連絡取ってなかったのか?」

「ん? さあ? 少なくともオレが知る限りは取ってなかったと思うけど」


 蛍の言葉を聞いて、要はバングルの存在を思い出す。これは元々この時代の要が使っていたものだ。それならば、連絡を取っているなら連絡先もあるのではないか。そう思って、アドレス帳を開いたが、お目当ての名前は見つからなかった。

 錨草太と鈴風蘭。

 二人は要にとって唯一親しかったといっていい人物だ。

 草太は中学で知り合ったのだが、不思議と気が合って、猜疑心が強い要にしては珍しくすぐに仲良くなった相手であり、自他共に認める親友であり悪友だった。

 一方で蘭は、家が隣同士で両親の仲が良く、それこそ兄妹同然に育ってきた幼馴染だ。

 それこそいつまでも仲が良いわけではないだろうが、それでもあの二人と連絡すら取っていないという状況が要には信じられなかった。


(この五年で一体何があったんだ?)


 明らかに自分とは真逆な性格の桔梗要。

 本部の人達からは妄信的に崇拝され、決して相容れないタイプと親友で、元の時代の親友達とは連絡を取っていない。

 自分の知る知識だけでは到底分かり得ない変化に頭が痛くなるのを感じた。


「大丈夫か? 顔色悪いぞ」

「……もう休む」


 伸ばされた手を振り払って、要は立ち上がる。

 手を振り払われたことに蛍は驚きの反応を見せるが、すぐに笑う。


「ん、そうした方がいいぜ。おやすみ、カナメ」


 背中でその声を聞きながら、要は二段ベッドの上段に戻っていった。



 二段ベッドの上段から静かな寝息が聞こえてきたのを確認して、蛍は要を起こさないように静かに部屋を出た。

 廊下に出ると待っていたとばかりに壁に寄りかかっている撫子達の姿を認めて、蛍は目を丸くする。


「あれ、ネコがいるなんて珍しいな」

「ネコって呼ばないでって何度も言ってるでしょ」

「ネコはネコだろ」

「……はぁ、まあいいわ。それよりもアイツは?」

「もう寝たよ。随分と疲れてたみたいだし、寝かせといてやってくれないか?」

「ほたるんは優しいなぁ。ま、カナメンに聞かせられる話じゃないからさ。ちょっと場所移そうぜ」


 セツの言葉に首を傾げたのは蛍だけで、撫子と葵は仕方ないとばかりに頷いた。

 四人がやってきたのはセツの部屋だ。

 本来、二人一組の部屋割りなのだが、セツだけは特別で、彼だけは一人部屋を与えられている。

 特別というと語弊があるが、彼が一人部屋を許可されている理由は、彼と同室になるとルームメイトが悉くセツがうるさいと苦情を入れて部屋を変えてくれと泣きつくからだ。

 そんなわけで、一人で部屋を悠々と使っているセツの自室は、人に聞かれたくない話をするのに丁度良い場所というわけだ。


「……それで? わざわざこの私を呼び出して何の用かしら?」

「要さんの話なんですよね? 何かあったんですか?」


 明らかに面倒だと表情を歪めている撫子。要の事となると目の色を変える葵。その二人に問い詰められて、セツは少し言いにくそうに口ごもったあと、ゆっくり口を開いた。


「鳥兜秋良達がカナメンに接触したぜ」


 その言葉に彼女達は即座に状況を理解して、表情を厳しくさせた。


「今日、アイツが勝手にいなくなった時ね」

「よく分かりましたね。お得意のハッキングですか?」

「イエス! 勝手にカナメンの位置が離れてくんだもん。カナメンを逃がしたら俺が芹ちゃんに怒られるじゃん。だから、カナメンのバングルを通して、全部聞いてたんだ」

「それ盗聴じゃない。あなた、プライバシーって知ってる?」

「無能力者にそんな人権あると思ってんの?」


 ニコッと笑われて、撫子は溜息をついた。確かにセツの言う通りだ。彼女達、無能力者はバングルを通して常に監視されている。そもそもこのバングルだって一度つけてしまえば、自分の意思で外すことができない。つまり、これがある限り彼女達は決して逃げる事ができないのだ。

 首輪を嵌められた化け物。

 以前、誰かにそう揶揄された事を思い出して、撫子は忌々しげに舌打ちをする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る